28 いらだつ共犯者
共犯者・・・ 何の共犯者か知らないが、この小さな方との間柄は、とにかく親密なものとなってしまった。しかし、もう、どうでもいいや。
その日以降、彼は以前にも増して堂々と、子女を連れて街を出歩いた。
街はますます暑くなり、昨日の記憶も定かでない。
「あなたの世界はどこにあるのでしょうか」
とんかつの一切れを口の中でもぐもぐやりながら、彼はこう言った。
熱帯夜の底で喘ぎながら蠢く街を見下ろすビルの7階のレストラン。大きな窓から眺めると、暑い夏の夜がすっぽりと窓という水槽の中に閉じ込められているかのように見えた。
水槽の中にはさまざまなネオンの光。彩りをほどこされた不快指数。光害にやられて今宵は快晴なのに星は全く見えない。
「でも、ここが僕の世界だとは僕にも思えない。呼吸が苦しい。僕も君と同じだ」
水を汲みに来たボーイが、人形をテーブルの上にのせて向かい合って食している彼を怪訝そうな目で見る。
窓から見えるもので、一番迫力ある存在感があるのは、ナントカキャラメルと書かれたネオンの塔だった。所々文字の電気がショートして不規則に明滅している。
「いつまでもだまっているなあ」
ぼつりと彼は言った。
小女から目をそらし、キャラメルネオン塔を目に入れる。瞳の中でキャラメルという電気文字がパチパチはじけてショートする。
「よくつきあったと思わないか。勤め人になってからの自分にしてみりゃあ、信じられないような振る舞いだなあ」
フォークにライスをのせてほおばり、熱くて舌がヒリヒリしたので、汲みたての水で飯粒を流し込んだ。ワインをグラスについで、その赤い液体ごしに向かい合う小女を片目で凝視した。
「橋のたもとの幻が私をこういう毎日に誘ってくれた。でも、あの記憶も次第に薄れて消えそうだ」
液体ごしに眺めても、グラスをのけて見つめても、小女はまんじりともしない。
「あなたは何者なのだろう。今まで僕は、あなたを僕の心の部分品として、かすかな異物感を抱きつつも、ほとんど同化してしまっていた。あんたは体のつくりが余りにコンパクトだったから」
マヨネーズとドレッシングがぽとぽと零れ落ちるキャベツのみじん切りをフォークに突き刺し、小女の方へ差し出した。
「僕の生活ぶりは大体分かったでしょ。あなたは何者なんだ。もう教えてほしい。きっと純潔過ぎて遠慮し過ぎだったんだ。もう目先を変えようか」
スープをスプーンでしゃくって塩からい味覚を口いっぱいにひろがらせた。
「だいたい、あなたは売春婦のはずだったんじゃないか。今日は帰ったら、いっしょに風呂にでも入ろうか。そういえば、出会ってから1か月にもなるのに、君は体を洗ったことがないね。裸をみたことがない。君はオッパイ、ふくらんでるんだろうか」
ワインの酔いがまわりはじめていた。小女は相変わらず無言だった。当たり前の話だ。ただの人形が口をきくわけがない。
彼はまた、あの厚ぼったい布にくるまれた鋼鉄が首筋に連打を食らわせてくるのを感じた。




