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ポンド  作者: 新庄知慧
46/88

46 ハラキリ

何が始まったのだ。


「おのおの方」って言ったって・・・僕一人しかいない・・・あ、この小女がいたか、と、彼が動揺の思考をはじめようとすると、


「見終わり行き止まりしときは死こそ救いなれ、死は行き止まりの恥辱よりの確実なる避け所なれば」



美少年侍は言い、深々と一礼すると、上衣を帯元まで脱ぎ下げ、腰の辺まであらわし、注意深く両袖を膝の下に敷き入れ膝をついた。



彼は目の前の叢においてあった短刀、いや「脇差し」・・・長さ9尺5分、その切っ先と刃とは、剃刀のごとくに鋭利な「脇差し」を、しっかと取り上げた。



嬉しげに、さも愛着するばかりにこれを眺め、暫時最期の観念を集中するよと見えたが、やがて左の腹を深く刺してしずかに右に引き回し、また元に返して少しく切り上げた。



この凄まじくも痛ましき動作の間、少年は顔の筋一つ動かさなかった。



美少年侍は脇差しを引き抜き、前にかがみて首を差し伸べた。苦痛の表情が始めて少年の顔を過ぎたが、少しも音声に現れない。



と、少年の側らの闇にうずくまる人影があったのに、彼は始めて気づいた。



この時まで側らにうずくまりて少年侍の一挙一動を身じろぎもせずうち守っていた人影は、やおら立ち上がり、


一瞬大刀を空に振り上げた。秋水一閃しゅうすいいっせん、物凄き音、ドウと倒るる響き、一撃のもとに首体たちまちその所を異にした。



あたりは寂として死せるがごとく、ただ僅かに彼の前なる死首よりほとばしりいずる血の凄まじき音のみ聞えた。



この首の主こそ今の今まで美貌剛毅の少年たりしに!おそろしいことであった。



美少年侍を介錯した人影が、彼の方を向いた。


「!!」



彼は驚愕し、脱兎のように怒濤のように、そこから逃走した。


一目散に駆け、駆けて、走りまくった。




誰かが背後から追ってくる気配を感じた。



あの人影か?いや、もっと大勢の、得体の知れない追っ手の気配がした。



きしきし、きいきいいう鳴き声、人間だか動物だかわからない生き物の笑い声、ぜえぜえいう苦しげな呼吸音、などなど、そら耳であってほしい嫌な音響が、背後から追ってきた。


林の中を弾丸のように駆け抜け、さきほど遠くに見えた四角い石の建物にたどりついた。


そして建物入口ドアの横のベルを鳴らした。狂人のように、何度も何度も。


とにかく誰か出てきてほしかった。


一人でいると本当に気が狂いそうだった。追いかけてくる何者かに追いつかれそうだった。



ドアを開けてくれ、誰かが出てきて、助けてくれ、この頑丈な建物の中に入れ匿ってくれ!


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