14 お嬢様、乾杯!
また女性の声に戻って彼女はそう言った。彼は黙っていた。
事の成り行きがどうなるのか、はっきり言って不安だった。
彼は舞台に立たされた無言劇の役者のように、たかまりゆく沈黙の緊張感に何とか方向性を見出さなければと焦った。
と、彼女?は突然、
「あたしとやったら、世界は終わりよ!」
可愛らしい女の子の声で唄うように言った。
そして、スカートの裾の端をつまんでヒラヒラさせて笑ってみせた。
で、品揃えは豊富なんだから、とにかく連いてこいと言う。
品揃えは豊富なんだから。
男がほしけりゃ筋骨隆々なのから色白のなよたけから、いたいけな幼児から、
女が欲しけりゃどんな美女でも名器でも、
かずのこでもいそぎんちゃくでも、あめふらしでも、うみうしでも、
あいの子がいいのなら、 男女も女男も、一つ目小僧もろくろ首も、
獣が好きならどんな獣も、お月さまの兎さんも、狸も狐も、可愛い小猫ちゃんも、
羊も犬も牛も河馬も…
河馬?
彼は少し馬鹿馬鹿しくなってきたが、従うともなく彼女にとぼとぼと連いていった。
小川のほとりを離れて、日本風家屋、薄暗く細長い路地が見え隠れする通りをくぐりぬけた。
瓦葺きの屋根と屋根の間にネオンが途切れ途切れに光るのを目にしながら、女のフワフワ翻るスカートと、旗のように波打つスカーフと、ノーブラの乳房が揺れるのに導かれて歩いていった。
辿り着いたのは、街を南北に切り裂いて走る大きな川のほとりだった。
河原の飲み屋街からは少し北に離れたあたりの川のほとり。
飲み屋街の喧騒は、熱帯夜の重い空気のせいか、そう遠い距離でもないのに、はるか彼方の、あの世の出来事であるかのようにしか聞こえてこなかった。
小さな川と違ってこの大きな川のほとりは、川風が少しはあり、少し涼しかった。この街にしては上出来の心地よい風が吹いている。
「男は結構なんですが」
彼は言った。
「あんたホモじゃないの?」
「ホモについては涸れてしまっていまして」
「お若いのに」
「もともと非活性的な体質でして、終るのも早く、そいでもって…」
「キャ」
女が河原の石に躓いて転んだ。
大丈夫ですか、と、抱きおこそうとして体に手をかけると、触るなと怒鳴ってにらんだ。
恐ろしい剣幕で、まるで鬼のようだと彼は思った。
女は、よっこらせっ、と河原に手をついて起上がり、服の汚れをはたいた。両手を頭の後ろにやって息を吸い込み、ああ痛かったとつぶやいた。
背を伸ばして姿勢を正すと、胸のふくらみがずれていた。
彼は思わず叫んだ、
「お、お嬢さん!」




