34 妖怪はつらいよ
妖怪は話を続けた・・・
「いやあ、随分昔から、居場所のないのを感じてます。特に厳しいのは、ここ十数年前から。妖怪が市民権を得てからというもの。苦しい毎日です」
「妖怪は市民権を得ておるのですか?」
「ええ、そうですよ。だって私が自分のことを、妖怪です、とあなたに言ったら、あなた、すぐに認めてくれたじゃないですか。これが何よりの証拠です。
妖怪という既成概念ができていて、世の中に認知され、登記されてしまってるのです。こんなみじめな話ってありましょうか」
妖怪は涙ぐんでいた。涙声で言った。
「私は莫伽だ」
「莫伽なことはありません」
思わず慰めてしまう。妖怪は言う。
「昼日中の太陽のもとに晒されてしまうってことですからね、市民権を得るっていうことは。
そうすると、整理棚の中にきちんとしまいこまれてしまう。バーコードなんか刷り込まれて。
この間、図書館で百科事典をみてたら、妖怪の項がちゃんとあって。くどくどと説明も書いてあるのです!」
「あなたはそういうのがかなわんのですね。影の中にいたいのですか。」
妖怪はだまってしまい、あらぬ方を見つめていた。彼は何と言葉を続けていいのか困ったが、さらに言った。
「だから、つまり、誰も知らない認めない、そんな存在でありたいのですね」
「そんなところでしょうか」
「きっと、そもそも井上円了がいけないのですね」
彼は古本屋でみた妖怪大事典という本の著者の名前を思い出して言った。
面白そうだと思ったが、二万円もする本だったので、彼は躊躇してしまい、購入していない。いつか買わなければいけない本だとは思っていた。
「そうでしょうか」
「井上さんが発端でしょうよ」
「平田篤種さんもいましたよ」
「国学者の?」
「あれは江戸時代にそういうことをしたんです」
「そうですか」
「さっき、十数年前から特に厳しい生活をしていると言いましたがね、この原因は漫画です。妖怪漫画」
「私も好きですよ、妖怪漫画」
「ああ、やっぱり、ここにもこんな人がいる。
いえ、いいんです。とがめる権利なんて誰にもない。
しかし、私は、ここにもまた妖怪認知の原因をみる思いで…」




