42 この世は夢よ、ただ狂え!
見渡す光班の流れる闇のボックスの向こうから、意味の信号が湧き起こったのだ。
それは「ただ狂え!」と湧き上がってくる信号。
これが言葉だ。
音楽と音楽の間から、「この世は夢だ!」と、もう一つの信号が送られてくる。
彼は目がまわり、くらくらする。ボックスのそこからも、ここからも、声ともつかぬ声が、地底の底から、沸き上がる悪魔的な気泡となって送られてくる。
この世は夢よ、ただ狂え
と、紡がれてきている。
彼は平衡を失って、ついたての向こうのボックスへと落下した。
そこは、先程の、パンダの交尾のボックスだった。ぎゃああという悲鳴があがったが、怒声はおきなかった。
むしろ歓迎されたような気配だ。それは、何か新しい遊びを始めるために、新しい秘密の仲間を迎え入れたかのような、そんな感じだった。
そこにいたのは、どんな奴だろう。やはり、だらしなく太った男なのだろうか。
しかしそんなことを考える間もなく、彼は女の強烈な芳香を嗅ぎ、悶絶しそうなほど歓喜に満ちた。
なぜか、きわめてきわめて莫大な安心が、堰を切って彼の胸から内臓の隅々にまで怒涛となって広がっていった。
体じゅうが、五体の細胞の一つ一つが、温かい安心に満ちて、脊髄を激しく振動させながら吐いた。
吐瀉物を。一気に。幾度か体全体を律動させながら。
白い肉を伝って、そうした液体が流れていった先には、誰かいる。まどろんでいる眼でそれを見ると、その視線に反駁するように、この世は云々という声が打ち返されてきた。
そこにいた男というのは、あの妖怪であった。
「ああ」
目を閉じて、また彼は目を開く。
「この世は夢よ」
と彼はいう。
しかし、それにはこういう答えが返ってきた。
「もう時間だよ」
「はあ?」
「もう時間だ。目を覚まして30分。延長なら延長でいいが、金が要るよ。こっから先は面倒見れないよ、あんた」




