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ポンド  作者: 新庄知慧
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57 行き止まりの池は美しい

しかし読んでみると、ここはかつて落武者たちの隠れ家で、日本の首都であったこの街をめぐって何やかやの戦争がおきると、負けて敗走する武士たちがでるのであるが、逃げて隠れるのに丁度よいところだった、といったことが書かれている。


じゃあ、あのハラキリ少年はその落武者の亡霊だったのだろうか。一瞬、恐怖を感じる。


「また、この池から見る月はとりわけ美しく、月見の名勝の池でもあった。偏照寺に集う物の怪たちも、名月の晩には、心奪われて、世のはかなさを心に感じた。」


物の怪?やはり怪談物語だね、こりゃ。その先は、看板のペンキが剥げ落ちており、文章が読めない。


文章の末尾の方に行くと、やや新しいペンキで、文章が書き足されている。


花粉分析によれば、この池は1万年以上前からここに存在している。池の水生群落はきわめて珍しいもので、昭和2年に天然記念物に指定された。むやみに指定された区域以外に立ち入ってはならない、といったことが書かれていた。


彼は道を先へ進むことにした。少し歩くと、草むらの向こうに、一気に視界が開けた。


「ああ、これだ」。


彼は再び心奪われた。立ち止まり、その池を眺めた。


「これだったんだ。この通りだ。行止まりだ。行止まりの池だ」


輝く太陽、濃い青色の空、深緑の小山をバックに、神秘のお盆のような水面が広がっていた。


子女もまた、目を細めて、その池を見ていた。


この池が私を呼んでいたのだ。


なぜだろう。わからない。この池は一体何だ。ゆっくり歩き出し、切れ切れに彼は考えた。そして池のそばまで行き、水面に顔を映した。


そして顔をあげ、池全体を再び見渡した。


池の真ん中あたりに、小さな島があった、実は島ではなく、植物群が密生して、島のように見えるのだ。


あれが、先週、彼が小舟で迷い込んだあたりだ。そして、あの武者と美人の、幻影を見たところだ、そして、池のこちら岸。


大きな建物がある。コンクリート造りの、あれはやはり病院ではないだろうか。


そしてそこから100メートルぐらい離れて、お寺らしき建物がある。偏照寺とはあそこか。池を取り巻いて、小さな道がずっと続いている。


時々、釣り糸をたれている人が見受けられる。小舟を繋いだ小さな桟橋もある。


彼はまた、ゆっくりと歩き出した。心ここにあらずという風情で。


池のほとりには、小さな休憩所があった。


時代劇に出てくるお茶屋さんという感じの店である。


そこからの池の眺めは、また格別である感じがしたので、彼はその茶屋に入り、くすんだ赤色の毛氈を敷いた席に座った。


茶を頼み、子女とともに池を眺めようとして、店にいた客の一人に目がとまり、彼は心臓の止まる思いがした。


・・・・・つづく

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