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ポンド  作者: 新庄知慧
33/88

33 妖怪は語り始める

男はアイスミルクを所望し、彼はアイスコーヒーを注文した。また暫く沈黙となった。そして男は言った。


「何ですか。妖怪、いけません?白けましたか」


「別に白けはしません」


「ですよね。そんなお友達をもっているくらいですもの、分かってくれると思っているんです」


運ばれてきたミルクをぐびりと飲んで、妖怪は目を閉じて溜息をついた。


「大体こんなところにまで、見ず知らずの私を連れてきてきれるところから見ても、あなたは分かってるんです。ミルクはおいしい」


彼はだまっていた。


「私は人に立ち入った話は聞きません。でも人に立ち入られるのは拒まない」


「別に私は立ち入らなくてもいいですよ」


「そうですか?」


妖怪は悲しそうな顔をした。気の毒になり、彼は言った。


「まあ、立ち入ってほしい場合は喜んで立ち入りますが」


妖怪はうつむいてしまった。彼はこの妖怪が憎めない気がした。そこで言い足してやった。


「僕なんか立ち入ってもらっても、案内してまわる立ち入り先がないです。これは悲しいことです。


招き入れていっしょに歩きまわって、崩れた所や汚い所や、あれこれいっしょになって直してほしいと考えてもですね、


立ち入り先はあまりに狭くってですね、立ち入ってもらっても、実につまらんという、その、何なんです。


これは淋しいことです」


…彼は何か言い足して妖怪の心をほぐしてやるつもりだったが、話の腰がこんぐらかって、こけてしまった。今度は彼が悲しくなった。小女を見て、


「これは僕の友達です。あなたはさすが妖怪ですね。この子のことを紹介したのは、あなたが初めてです。


分かってくれたんだから紹介したんです。でもこの子も「友達です」で終わりなんです。


一歩立ち入ると、それで分からなくて、それでお終いという…」


妖怪が遮った。


「いや、すみません」続けて言う。「あなたが無意味な言葉の運動場を駆け足して、私の気持ちを引っ張り上げようとしてくれてることぐらい、私にだって分かります」


「…」


「困ったもんです。当節では、妖怪なんて生きていくのはとてもしんどいのです。苦しいのです。


この街は、歴史の中枢、吹きだまり、終末処理場と言われたところで、つまり最も古ぼけていて、日本でも一、二を争う、私たち妖怪にとって居心地の良いとこだったんです。


けど、もうダメです。


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