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ゲイなの? バイなの?

ももしおは嬉しそうに続けた。両手を頬に当て、ちょっと恥ずかしそうに目を伏せる。


「話してるとき、あの、グレーの瞳にノックアウトされちゃって。催眠術にかかったみたいに心が舞い上がっちゃったの。『宗哲君って名前で呼ぶなんて仲がいいね』なんて言われたから『いえ、相鉄線で通ってる宗哲だから、みんなにそう呼ばれてるんです』って。話弾んじゃって。きゃっ♪ 我が校の部活動事情とか。ほら、ラグビー部作ったとしても、きっとやる気ないだろうなって。全体的にゆるゆるじゃん? 朝練だってほとんど出ないでしょ? あ、バド部は朝練ないよ。サッカー部も野球部もあるけど、半分も来ないし。野球部なんてキャッチボールできない日もあるらしいじゃん。でも、テニス部は部員も幽霊部員も多くてソフトテニス部まであって、朝練くらいしかコート使えないんですよって」


朝練……。


「で、シオリンはセンセに宗哲クンがほぼ毎日、朝練10分前には準備体操を始めるって話をしたんだよね?」


ねぎまがももしおに確認した。


「うん」


ももしおはちょっとしょんぼりと俯いた。


「シオリンからその話を聞いたとき、繋がったの。宗哲クンがLINEをくれたのが、朝練が始まるころだったって。でね、センセを注意して見てたら、センセっていつも宗哲クンを見てるの。そのときに、狙われてるのは私じゃなくって、宗哲クンかなって思ったの」


ねぎま、注意力がすげぇ。


と、ももしおがオレににじり寄る。


「まさかの宗哲君だよ。ね、宗哲君、センセに迫られたの? セクハラされたの? やらせなかったらマイマイに危害を加えるぞって脅されたの? 私、もう望みないの? センセはゲイなの? バイなの? もしバイなら、私にだって望みあるよね」


