2 行き止まりの池
回想とは。
行き止まりに関することだった。
眠れなかった昨夜、暑苦しい時間が彼にまとわりついて処置なしであった独身寮の一室で、しきりと脳裏に浮かんでは消えた情景が一つあった。
それは何のことはないけれど池の眺めだった。行きつ戻りつ、道にはぐれて彷徨ったあげく、辿り着いた行き止まりに、ひっそりとして輝く池が見えた。
何のことか定かではないけれど、意味もなく現れては消えた。丁度、寝苦しい晩に、眠ったのか覚めていたのか分からぬ、夢と現の中間地点で、夢のない夢をみていたという、そんなありさまだった。
始終無感動だった。なんであんな池がまとわりついてくるのか理解できなかった。考えようとする意欲もなかった。
彼は学生時代はよく、考えてばかりいた。と言っても、数学の問題とか、女性の正しい口説き方とか、有意義なことを考えたわけではなく、
もっぱら、
道端の石の皮がクルクルめくれてどうしたとか、
花が水の中にバシャンと倒れて花という言葉を口にしたとたん、花という存在が死に絶えるとか、
そういう、世の何事にも役立たないような事柄に執着を余儀なくされてしまう性格だった。
彼はなんでそんなことに心をとらわれるのか、本当に迷惑なことだと思っていた。
いや勿論、頭の中の一定の領域は女の子のことで占領されてはいた。
いつも自分は恋していると思っていた。そしてふられると人並みに傷心だのハートブレイクだのと感じて憂えたりもしていた。
心の傷を大切にして、「ああ、あれはつらかった」と悲しんだりもした。ああ、勿論、本当にひどい心境になったこともあるにはあった。
しかし、一方で石の皮がめくれたり、花の存在が死んでしまうとかの考えに引っつかまれたりしていただけに、傷心もどこか緊迫感を欠いていた。
そうだ、忘れていた、第一彼はまあ可愛らしくはあったが、あまりハンサムではなく、やや背が低く、女性を押し倒すだけの腕力に欠けており、男というのには何処か足りないところがあった。驚くなかれ、そして彼は25歳にして童貞なのであった。
それはともかくとして、彼は昔考えに耽ることがよくあったが、背広を着て没個性な生活を始めてからというもの、日一日と空想と想像と幻想をつかさどる脳細胞が、等比級数的速度で死に絶えてしまい、もはや条件反射だけで暮らしているようなところがあった。
それだけに、池が頭の中に何度訪れようと、来訪のわけやいわれをことさら尋ねてみようなどという努力をしようともしなかったのである。