シオリン少佐
「シオリン少佐」「爆弾の下見?」「プライベートマリーナ」の章を「シオリン少佐」「爆弾&隠し部屋&炉端焼き」に変更しました。内容は変わっていません。
学校でのヤツはちょいちょいオレに絡んできた。
ねぎまにも注意したが、自分も単独行動を避けた。
朝練は、みんなと同じ時刻の登校にずらした。
友達と一緒なら、ヤツは何もできない。オレに絡んでいる間、ねぎまは安全。
ヤツに例えば共犯者がいたとしても、つい最近学校に派遣されてきたんだから、学校内にはいないはず。
ももしお×ねぎま、ミナトとはいつも通り。もともと、学校内で一緒にいることは少ない。
ももしお×ねぎまは1組、ミナトは4組、オレは6組。普段はそれぞれクラスの友達数人とつるんでいる。
ももしお×ねぎまは我が校のアイドル的存在で、近づくと目立つ。ヤツは手出しできないだろう。
予定通り、金曜、レンタサイクルを借りてマンションの駐輪場に置いておき、朝、4時半出発。
真っ暗。
漁師さんは大変。
5時には横浜港にぷかぷか漂っていた。
「コスモクロックが消えてるー」
ももしおは照明が消えた観覧車を指差す。
「ももしおちゃん、知らなかった? あれ、夜中の12時に消えんの。あふぅ」
夜遊びに慣れ親しんでいるミナト師匠があくびをしながら宣う。
へー。オレも知らんかった。
いつものことながら、ももしおはスカートの中を気にせずに脚をM字。
「ももしお、パンツ見えてっぞ」
ジェントルマンなオレは注意してやった。
「見せパンだからいいの」
と返ってくる。
見せパンだって、こっちは見ると罪悪感とかありがたさとかがあるんだよ。気まずいんだよ。
脚を閉じようともしないももしおの脚に、ねぎまが毛布を掛けた。優しー。ねぎまのこーゆーとこを好きになったんだよな。
ころん
ミナトは毛布にくるまってデッキで横になり目を閉じた。寝てるし。
もとはと言えば、ミナトのリクエストだったのに。
日の出を見るのがメインかと思って、オレはベイブリッジの方向へ船首を向けた。
「あれ? 宗哲クン、どこ行くの?」
陸方向を眺めながらねぎまが聞いてくる。
「日の出が見えるとこ」
そう答えると、ねぎまはくすくすと笑いだした。
「えー。カジノリゾートができる前の横浜を見に来たんでしょ? ね、ミナト君、そうだよね」
話を振られたミナトが、目を閉じたまま「ん」と頷く。
辺りはうっすらと明るくなり始め、海面が黒から濃い藍色に変わっている。光が当たるグレーの部分が真っ暗なときよりも白に近くなっている。
リクエストに答え、カジノリゾート区域に船を近づけた。
「もっと近づいて」
ねぎまが操舵席の横に来て指示する。胸がオレの顔の真横。
いっそここで船を揺らして倒れ込もうかなんて思っている横で、「もっと。もっと」とねぎま。
「そんなに近づいたら、見えねーじゃん」
富士山だって、近づきすぎると美しい形を味わえない。
船は陸から数メートルの場所。カジノリゾート区域のほんの一部しか視界に入んねーじゃん。
「どお? シオリン、いい?」
なぜかねぎまは、デッキにいるももしおに聞いた。
「ばっちりでありますっ」
え、何?
暗がりでも分かる、ももしおはごついゴーグル姿。小顔が半分も見えない。
「宗哲クン、ここで船を停めて」
オレはエンジンを停止させて、慌ててデッキに出た。
「ももしお、それ何?」
オレはゴーグルを指したのに、ももしおは妙な答えを返してきた。
「ドローン」
「は?」
「パソコン部に貰ったの」
「ほら、宗哲クン、これがシオリンの見てる映像。すごくない?」
ねぎまがモバイルパソコン、サーフェイスの画面を見せてくれた。
サーフェイスの画面にはウインドウが2つ並んでいる。ねぎまは右側のウインドウを指した。
空に目をやると、ふわふわとドローンが埠頭の上に飛んでいく。
「おおーっ!」
オレの驚きの声にミナトがやっと目覚めた。毛布をほおり出して画面にかぶりつく。
「すっげー。VRじゃん」
こんなすげーの貰うなんて。さっすが我が校のアイドル。
「シオリンね、パソコン部の子とゲームやって勝ったんだよ。戦利品」
「へへ」
ねぎまの言葉にももしおが照れながらVサイン。でも、ゴーグルしてっから、全然オレ達の方向を向いてない。
「これねー、パソコン部の子が作ったドローンとVRなの。それに真下撮影用のスマホも載っけてあるんだー」
とももしお。
「真下?」
オレは首を傾げる。操縦に集中し始めたももしおに替わって、ねぎまが教えてくれた。
「遠隔操縦するために、カメラは横についてるの。だから真上からの映像が撮れなくて」
この口ぶり、焚きつけたのは恐らくねぎま。ももしおは素直で単純。
「マジで貰ったわけ? ももしおちゃん」
あまりの所業にミナトが呆れる。
「大丈夫。シオリンが持ってたラーメン、餃子、牛丼の株主優待券をいーっぱい献上してきたから」
いっぱいってどれくらいなんだろ。なんか、とんでもない金額分な気ぃする。
「さっすがねぎまちゃん。気配り上手」
ミナトにも分かってる。ももしおはそんなことに気を回すタイプじゃないってこと。
右側のウインドウには薄暗い横浜の街。遠くに見えるマリンタワー、人形の家、山下公園のこんもりとした木々、手前には東京ドーム10個分のカジノリゾート区域。
