62 にぎやかな深夜
たった1日の放浪だったというのに、なんでこんなに疲れるのか。むしろ1日目だから疲れるのだろうか。
いけない。眠れない。酒でも買ってきて飲もうか。彼は1階のロビーに行き、自動販売機で日本酒を買ってきて飲むことにした。
こんな風にして、失業者はアル中になってゆくんだろうな。
自動販売機には先客がいて、何本も何本も日本酒を買っていた。よれよれの背広姿の男。やっと彼が買い終わり、続いて彼も1本買った。
部屋へ戻ると、その背広姿の男が段2段ベッドの1段めに腰掛けて、日本酒を飲んでいた。ああ、あのセールスマン風の男だったのか。
彼のベッドは、このセールスマン風の男の向かい側のベッドである。そそくさと梯子を上り、寝床に入ると、カーテンを閉めた。
下のベッドでは、あのセールスマンが黙々と日本酒を飲み、しばらくすると日本酒の缶を開けるプシュッという音が聞こえた。
やがて嗚咽するような声が聞こえた。
そのセールスマンは、日本酒を飲みながら泣いているのだろうか。
しかし、しばらくすると、幽かな笑い声が聞こえた。やがて、蒲団を除ける音、ごろんと人が横たわる音がした。続いてカーテンの閉まる音。
しかし寝息は聞こえてこない。彼は日本酒を一気に飲み干してしまい、眠ろうとした。
目を閉じた。やがて眠気がおそってきた。
今日は1日中歩いたのだ。その疲労がだんだん彼の瞼を重く閉ざそうとしていた。
夢うつつの中で、また、向かいの男のらしい、鳴咽する声が聞こえ、再び笑い声がした。
そんな状態が、10分も続いただろうか。
部屋のドアが開く音がして、もう一人の宿泊客が帰ってきたようだ。
少し目が覚めてしまった。
忍び足で部屋に入ってくる。
そして梯子を上り、自分の寝床に入ったようだ。あの外人だろうか。
そしてまたセールスマンの笑い声。
泣き声。
彼はまどろみ、眠りについた。惨めさが夢の中までもつきまとい、時々、あの行止まりの池が現れた。
・・・・
真夜中。
彼は物音に目を覚まさせられた。
梯子を上る音がする。
誰かが帰ってきて、寝床につこうとしている。あの外人が、トイレにでも行って帰ってきたのだろうか。
カーテンの閉まる音がした。すると、またドアの開く音。人が入ってくる。
今度は複数のようだ。
皆、忍び足で、それぞれが寝床につき、カーテンの閉まる音がした。
そして、さっきのセールスマンのような泣き声、笑い声が、入り交じりながら幽かに聞こえてきた。
さらにドアが開き、次から次へと人々が入ってくる気配。
何だこれは?
彼は暗い気持ちになった。
また物の怪だろうか。
しかし彼はどうでもよい感じしかしなかった。
寝返りをうって、どうにでもなれ、と思って再び眠った。
泣き声、笑い声、暗闇、どれもこれも不景気な話だ。いっそ、もっと、さばさばした、明るい話はないものか。どうしてやろう。そうだ、いっそ死んでやろう。そうしてやろう。それがいい。
そんなことを考えながら、彼はまた眠りに落ちた。
部屋の中の泣き笑いはさらに賑やかになった。




