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ポンド  作者: 新庄知慧
43/88

43 うたてこの世はをぐらきを

彼は妖怪の言葉をうつろな表情で聞いていた。


白い肉塊が、怒りながら彼を振り飛ばした。床の上に転がって、あおむけとなり、視線は闇の中を漂った。


鋭い視線が彼を射た。彼はぎくりとした。


「なんだ君か」


彼は力なく声に出してみた。ぎくりとしつつ平静な声。床に横たわる彼の顔のすぐ上のところに、彼を見下ろして小女が立っている。


「時間だよ、あんた」


山の向こうから木霊が呼ぶように、


「時間だよー時間だよー」


と響いてくる。


「ああ…どうしたものか…」


「商売をしてる時って、人が変わるもんだ…なんて思ってんでしょ」


妖怪が、暗闇の天井の方から声をかけてくる。


「いいえ。僕は別のことを考えてたんですよ。「時間だよ」っていう言葉でね。別のことを考えてたようなんですよ。何かどこかで考えてたことだと思うんですがね…」


「ハハハハ…」


妖怪の笑い声が、また暗闇の天井から聞こえてくる。


「可笑しいですかね。僕は今、吐くだけのものを吐いちまって、心が平安なんだと思うんですよね。だから…」


「吐くものなんて、あなた、後から後から、また出来上がってきちまうもんよ」


「そうですか?」


彼はゆっくりと腹筋運動でもするようにして上体を起こした。


「もう少し、アルコールで酔ってしまいたいわな…」




********




彼はタクシーに乗って家路についた。小女といっしょだ。



うたてこの世はおぐらきを


何しにわれはさめつらむ


いざいまいち度かへらばや


うつくしかりし夢の世に



どこかで聞いたこの歌思い出し、彼は小さな声でつぶやいた。


小女に聞かせているつもりも半分あった。しかし、車の走る音にかき消されて、小女には途切れ途切れにしか聞こえなかったろう。


小女に出会った晩に見たような月がでていた。


車内はクーラーの冷気にみたされている。外は暑い。彼はまだ酔っ払っている。

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