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ポンド  作者: 新庄知慧
41/88

41 その夜は夢か 

彼が横を向くと、そこに女がいる。


ミラーボールが絶え間無く放流する無数の光班が、その女の目や、唇や、髪や、胸やを、切れ切れに忙しく闇の中に映し出している。


「*****」


生あたたかい吐息が、彼の顔の本当にすぐ間近に迫ってきた。


無数の光班が泡立つ暗闇は音楽にゆすぶられて、彼の胸の内は律動してしまい、芳香に極端に刺激されて、彼は息をするのがやっとだった。


見上げると天井にはミラーボールが、誕生して間も無い恒星かなにかのように光を発している。ここがこの無数の光班の起源だ。


光はガラスの破片か、無数のナイフになって、無数に発射されている。直接目に入れたら、失明させられてしまうかもしれない。


あたりの席を見ると、そこには人影が、ぼんやりと白く浮かんで立ち上がったり座ったりをしている。


動物園のパンダのような恰好―パンダの交尾のような恰好で、うずくまったり、また立ち上がったりしているかと思うと、別の席では、そう、何というか、豚を呑み込んだウワバミが、その消化を完遂しようとして体をぶるぶる震わせているような、そんな妙な形の量感と肉感のあるシルエットが、重なりあって、ミラーボールの光班に洗われながら、のたくっているのが見えるのだ。


彼は口のあたりに冷たいグラスをあてがわれた。


口紅の匂いをまぶされたような、薄い味のウイスキーが、口腔一杯に詰め込み注がれ、一気に胃袋へと流下しいった。彼はせき込んだ。


吐息が芳香となって彼をむせかえらせ、隣の女がカスタネットのうにけたたましい笑い声をあげた。


そうして何杯も何杯も、母親の乳を吸うがごとくに、口紅の匂う薄いウイスキーを飲込んだ。


そうすると彼はますます高鳴って、自分は散り散りになってミラーボールの光班とともに、揺れる黒い空間の中を、流れるように回転して行くのだった。


耳元で言葉らしいものが、音楽の切れ目切れ目に語られているようだったが、それはケタケタいう笑い声と混じってごちゃごちゃになってしまう。意味のある信号なのかどうか判断できない。


彼は立ち上がった。闇の中から伸びてきた手に引っ張り上げられるようにして。


その手は、彼の口から出かかった、温かい流動物を掴んで引っ張ったのだ。


それで彼はひっぱられ、その流動物もろとも立ち上げられてしまった。その流動物は、彼の胃の方から逆流してきて、喉のところにつっかえていたものだった。


彼は立ち上がり、さらにバネのように飛び上がってしまった。


ボックスとボックスの間のついたてーそれは厚みのあるもので、人が立ってダンスできるほどの幅があるーに彼は立ち上がり、独裁者のようにしてあたりを睥睨した。


するとその刹那、きわめて奇怪な現象がおこった。

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