39 夜と女の子がやってくる
夜。
夜が街に降りてくる。
あっちをうろうろ、こっちをうろうろ、この乞食妖怪と彼は行くあてもないように歩いた。
ネオンがきらきら輝きだす黄昏の終わり頃。街の中は黒い人ごみであふれていた。
祭りは今日で終わり。あの、祭りの終わりに特有の、現実にひき戻される寸前の、何というかとてもいやな感じが街に滲み出ている。
風俗営業店の数多く建ち並ぶ小路にさしかかった。ここは彼が金色と銀色の目の女に出くわしたブロックからそんなに離れていない。
客引きが声をかけてくる。妖怪の歩きざまは、次第にいかにもくたびれた感じになっていった。そろそろどこかで休みたいところだろう。
と、不意に妖怪の姿が見えなくなった。見落としてしまいそうな小さな路地へと曲がったのだ。相手が妖怪であるだけに、煙のように消えうせたのかと思ったが、すぐに見つかった。
「ここだよ」
妖怪が振り向いて言った。路地は薄暗く、妖怪の表情は見えない。
「私はここの裏方なんです。黒子なんだよ」
顔も表情も見えないが、ニッと笑って白い歯をむいているのが何となく分かった。妖怪のシルエットが指さす先は、狭苦しい小路に面した飲み屋。スナック。いや、ピンサロ、アルサロの類だった。
「はあ」
「女の子はまだ来てない。怠慢なんだ。店があくのは他より、いつも2 時間遅れるんです。場所的にも不利なんだ」
「意外です」
「何が?」
彼は妖怪がこのような職場の人間であることが意外だったが、すぐ思い直した。こういうところが本当は妖怪にふさわしいのだ。
それより、彼は動悸が激しくなってきた。心臓がわくわくした鐘を打ち鳴らし始めた。童貞なのだ、彼は。
小心な真面目一途だった彼は、こういうところに一人で来れるわけもなく、これまで入ったことがない。ストリップやピーピングについては、みな先輩に連れていってもらった。
ずっとここにいると、そのうち「女の子」がやってくる。
勿論恐いのではなく、胸が口から飛び出しそうに高鳴っているのだ。こういう所にいつか来てみたいと思っていた。もうのすごく激しくこういう所に来てみたいと。
でも機会がなかっただけだ。そのうちに気力がうせてしまっただけだ。彼は助平なのだ。彼はこの先、どうしようと思った。
「こういう所が、あなたの職場とは。すごい」
「そんなにすごいとこでもないんだよ。存外つまらないもんなんだよ、こんなとこ。でも普通のとこよりはどこかにましな部分がありますね」
「私はどうしましょう」
「つきあえよ」
妖怪が白い歯をまた見せた。彼は胸が高鳴った。久しぶりの高鳴り。夜が急速に迫っている。




