40 夜と夜
妖怪に導かれ店内に入った。
薄暗くてほとんど何も見えない。幾つかの席、カウンターがあるくらいは分かるが、、色や形は何も分からない。
カウンターの奥へ妖怪は入ると、ビールを持ってきた。飲ませてくれるらしい。おごりなのか、あとでぼったくられるのか知らないが、彼はとりあえず、そのビールを飲みだした。
興奮していたので、ぐいぐいとあおってしまい、あっという間に一本あけた。暗い座席の横に置いた小女のことも、いつか忘れかけていた。
また1本、無言で妖怪がビールを差し出した。また飲む。興奮しているせいか、酔いの回り方は遅いようである。
妖怪はこの店のオーナーなのだろうか、それとも雇われ人に過ぎないのだろうか。何時の間にかいなくなり、壁ひとつ隔てた隣の部屋にこもって開店の準備を始めたようだ。ごそごそいう物音が聞こえてくる。
2本目のビールも空になった。暑い街の中をほとんど一日歩き回った疲れが、体中に滲みだして来た。酔いが急に来て、いい気分になってきた。
まるでビールの中に眠り薬でも入っていたのではないかと思えるほどに、激しい眠気に襲われた。頭が麻痺したようになって、彼はソファーにぐったり寄りかかったまま眠ってしまった。
……
目覚めたのは、それから1時間もしてからだろうか。
とにかく、目を開けてもあたりは真っ暗で何も見えない。頭が痺れて目の焦点が定まらない。
やがて、小さな緑色に光る虫があたりを流れるように飛んでいるのが目に入った。目をこらすと、それらは虫ではなく、小さな光の断片たちだった。
真っ暗なソファーや床の上を無数の緑色の光の断片が川の流れのようにして滑っていく。
ふっと体を起こすと、あたりには幾つかのボックス席があり、それぞれに黒い人影が座っている。
その人影は時々、何やら思い出したように動いていた。
突然、音楽が鳴り出した。
音楽という風にしか形容しようのない音楽で、聞いたこともない音の羅列みたいだ。耳障りなくらいに大きな音だった。
彼は目を瞬いた。
すると忘れていたものを思い出した。そうだった、彼はひどく興奮していたのだ。
ここは、そう、妖怪の店だ。
女の子がやってきたのだ。
心臓が鼓動を速めた。
耳を澄ますと、音楽の合間合間に、何か聞こえてくる。
女の子の声と、ボソボソいう男の声と、切り裂くような嬌声と、悲鳴のような笑い声とだった。
それらは、次第に脈打つようにしながら大きくなり、彼の胸も次第により大きく高鳴った。何だこれは?
音楽がひときわ高く大きく、ヴォリュームは最大になったようだ。
香水のような、お菓子のような、女性の体から発散される独特の香気が漂い、彼の嗅覚を刺激した。
彼の心の内と外が、わなわなと揉みしだかれた。
・・・耳元に、濡れてざらつく感触があった。
「?!」




