55 世界の逸品ブルマンテン
「すこし、お待ち下さい。それより阿村さん」
「はい」
「あの、ちいさな子、元気?」
「ちいさな子?」
「あんたの、あのお人形さんやがな」
「あ、あれは人にあげましたよ。言ったじゃないですか。人にあげるものだって。親戚の女の子にあげました」
「ふうん。そうかいな」
「人形が、どうかしたんですか」
「警察の知らせと、くい違うとるわ、あんた」
「え?」
「日本人形を抱いた不審な若い男、おたくの社員、預かってるってね、連絡あったのよ。警察から」
「……!」
彼は冷や汗をかく思いだった。
「ちょっと待っててや。課長出すさかい」
課長に対して、ひら謝りに謝った。すぐに出社しますといった。課長の反応は、比較的穏やかなものであった。
まあ、若いしね、こういうこともあるか。しかし、わが社では珍しいけどね、こんなこと。でも、まあ、今日はゆっくり休みたまえ。年休にしとくから。ゆっくり、頭冷やしなさい。
いたわるような口調でもあり、妙に他人行儀な感じもする話し方。彼はその課長の言葉を聞きながら、身体中を滝のように汗が流れていくのを感じた。
電話を切って、彼はひどい疲れを感じた。とにかく冷房のきいたところで、課長の言うように、頭を冷やそうか。
なぜ、こんなことになってしまったのか。
彼は子女の方を見た。昨日のあれは、一体何だったんだろうねえ。子女に聞いてみた。
公衆電話ボックスを出て、歩いた。500メートルほどもあるいたところで、大きな看板が目をひいた。
「世界の逸品ブルマンテン」
ブルーマウンテンではない、このブルマンテンという言葉が気に入って、その看板を掲げた喫茶店に入った。
席に身を沈めて、煙草を吸った。子女と見つめ合った。
頭の中が、溶けたアイスクリームみたいにだらしなく流れ出してしまいそうだ。
しかし、昨日のあれは、一体、何だったんだろう。
恐ろしい体験でもあったし、でも、なんか貴重な、大切なことみたいでもある。
ああ、でももう考えるのはやめよう。暫くして、彼はその場で、うたた寝を始めた。子女が居眠りする彼をじっと見つめていた。




