3 ピーピング・ショー
ただ寝つけないのが苦しくて、体の位置を変えたり、扇風機をつけたり、そんなこんなをしながら、
現れては消える池を見て、「あー」と暑苦しい吐息をつき、腹の上に掛けていた夏用のタオルケットを蹴っ飛ばし、それが空中に一瞬浮いて、すぐに顔の上に落ちてかぶさってきたとき、
条件反射のせいで「行き止まりだ」と呟いた。そして眼から汗のような涙がとめどなく溢れた。
これもまた条件反射のせいだ。本当は感情や心情のせいだったが、条件反射のせいにしておくほうが楽だった。
考えずにすむし、考えたくもないし、土台考えるなどということは、「行き止まりの池」などという語呂からみ て、ろくでもないことになるに決まっている。そうだよな?
運ばれてきたアイスコーヒーは冷たい汗をかく金色のカップに入っていた。運んできたウエイトレスは超ミニで、すらりとした美しい脚をしていて、それを見て彼は興奮した。
若いのだ。といっても、四捨五入で30歳だけど。
30歳?
ぷっつりと思考の糸が切れた。
少しばかり何かもの思いそうになったけれど、歳のことが頭をかすめたとたん、思考の糸が見事にあっさりと切断された。
年齢のことを思い描きそうになると思考がショートするというのも彼の最近の条件反射の特徴だった。
ショートした直後に、一週間前に行ったピーピングショーの光景が出現した。
ウエイトレスの脚がピーピング嬢の肢体を胸のうちに甦らせた。
彼がこれまでに女性の裸体をみたのは3回きり。2回は学生時代に親友たちとともに見たヌードショー、3回目がこのピーピーングショーだった。
世の中の話題の中心からははずれた過去の遺物であり、その名前すら死語といって差し支えない、いまどきまだあったのか、という感じのこのピーピングショーであったが、初めてこれを見る彼にとっては、実に衝撃的だった。
暗くて薄汚い小部屋に客が入り、その部屋の小さなガラス窓から、窓の向こうの小ホールにいる女の子を覗きこむという奴だ。
終始無言のうちにショーは進行して、始め彼は興奮した沈黙に包まれていたが、次第に彼の目の前にあるのは女性とか人間とかではなく、肉体ですらなく、存在ただそれだけ、という感じになっていった。
そのとき、何か音響を耳にしたように思う。あれはーあれもそう、条件反射に即して言うならば、それは何か行き止まりだったのかもしれない。
彼はいやな予感がした。