6 条件反射の果てに
条件反射的なサービス精神とその実践とがそこにはあった。
場に引き摺り出されると、一級の太鼓持ちそこのけの活躍ぶりをしてしまう。日本一のゴマスリ男みたいな才能が、なぜか身についていた。
これは就職してから獲得されたのではなく、実は彼の天性のものであった。
しかしそれがここまで開花して浪費されてしまうのは、条件反射を余儀なくされる環境に置かれたせいだ。
ベルが鳴ると唾液が出るあのパブロフの犬といっしょで、一定の環境下に置かれると一定の行為をせざるを得なくなる。そしてそのベルは彼が就職して以来、頻繁に鳴らされていたのだ。
ビールをたらふく吸収した彼等は、外に出ると、飲んだビールが体中の汗腺を伝って汗になって一斉に吹き出すのを感じた。体中がベタベタになった。
「このまま帰ります?」
付加疑問形のこの言い方が出ているので、彼はおそらく帰ることはできない。
もう一軒、今度はウイスキーだろう。それを吸収して時間をつぶす場所へと流されていくのだ。街はいよいよ蒸し暑く、ぬかるんだような不快感から夜を徹して解放されることもないだろう。また飲んだって汗の素になるだけだ。
カラオケだ。そうに決まっている。
この街には、大きな川のほとりの狭苦しい飲み屋街と、小さな川沿いの少し道幅の広い飲み屋街とがある。
数え切れないネオン、数え切れないカラオケスナックがひしめきあっている。その中のひとつの馴染みのカラオケスナックに一行は入店した。
彼はこのカラオケスナックで一層の活動的条件反射をした。
どこから強制されたわけではないが、あたかも副腎に電気刺激を与えられて精液を飛び散らすようにして、彼はマイクを取り、司会をかって出て、最初に唄い、ムードを作り、上役の機嫌をとり、その指名に従って、皆を参加させた。あれは本当にひょうきんで、好きな方ですねえ全く、などと上司・先輩に言われながら。
「この間ですね」
「ああ、この間?」
「新聞に書いてあったんですけど」
カラオケの宴が一段落した後、酔っ払って視線が定まらず、あさっての方角と手前のグラスとを交互に見ながら、暑気払いの参加者どうしが会話し始めた。
「新聞にさ。えっと。自家製のカラオケセットで自宅で毎晩ドンチャン騒いでた奴がいたんだそうです。そいで、えっと。その隣の奴がうるさいって怒ってしまいまして」
「や、殺ったわけですか!」
話しているのは鏡をかけた蟇蛙みたいな顔をした先輩と、極めて尖った顎が印象的なやはり眼鏡をかけた人参のような顔をした先輩の二人だった。
「乱入したわけです。こらえ性がなかったわけです。日本刀をもってですね。家宝の日本刀だったそうです。
乱入したのは、古い伝統ある家の人だったそうです。切りつけたわけです。
てやーっ!!とです。東映の映画撮影所があるでしょ、あのご近所だそうです」
「やはり、や、殺ったわけですか!」
「それが、・・・すごいんです!!」