61 さすらいが始まる
実際、彼はおかしな人間で、追いつめられると変な行動にでる。
今回、クビになった会社についても、中々就職が決まらず、あれこれ馬鹿な就職活動をしたあげくに、やっと決まったものだが、その悪戦苦闘の最中に、彼は突然飛行機に乗りたくなり、北の果ての街まで飛んでいったことがある。
その悪戦苦闘とは、就職問題よりも、大学院での研究に対する絶望、それは世間知らずの彼の、大変なわがままに端を発する絶望だったが、その絶望に押しつぶされてしまい、唐突に北の果てまで飛んでしまいたくなった。
それで北海道の果てまで飛んでいった。
あれでアルバイトして貯めたなけなしのお金が、すべてふっとんでしまった。
あの時、一体何を考えていたのか。別に北の大平原や大空を眺めていたわけではないのだ。
夕暮れの北の街をうろうろしては、スーパーマーケットの雑踏とか、粉塵を巻き上げながら走る自動車とか、何のとりえもない民家とかを見てただけだ。
あれは何だったのか。飛行機代と宿代だけで、お金が無くなってしまったからだろうか。
街は今日も容赦のない暑さだった。
とりあえず、例によって喫茶店に入った。
もう会社に行かなくていいのだ。こんな幸せなことはない。でも食っていかれない。そして将来はどうする。
世間から逸脱して、そんな生活に耐えられるか。こういうことを考えるといてもたってもいられなくなるのだ。どうしてだろう。
自分はどうして人間が出来上がっていないのだろう。将来なんて、世間なんて、何故考えるのか。
彼はまた考えるのがいやになる。馬鹿な男だ。
・・・・
その晩は、駅のそばにある、ユースホステルとカプセルホテルの合いの子のような宿に泊まった。
1部屋に2段ベッドが4つ入っており、その各ベッドには厚手のカーテンがついており、それぞれが一応個室ということであった。
人数分のロッカーが設備されていて、施錠することができた。主として観光客向けの施設のようで、比較的こぎれいなわりには値段が2500円と安かった。
彼の部屋は3階で、2段ベッドの上段が彼の今日の寝床だった。宿泊客は少なく、同室に居るのは彼を含めて3人。
セールスマンの恰好をした男と、海外旅行中の学生らしい若い西洋人外人と彼である。
駅前のラーメン屋で食事を済ませて、彼は早々と、夜8時頃にはベッドに寝た。
何もすることなどないのである。
昼は、あの喫茶店からバスに乗り、またあの行止まりの池へ行った。
やはり神秘の池で、池のほとりの茶屋に入ったり、あたりを歩き回ったりして、日没近くまで過ごしていた。
彼は会社もクビになり、いよいよ本当に行止まりだなあという感慨に浸っていた。
頭の中は空漠として、池の水面と同じ鏡になった感じだった。
頭をからっぽにしていると、別に何でもないのだが、ふと、将来とか、世間とか、社会ということが頭をかすめると、途端にいやな気持ちになった。
今も同じような危うい心の平静の上に乗っかっている。そんな状態にある、危うい情けない自分のことを感じると、またいやになる。




