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ポンド  作者: 新庄知慧
56/88

56 日曜日のあの池は

翌日、出勤してみると、会社の連中は、まるで何事もなかったかのようにして、彼を迎えた。


課長も、蟇蛙も、人参も、枯尾花たちも、森下も、いつも通りの淡々とした仕事ぶりと彼への接し方である。


一応、支店長室に呼ばれ、昨日の事情を説明したが、支店長は豪快に笑いとばし、まあ、今後気をつけるようにと、一応彼を諭して彼の持ち場へ帰した。


しかし、何事もなかったようにしている職場の人々を見るにつけ、それが何事かであったのだという感じが逆にしてくる。


彼はいままでのように振る舞えない気がした。まあ、おとなしくしていた方が身のためだ。彼はうつむき、黙々と仕事した。




次の日曜日。


彼は子女とともにあの池を訪れることにした。その池は、この街の西北端に位置していた。


タクシーに連れていかれたおぼろげな記憶をたよりに、市街地図を広げ、やっと捜し出した。バスに乗り、池を目指した。その日曜日もまた、暑い日曜日だった。


その池は偏照寺という寺がかつて所有していた池で、広沢池という名前だった。


夏のお盆の頃には、この池で大々的な灯篭流しが行われるという。地元の人にとっては、有名なイベントであるらしい。


職場の枯尾花の一人に聞くと、その灯篭流しの晩には池のほとりの寺の家屋に、信心深い婆さんたちが何十人もやってきて、お経をあげる。


その声はスピーカーによって池全体に流される。恐るべきお盆の、お経ライブが聞けるのだという。


子女とともに、池の近くのバス停に降りた。街の中心からバスでほんの30分くらいのところだった。


バスを降りると、再び熱い陽射し。蝉たちの鳴く大音響。


池への道を示した矢印の書かれた看板が目に入る。それをたよりに、彼は歩きだした。小さな森や草むらの中を通る小道。車一台がやっと通れる狭い道だった。


ぽつん、ぽつんと思い出したように民家が現れる。


次第に記憶が甦るような気がする。外灯も何もない、真っ暗な道だった。


あの酔っ払った状態で、どうしてこんな道をタクシーに指示することが出来たのだろう?道を指示したのは、君だったのかい?彼は子女に聞いてみた。


やがて大きな看板のたった広場にでた。一応駐車場であるらしい。


看板には「広沢池」と書かれている。そして、池にまつわる色々の話が、びっしりと書かれてある。


看板はかなり古びたもので、ところどころ剥げ落ちており、書かれた文章は旧かなづかいの、彼にとっては非常に読みづらいものだった。


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