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ポンド  作者: 新庄知慧
50/88

50 留置場へ

真っ暗闇の中に物の怪たちの発するような、音がますます大きくなって来た。


もうあの若武者の姿も絶世の美女も、どこかへ消えてしまった。音だけが恐怖のように迫ってくるばかり。ここにいてはとにかくまずい。


彼は必死で舟を漕ぎ続けた。どちらが岸で、どちかが沖なのかさっぱりわからない。


水生植物たちの間をかきわけながら、必死で漕ぐと、やがて植物たちの櫓にあたる感触が無くなり、広い水面へと出たようだ。


しかし、不気味な音は一向に遠くならない。むしろ大きくなり、ごおーっというような、凄まじいものに変わってゆく。


多くの人間の時の声、得体の知れない動物たちの群れ叫び鳴く声、そうした声の入り混じった音みたいで、それらが激しく目茶苦茶にまじりあい、「ゴオーッ」としか聞こえてこない。


やがて水飛沫が背後で上がった。水上を、その奇怪な大音響とともに、彼の舟を追いかけ、一直線に進んでくるものがある。


もうだめだ!


彼はとても逃げ切れないと思った。櫓を漕ぐのももう限界だ。へとへとになった。横の小女の方を見て、がっくりとうなだれて動かなくなってしまった。


奇怪な音響は、やがて明確に彼の耳に響いてきた。音の感じが少し変わったものとなった。


「泥棒!まて!」


男の大声が聞こえた。そして音は、モーターボートが水面を驀進する音にしか聞こえなくなった。


再び、待て!待て!とうるさく叫ぶ大声。待つよ。逃げないよ、もう体力の限界だよ。


彼は振り向いた。月の光が、再びあたりを青く照らし始めていた。


そこには、やはりモーターボートがまじかに迫ってきていた。麦わら帽子をかぶった釣り人がそのボートに乗っている。


「泥棒!つかまえたぞ!」釣り人は叫んだ。


それから記憶がない。


あの怒り狂った釣り人によって、暗黒の池の底へ沈められてしまったのだろうか。


ふと気づくと、彼は鉄格子のはまった窓のある、冷たいコンクリートの部屋に寝かされていた。


鉄格子の窓ごしに、朝の光が射し込んでいる。


「あれ?ここはどこ?」


しばらくぼんやりしていると、朝の光が射す窓の反対側から、声がした。


「やっと目がさめたか」


声の方を振り向くと、長髪のやせた男が、隣の、これまた鉄格子のはまった部屋から話しかけたのだ。彼は言った。


「こ、ここは?」


「留置場だよ。」

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