33 妖怪は語り始める
男はアイスミルクを所望し、彼はアイスコーヒーを注文した。また暫く沈黙となった。そして男は言った。
「何ですか。妖怪、いけません?白けましたか」
「別に白けはしません」
「ですよね。そんなお友達をもっているくらいですもの、分かってくれると思っているんです」
運ばれてきたミルクをぐびりと飲んで、妖怪は目を閉じて溜息をついた。
「大体こんなところにまで、見ず知らずの私を連れてきてきれるところから見ても、あなたは分かってるんです。ミルクはおいしい」
彼はだまっていた。
「私は人に立ち入った話は聞きません。でも人に立ち入られるのは拒まない」
「別に私は立ち入らなくてもいいですよ」
「そうですか?」
妖怪は悲しそうな顔をした。気の毒になり、彼は言った。
「まあ、立ち入ってほしい場合は喜んで立ち入りますが」
妖怪はうつむいてしまった。彼はこの妖怪が憎めない気がした。そこで言い足してやった。
「僕なんか立ち入ってもらっても、案内してまわる立ち入り先がないです。これは悲しいことです。
招き入れていっしょに歩きまわって、崩れた所や汚い所や、あれこれいっしょになって直してほしいと考えてもですね、
立ち入り先はあまりに狭くってですね、立ち入ってもらっても、実につまらんという、その、何なんです。
これは淋しいことです」
…彼は何か言い足して妖怪の心をほぐしてやるつもりだったが、話の腰がこんぐらかって、こけてしまった。今度は彼が悲しくなった。小女を見て、
「これは僕の友達です。あなたはさすが妖怪ですね。この子のことを紹介したのは、あなたが初めてです。
分かってくれたんだから紹介したんです。でもこの子も「友達です」で終わりなんです。
一歩立ち入ると、それで分からなくて、それでお終いという…」
妖怪が遮った。
「いや、すみません」続けて言う。「あなたが無意味な言葉の運動場を駆け足して、私の気持ちを引っ張り上げようとしてくれてることぐらい、私にだって分かります」
「…」
「困ったもんです。当節では、妖怪なんて生きていくのはとてもしんどいのです。苦しいのです。
この街は、歴史の中枢、吹きだまり、終末処理場と言われたところで、つまり最も古ぼけていて、日本でも一、二を争う、私たち妖怪にとって居心地の良いとこだったんです。
けど、もうダメです。




