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ポンド  作者: 新庄知慧
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4 メダカの激しき付和雷同

喫茶店の奥のほうに、さっきのウエイトレスが超ミニの脚を組んで腰掛けている。その白い脚が時々動いた。


北極の向こうに、こちらが凍えている寒さの室内のはるか奥の方に見えるその脚の動きは、まるで彼に何か語りかけているようだった。


奇妙に艶めかしかった。


彼はこと切れそうになってしまう。この店はやはり寒すぎるんだ。妙な考えに覚醒しすぎてしまうような気がする。彼は警戒して席を立ち、事務所へと向かった。




一足とびに夕方。




今日も無意味な一日が、彼にひどい疲労を刻みつけた。なのになお彼は仕事を続けねばならず、今日も残業するはめになった。


残業を始めて一時間ほどしたところで、先輩が事務所の廊下を隔てた対面の給湯室にある冷蔵庫からビールを出してきて、仕事していた人達に紙コップを配り、飲みましょうと勧め、彼もそれを飲み、ほろ酔い加減になった。


午後5時になると冷房がプッツリ切れてしまうので、残業を始めると、すぐに汗が吹き出す暑さに見舞われる。冷蔵庫にはビールが常備されていて、事務所の誰かがそれにすぐ手を出す。


この会社は左前になって久しく、倒産してもおかしくない状態にあった。


入社して1年にしかならない彼にもそれが分かっていた。


しかし親会社が国策企業で政府の手厚い保護があるものだから、なかなかそうはならないというに過ぎない。


日々残業しているのは、本当に仕事があるからではない。ではなぜ残業しているのか。誰かが残業しているからなのだ。


特に上司が残っている場合は帰れない。


この会社の実態は、肥満して腐敗しはじめ、ゆるゆると彼方へと沈むお日様、デブでよろよろの太陽のごときものであったが、外見は真面目そのものの一流企業だった。


社員は皆、不気味なくらい礼儀正しく、おっとり刀が多かった。


タイプとして、自分で自分の道を見つけてそこを歩いてゆく感じの人は皆無で、誰か一人が遠慮がちに「こうしたらいいのではないかと思うのです、僭越ながら」と言いかけると、皆が付和雷同した。


上役が「こうしたらいいのでは」と言い出そうものなら、それはもう激しい付和雷同が起った。


必ず集団で行動し、一ぴきが反対方向へ動き出すと皆がその方向へすぐに群れ泳ぎ出すメダカの集団を連想させる。


しかし、それは結束とか忠誠とか、もちろん連帯とは全く違い、彼等が心を開いて理解し合っているわけではない。


しかし雰囲気として流れが動きだすと、それには逆らわずに乗って行く。波風をたてないというのが基本原則だった。


彼は、こうした風潮は、発展しようとする企業にはあるまじきものであると就職情報誌で読んだことがある。


まあ所詮、組織なんていうのはこんなものさ、と先輩が皮肉めいて言うのを聞いたことがあるが、彼にはこの企業は組織とすらいえないように思えた。


しかし、そこに居合わせてその先輩の言葉を聞いた皆は、一様に同感したかの外見でうなずき、そして「それではいけないと思う、僭越ながら」と誰かがいうと、また一様にうなずいた。


どう転んでも付和雷同が起るのである。しかし本当にいやなことが起きていないから、こうした付和雷同が起きるのかもしれない。


本当にいやなことが起きたら、どんな反応がでるのかは、彼にも想像がつかなかった。

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