19 ひとまわりして戻ってきて
暗闇の中だからこそ、こんな風に喋くることが出来たのだ。口に出してみると、別に悲しいわけでもなく、条件反射で、また涙が流れてきた。
「ああつまらない。どうしてこんな話になっちゃったのか」
彼は心底いやだった。暫く口を閉ざして、川の流れる音を聞いた。
「一体どうやったら、生きているように生きられるのか」
そんなことを考えないことが、生きるための最善の手だ。結論はそういうことだった。
いつの間にか身につけた処世の方策。
彼は思考の運動場を空しく駆け足して一回りし、また元に戻って来た。そうすると、心が再び落着いてしまい、身動きをしなくなった。
女の方に目をやった。自分の話に熱中し過ぎてしまい、女の存在を忘れかけていた。
「すみません。この世の終わりの話でしたよね」
女は顔をふせたまま何か言った。
「もう、理屈では、この世をつかむことは出来ませんわ」
こちらの話を何も聞いてなかったのだ。
そうだろう。僕はこういう扱われ方をするのがいつもなのだ。
本当に真剣なことは聞いてもらえないか、聞き流されるか、聞いても冗談だとしか思ってもらえない。
聞かれなくてよかったとも思う。
馬鹿な話だもの。こんな話は無かったことにしてくれた方がいい。
しかし、女の声は、愛液がしたたり落ちてきそうな、暖かい色気に満ちていた。
今までの彼女の声とは違う。何を言いはじめたいのか分からなかったが、彼にとって耳障りな声ではなかった。
「愛が一番一大事なのよ。世界は、ほんまは、別嬪さんや」
声がまた変な音に変わった。
「そうなんですか」
相づちを打ったわけでも、疑問を差し挟んでやろうとしたわけでもない。言葉のやりとりは、目の前を流れる川の黒い水のごとく、闇の中へ消え入ってしまった。
女は言う。
小理屈で言葉を紡ごうとすると、息切れがしちゃうわよね。
考えも思いも、希望も落胆も、胸に起る気持ちの襞が全部ない混ぜになって、渦の中に見えなくなっていきそうよね。
暗い所に居ると優しい気持ちになれますわ。
落着く。
ゆったり横たわって空気があって、その中に自分の体が溶け出していってくれますよ。エエ、行ってくれますよ。
女のもの言いを聞きながら、彼は女の差し出した不思議な物体、小女を握りしめてみた。
「……!!」
小さな悲鳴を耳にした。
可哀そうなことをしたと思って力を緩めた。




