35 妖怪はひとりぼっち
妖怪は落胆したように絶望したように、ぽっかり口を開けて目は虚ろになった。
変な人だ。本当に妖怪なんだろうか。ただの浴衣姿の祭りの見物人にしか見えないのに。しかしいやに真に迫っている。彼は言った。
「ところであなた。妖怪は、あなたお一人しかいないんですか」
「はあ?」
「お仲間はいらっしゃらないんですか?」
「まあ、いるといえばいるし、いないかもしれない。妖怪はお互いを認知し合わないものですから」
彼は、色町の川のほとりで出会い小女を紹介してくれた、あの奇怪な、金色銀色目の女を思い出していたのだ。
「この子を私に預けてくれた人っていうのが、まるで妖怪的な人だったんですけどねエ」
妖怪はじっと小女を見据えた。
可愛い子だと、ぽつりと口にした。そして微笑んだ。
彼は言った。
「実は私、この子のことを、ほとんど何も解ってないんですよ」
「ふうん」
「わかりますか」
「友達でしょ?アア、友達なんて、親しむほどに解らん部分が多くなるもんですよ」
「でも少しは解ってる。この子から少し聞いたところでは、どうもですね…」
「ちょっと!」
勢いづいて、彼が喋ろうとしたのを、妖怪は止めた。
「いいんですか。話して。この子の了解も得ずに」
はたと思い知らされた。彼はやはり妖怪に随分となれ親しんでしまったようだ。
誰にもこの子のことを話すことなどあるまいと思っていたのに、今喋ろうとしてしまった。
「そうですね。まずいかな。あなたを見てると、何でもすでにご存じなんじゃないかという気がしちゃって」
「私も行き止りに行ってみたことがありますから…」
ホラ!と彼は思った。キーワード=「行き止まり」のこと、知ってるじゃん・・・
「もう、出ませんか」
妖怪の方からポツリと言葉がこぼれた。
まばらな人影の見える店内のレトロな黒い景色を背に、ゆっくりと顔をあげて、体を律動させながら重たそうに立ち上がった。
立ち上がるとその浴衣姿は金魚鉢の中の水藻のように、ゆらゆら揺れた。
存在しているようで、存在していないようなー妖怪は空気に溶け込みそこなって固体化してしまった生き物に見えた、いや、そう見えたのだが。
・・・しみじみ見ると、ただの中年男かも知れない。