左側のウインドウには真上からの映像。グーグルマップちっく。取り壊した瓦礫の山、解体中の倉庫、建設中の建物、大量の資材、そんなものが映っている。薄暗がりの中の静かに眠っているかのような茶&グレーの世界。生まれる前のカジノリゾート。
「風なし、進路北北西、高度3776mっ」
ももしおは軍隊調に報告。ウソばっか。3776mは富士山だろ。
真上からの映像が少しずつ大きくなっていく。ドローンが下降中。
海との境界にグレーや茶色の線が見えた。地図を見たときにあった短い水路。
埠頭の海に面した部分だけじゃなく、建物1つ分埠頭の中にあるリゾートホテルに船でつけられるようになっている。例のカジノホテルにあったっけ、プライベートマリーナ。
はー。
オレはアラブの王族が何人もの妻と子供達、それぞれの使用人を従えて豪華な船でやってくるところを想像した。
オレの金持ちのイメージって簡単だよな。本物の金持ちが身近にいねーもん。
気を取り直してザッカーバーグを思い浮かべてみたけど、法廷で証言する姿しか浮かんでこない。
じゃ、孫さん。んー。野球チームのジャンバーを着ての日本シリーズの胴上げ。
オレにとっては絵に描いたような大金持ちよりも、法廷で証言したり、胴上げされたりする人の方がイケている。
ねぎまはサーフェイスの画面に目をこらす。
「シオリン少佐、ここ」
「イエッサー」
ねぎまがももしおに伝えると、ももしおは返事を返した。
「「うわっ」」
ドローンの景色はいきなり急降下。ミナトとオレはびびった。胸の辺りがすーって寒くなったし。
「シオリン、ちょっと暗いけど、場所分かる?」
ももしおの操縦をものともせずに、ねぎまが聞く。
え、ちょっと待った。
「ダメだって。もう関わるなよ。ももしお、引き返せ」
ヤツが下りて行った場所に行くつもりだ。あのイケメン講師が。
オレ、抜けてる。最初っから、ももしお×ねぎまの目的はこれだったんだ。
「ヤダ―! これからが面白いんだもん」
ももしおがいーっと歯を見せた。ゴーグルで顔の半分が隠れているから間抜け。
画面は鉄の棒の格子の中を下りていく。
「見つかったらヤバイって」
とにかく止めさせないと。
「大丈夫。誰もいないことはさっき確認したから。気をつけて、シオリン。下降ストップ。棒がある」
「イエッサー」
ねぎまはオレの言うことを聞こうともせず、ももしおに指示を続ける。
はー。ももしお×ねぎまを止めるなんてオレにはムリ。諦めっか。
しばらくドローンは水平移動の散策。
「真下撮影用のスマホってももしおちゃんの?」
ミナトが聞く。
「シオリンの。中古のiPhone4Sを買ったの。2500円くらい」
「安っ」「古っ」
ねぎまが値段まで教えてくれた。
へー。4Sってまだ使えるのか。
右の画面を全画面表示にして、ももしおが見ている景色を共有する。
ももしおは面白半分に、ジグザグと鉄の棒の間を潜り抜けていく。遊んでる。無駄な動きが多過ぎ。
海の方を見れば、いつの間にか夜が明けて、朝焼けの空が広がる。淡いグレーの中に眩しいオレンジ色が発光しているかのよう。肉眼には自然光で輝く横浜港の景色。穏やかな波はキラキラと揺れながら細かく光る場所を変える。
ドローンから送られてくる映像もかなり明るくなってきた。鉄の棒だけでなく、壁となる部分の型枠なのか木の板もある。地下1階のフロアは天井がそれほど高くなかった。完成予定では駐車場とあった。カジノホール予定の地下2階はかなり天井が高くて広そう。そして地下3階はボイラーや発電機などが入る。
「恐らくここは、地下3階でありますっ」
そんな風に言いながら、ももしおはぎゅいんぎゅいんと操縦を続ける。
「シオリン少佐、なんかある?」
「ないでありますっ」
「もう、明るくなったし、バッテリーも切れるから終わる? シオリン少佐」
「イエッサー」
ももしお×ねぎまは軍隊ごっこ。
ドローンは光が上から降り注ぐ部分に進んだ。
いきなり画面が上昇。酔いそ。
と、画面が大きく上下に揺れた。
「ごめんごめん、何かぶつかっちゃったみたい。これ、基本横しか見えないんだよねー」
ももしおは、自分が頭をぶつけたかのように頭のてっぺんをさすさすと撫でる。
「大丈夫? シオリン、戻れる?」
すっかり、ももしおが飛行している体で話すねぎま。本人はここだって。
「楽勝」
ドローンが無事帰還。
ぱちぱちぱちぱち
ねぎま、ミナト、オレで手を叩く。
いやー、すげかった。曲芸飛行&朝焼けの横浜。後で録画データ、もらお。
「なぁ宗哲、ベイブリッジの向こう行きたい」
「りょ」
すっかり目が覚めたミナトの提案で、東京湾に出ることにした。
操舵席で船のエンジンをかけてすぐのこと。
「あーっ! ない! ないないないない。ないよっ」
ももしおが驚嘆。
なんか騒いでる。でもま、いつものこと。
「どうしよう!」
ねぎままでデッキでバタバタしている。
操舵席から「どした?」と声をかけた。
「宗哲、ドローンに載せてたスマホ、ないんだって」
ミナトが知らせに来てくれた。
「え―――っ」
驚きの声を出しつつも、オレは思った。もう関わるなってことだと。