45 古池の美少年
「ここが・・・」
運転手は到達した場所について若干説明してくれたが、彼はそぞろに聞いて、タクシーから降りて、あたりを茫然と見回した。小女といっしょに。
背後から運転手の声がした。彼は、ゆらりと取って返し、料金を幽霊のようなしぐさで差し出した。タクシーの運転手は気味悪がり、あきれて走り去った。
彼は、その神秘の池を散策することにした。
街の郊外にある鬱蒼とした黒い森にと山に囲まれた池。
月がばかに明るくて、池もきらきら輝いている。
タクシーの運転手によれば、この池の水生植物群は昭和2年に天然記念物に指定された。
そのほか珍しい植物や貴重な虫たちが棲んでいるので、むやみに足を踏み入れると、市の文化財保護局に処罰されるので気をつけろとのことだった。
これが、彼が夢にまでみた池なのだろうか。心とらわれる何かがあった。
惹きつけられる思い。小女を抱いて、歩き出した。池にそって小道が続いている。時々森の中に道は入り、池が見えなくなるが、少し歩くと、美しい水面がまた現れる。
と、鳥のはばたく音。水のはねる音。
林の中に見える石堂。建物はあたりに無く、外灯もなく、月明かりだけがたよりの散策。
看板がある。何かびっしりと書いてあるが、暗くて読めない。更に先へ進む。
池の向こうに建物が。
お寺のようだった。
またさらに遠くには四角い建築物。病院のような感じがする。
池の上をきしきしいう音、水の音がする。誰かが小舟にのっている。5メートルほどく先の池の岸に小舟は接岸した。つり人か?
そのとき、彼はいきなり、背後から声をかけられた。
突然のことに、心臓が止まるかと思われた。
振り返って見る。
そこには、若い侍姿の、さいごの平家の美少年(平敦盛)みたいな,16歳ぐらいの少年が立っていた。東映太秦撮影所からやって来た役者か・・?ここで撮影か何か・・・?
美少年は声を発した。
「見るべきほどのものは、見つ」
清い水がしたたり落ちたような、潔く美しい声色だった。
「拙者ただ一人、今、その見おさめしゆえ、切腹いたす。おのおの方には検死のお役目ご苦労に存じ候」
「・・・(なにそれ?!)」