ももしおが暴走。

超絶美少女なのに残念でならない。口閉じろ。


「スト―ップ、ももしおちゃん」


ミナトがももしおを止めた。そして情けない顔でオレを見た。


「もう話せよ。宗哲」


ももしおの妄想のままでもいいんじゃないかって思う。ただ、ここまで顔を突き合わせて、ウソで煙に巻くのは性に合わない。

だからもう、十割ゲロ。


「ヤツはヤバイ。まず、オレは朝練の前にパソコンルームに拉致られて脅された。そこは合ってる」


オレの言葉にねぎまはやっぱりという目でオレを見つめた。


「どーなのどーなのそれからそれから?」


ももしおは面白がって先を急かす。


「脅されたわけは……」


オレは洗いざらい報告した。

22時の真っ暗なカジノリゾート区域でヤツが穴の中に下りて行ったこと、誰かに話したら、ねぎまに危害を加えるつもりだということ。


深刻な話のつもりだったのに。


「じゃ、センセはゲイってわけじゃないんだね」


ももしお、そこかよ。

ねぎまの反応は、ミナトと同じ。


「ISIは止めたにしても、スパイとかテロ組織とかかな? ビルもできてない工事現場に窃盗目的なんてないもんね。宗哲クン、どこ?」


「香港系のカジノホテルが建つとこ」


オレが答えると、ねぎまはポケットからスマホを取り出した。地図を表示させてオレに見せる。


「この地図のどこ?」


地図は古くて、旧倉庫街の道が表示されている。が「ここ」とオレは指した。

「うーん」とねぎまは真剣な表情でスマホの画面とにらめっこ。

しばらく怪しいイケメン講師について、ももしお、ミナトと雑談していると、ねぎまはやっと顔を上げた。

それから、みんなの中央にスマホを置く。最初にカジノリゾートの開発計画の地図を表示させ、次にターゲットのビルのフロア予定の図を出した。


「こんなん、どこから調べたんだよ」


言いながら、オレはフロア予定の図を見る。


「建設会社のホームページ」


そんなとこから。


「すっごーい豪華! できたら遊びに行こうね♪」


ももしおはカジノ遊びをする気満々。さすが生粋のギャンブラー。


「でね、ツイッターで探したら、このビルを担当してる下請けの人が呟いてたの」


そんなことまでしてたのか、ねぎま。この短時間で。


「マイマイ、何調べたいの?」


「このビルに関する情報。なんでも。いろいろ読んでたら、ビルの担当してる人が『エレベーターを4カ所も設けるなんて豪華絢爛ぐあいがうかがえます』って」


「きゃ―――、ますます行きたくなっちゃう」


ねぎまの言葉に、ももしおは目をきらきらと輝かせる。


「ね、フロア予定の見て」


ねぎまに言われてスマホの画面に目をやる。小さい。


「ねぎまちゃん、そのページどこ。オレ、自分ので見る。ちょっといい?」


ミナトはねぎまのスマホを捜査して、オレ達3人のLINEにURLを送った。

3人で各々のスマホに目を凝らす。


「エレベーターはフロアー予定図では3カ所。気にならない?」


いやいやいや。高校生の日常生活にカジノホテルのエレベーターなんて関係ねーし。


「ぜんっぜん気にならん」


オレはきっぱり言い切った。

ねぎまはちょっと面白くなさげな顔をした。が、引き下がった。


バド部の話を聞いて、教師の物真似をして、お笑いのYouTubeを観てからお開き。


新高島駅での別れ際、ミナトはオレに「じゃ、週末な」と手を軽く挙げた。




心配ってこともあったけど、もう少し一緒にいたくて、ねぎまを家まで送ることにした。

2人きりになりたい。しかーし、ももしおはねぎまの次の駅で降りる。つまり、電車を降りてやっと2人になれるって状況。電車ではずーっと女子トークを聞かされ続けた。

いつも思う。なんであの高テンションを保てるのか。どーしてあんなに笑えるのか。女子トークには喜怒哀楽の喜と楽しかないのかって。


「じゃっねー。バイバイ」

「気をつけてね、シオリン」

「じゃ」


静かな街に降り立つ。

星降る夜。

首をもたげるのは下心。


辺りはとっぷりと日が暮れて。こんなときは、ねぎまの方だってキスを期待してるハズ。


ねぎまの家の最寄り駅から駅までの途中、公園がある。そこに誘おうか。

てくてくと歩きながら、オレの目は人通りをチェックし、物影を探して彷徨う。

LEDの白色の街灯は想像以上に明るい。人があまり通らない閑静な住宅街であってもキスするには気が引ける。カップルが歩くときだけはガス灯にしてくれ。

オレはぎゅっとねぎまの手を握った。


キスしたいキスしたいキスしたいキスしたい。公園公園公園公園。


さっきから、ねぎまが何か喋ってるけど、話しが入ってこねーし。ぽってりした唇ばっか気になる。その下の顎の線、頬とうなじにかかる髪、視界に入るカーディガンの圧巻の曲線。


ぎゅってしたいぎゅってしたいぎゅってしたいぎゅってしたい。暗闇暗闇暗闇暗闇。誰もいないとこ誰もいないとこ誰もいないとこ人目につかないとこ。


ダメだ。脳内の思考が変質者化してるじゃん。


「ね、宗哲クン」

「ん」


何だっけ?


「聞いてた?」

「え、あ、ごめん。考えごとしてた」


見とれてた。いろいろと。


「隠しごとされちゃうなんて、寂しいなって」


あ、その話か。


「よけいな心配させたくなくて」


ってより、首突っ込む恐れがあるから言いたくなかった。ねぎまは好奇心の塊。


「ね、土曜日、どっか行くの?」

「へ? 土曜日?」


いきなりで頭が回らなかった。


「ミナト君と約束してたじゃん。別れるときに『週末』って」


ミナト、不用心すぎ。オレも気づかなかったけど。


「あ、ああ、えーっと、テニ部」


適当なことを言うと、間髪入れずに「ウソ」と返って来た。


「明日も明後日も部活はあるのに、どうしてわざわざ週末の部活の約束するわけ? で、土曜日なんだね。金曜の夜かなとも思ったんだけど」

「……」


そして、念を押すように再度降って来た言葉。


「隠しごとされちゃうなんて、さ・び・し・い・な」


双眸はねめるようにオレを見る。

観念するしかない。もう学習した。オレは女に隠しごとできない。特にねぎまには。


「朝早く、カジノリゾートができる前の横浜を船で見に行こうって。すっげー早く。日の出とかそんなもん」


「一緒に行きたい♡」

「朝早いから。始発ないんじゃね?」


やんわりと「来るな」を含めてみた。


「根岸線の始発より、相鉄線の始発の方が遅いんじゃない?」


おしゃる通りです。ねぎまは根岸線、オレが相鉄線。


「じゃ、金曜日はミナト君とこのマンションで、4人でお泊りだね」

「え、勝手に決めんなよ」


「だって、日の出ごろでしょ? 6時前だよね。マリーナまで行って、船で海まで出なきゃ。だったら、ミナト君とこのマンションから歩くかチャリしかないじゃん。レンタサイクルで行こうよ」


「そこまで考えてなかった」

「楽しみだね。うふっ」


「ミナトに頼んどく」


主導権が全くないオレはがっくりと両肩を下げる。


「送ってくれてありがと。おやすみなさい」


ちゅ



ぱたぱたとねぎまは家の門に入ってしまった。オレを見ながらにっこり微笑み、玄関ドアの前で小さく手をふる。

オレは左手で口を覆ったまんま。両目も見開いたまんま。


パタン


玄関のドアを開けて、ねぎまは家に入った。


キスされた。

口に。

大胆。

自分の家の真ん前で。

LEDの街灯どころか、煌煌と玄関の照明が点いてるってのに。


あれ?

公園って、いつ通り過ぎたんだっけ。


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