36 河原乞食と妖怪と
いつの間にか川の近くに来てしまった。
街の中央を南北に切り裂いて走るこの川は、この死の都のシンボルでもあり、彼が小女と出会ったのは、この川辺でのことだ。
川を渡る橋の上で妖怪はふと立ち止まった。橋の欄干に両肘をついて、川の流れ、近接している繁華街などを眺めた。
「随分と歩き過ぎてしまったではないか」
「疲れたですね」
妖怪は頬杖をついて、川の流れに見とれるごとく佇んだ。
目をしばたたかせて、川風に酔っているようだった。ここはさすがに少しは涼しい。少しはましだ。
彼は欄干の上に小女を乗せて妖怪の脇に同じようにして頬杖をついた。衰えない陽射しの下に、2人の男と1個の少女が川面を見晴るかし、ボーッと息をつくことになった。
「私は実は乞食なんだよ」
と妖怪は言った。
「乞食。妖怪じゃなかったんですか」
「乞食なんだよ」
「乞食にしては立派な身なりをしてるじゃないですか」
「こんな汚ねえなりが、何が立派な身なりなもんか」
「十分世間に通用する浴衣姿ですよ」
「このなりでは、乞食になれませんか」
「さあ」
「乞食なんですよ」
「……。すると河原乞食とか」
「よく知ってるじゃねえか」
「思いつきを言ったまでですよ」
「川の近くに来たから思いついたのか」
「多分そうでしょう」
「単純だね」
彼は1年程前、就職して早々に見た新聞記事を思い出した。
「河原町のジュリー死す」
河原に近接した繁華街に、今時珍しい専業乞食が住んでいた。
歴史ある街だけに、ここには多くの人間国宝が住んでいるが、乞食業という文化がその専業乞食によって守られていたわけだった。
人々は彼をしてその長髪や風貌から、河原町のジュリーと呼んだ。乞食のプロフェッショナル。有名人であった。
弟子入りしようとする者さえ現れたが、彼はそれを固辞し続けた。もっとも弟子入りしようという人は皆、ひやかしでしかなかったが。
その有名人、河原町のジュリーが、丁度1年ほど前、専業乞食にはあるまじきミスー残飯を食ったがゆえの食中毒で死んだ。
一流料亭のゴミ箱であったポリバケツに首をつっこんだまま野垂れ死んだ。
この男は、その乞食が妖怪となって再びこの世に現れた。そういうわけか?




