51 私は妖怪?
「留置場?!」
彼は驚き、声をあげた。
「なんで僕が留置場に」
「泥棒なんだろ、あんた。あの池の舟を盗もうとしたっていうじゃないか。しかも、天然記念物の、貴重な植物を盗ろうとしたんだろ。盗るだけじゃあきたりなくて、植物の群落を目茶目茶に荒らしたって?」
「そんな…僕はただ散策して、それから、身の危険を感じて逃げただけで…」
「逃げた?ふん。そうか。だが俺はあんたの正体、知ってるぞ」
「え?」
彼は男の顔をまじまじと見た。歳の頃は30代半ばだろうか。眼光鋭く、青白い顔で、痩せている。青っぽい色の着物姿だ。彼はその痩せた男に聞いた。
「僕の正体。勤め人です。会社員ですが。ああ、そうだ!出勤しなくちゃ!今何時だろう?」
「ほざくな、妖怪!」
「え?」
「貴様の正体は妖怪だ!」
何を言ってるんだこいつは。妖怪と自称する中年男になら会ったが、僕が妖怪とはどういうことだ。
「あんたこそ何者ですか…・」
と、思わず彼が問い返したとき、鉄の扉の開く音がして、警官が入ってきた。コツコツいう足音をさせて、彼の部屋の前に立ち止まり言う。
「おう、起きたか」
「僕は一体・・・・?」
「何も覚えてへんのか」
「はい」
「呆れたもんやなあ」
初老に近い歳格好のその警官は、穏やかな口調だったが、一抹の嫌悪感を彼に表して言った。隣の牢屋の痩せた男が叫んだ。
「妖怪!」
警官は、ほとほといやになったという顔で吐き捨てた。
「まったく、どいつもこいつも、どないなっとんねん。暑さで頭をやられたんかいな」
「僕は何をしたんですか。どうしてこんなところに」
警官は手短に、さっき痩せた男が言ったのと同じようなことを言った。窃盗未遂、自然保護条例違反…。
「酔っとったんか、あんた。ええ?
しかし、酔っとったではすまされへんで!」




