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腕の中で震えてる姿を見ると、たまんないかも

「うぃぃ」


挨拶を返すと、ねぎまはオレの首に両腕を回したまま、ぎゅっと腕に力を込めた。


「宗哲クン、どうかしたの?」


だよな。いきなりあんなメッセージ送ったら、変に思うよな。


「別に。ん? 誰かと一緒にいてくれって言ったじゃん。一人でここまで来るなって。危ねーじゃん」

「え? 学校の中なのに?」


1番危険。


「どこでも」

「突然、変だよ。宗哲クン、今までそんなこと言わなかったのに」


「自分が女の子だって自覚して」


なんか見当はずれのことしか言えない。

ねぎまは首に回していた両腕を伸ばして、オレの顔をじーっと見る。


「宗哲クンがLINEをくれる時間は、朝6時半から夜11時半の間。夜はやりとりしてるともっと遅いけど。今朝のLINEは7時25分。緊急っぽかった。だから、6時半から7時25分までの間に何かがあったってこと。 7時25分は、いつもだったら宗哲クンがテニスコートで準備運動をしてる時間。なのに、朝練に出てなかった。

 だから、横浜駅から学校までの間で何かあったのかなって思ったんだけど。

 例えば、横浜駅でストーカーっぽい人を見たとか」


ねぎまが推理を披露してくれた。お見事。違うけど。


「ま、そんな感じ」

「あ、ウソだ」


オレの返事を間髪入れずに見破った。


「は?」


どーして分かる?


「ビンゴだったら宗哲クンの目、見開くもん」


知らんかった。


「とにかく、気をつけて。学校でも」

「『学校では』ってことなんだね。最初に『一人でここまで来るな』って言ったもんね」


正解っす。


「分かったなら、もういいって」

「学校で何かあったんだね。でも私に言えないこと。大丈夫だよ。私、ちょっとくらい変なこと聞いてもビビらないよ」


「なんだよ。その、ちょっとくらい変なことって」


何を想像してるわけ?


「偏狂的な私のストーカーがいるとか、実はそれはみんなの人望厚い応援団長とか校長先生とか」


かなりなところを掠って行くな、おい。


「そう思ってくれればOK。用心して」

「うん。分かった。宗哲クンは言わないけど、誰かってことは知ってるんだね」


話を終了させてそれぞれのクラスへ行った。




昼休み、学食へ行く途中でももしおに出会った。

オレは友達と、授業終了のチャイムと同時に廊下を出た。その時に廊下を歩いてたってことは、ももしおが授業をさぼってたってこと。


「よっ」


手だけを挙げた。


「あ、宗哲君」


なんだかももしおの様子がおかしい。いつもはピンと立ち上がっている幻のうさぎの耳が、だらりーんとヘタレている。


「オレの席、とっといて」と友達に先に学食へ行ってもらった。


ももしおと廊下の隅に移動。


「どした。ももしお。元気ねーじゃん」

「なんかね。最近、つまんないの」

「何が」

「債券市場が過熱しちゃって」


始まった。ももしおはオレの無知と無関心をものともせずに投資話をする。正直、聞きたくない。早く飯食いたい。呼び止めるんじゃなかった。


「あっそ」


オレが飯を食いたくても、ももしおは気配りの「き」の字も持ち合わせていない。


「なんかね、債券を所有してその分の仮想通貨を発行するってモデルが確立しそうなの。もちろん規制やIMFの横やりがあるんだろうけど。そのせいもあって、今後債券が必要とされるだろうってことで、債券市場に資金が流れちゃってるの。そうじゃなくても世界中が低金利で債券価格が上がってて。おかげで株が上がらなくって。世界同時株安。そりゃそうだよね。アメリカの企業に待ったがかかったって、中国企業が東南アジアやアフリカから仮想通貨で経済圏を作るかもしれないもんね。

MMTって考え方を耳にするようになったから、債券の価値は下がってもいいって思うんだけど」


異国語を垂れ流した後、ももしおは持っていたモバイルパソコン、サーフェイスにたくさんのグラフを表示させた。


「ふーん。仮想通貨か」


全く分からん。


「もうね、時代はキャッシュレスに移行しようとしてて。通貨って国際的に統一されてた方が便利じゃん。横浜のカジノにセレブが遊びに来たら、両替なんてメンドクサイもん。仮想通貨持ってた方がいいもんね。今まで仮想通貨は裏付けがなくて乱高下してたけど、債券の裏付けがあったら価値は安定。どーでもいいけど、そろそろ株に資金を戻してほしーよ」


ももしおはつらつらと語った。

ん?


「通貨が世界で統一されたら、困るって」


結構な乱暴発言だけは聞き逃さなかった、オレ。


「どーして? アメリカでネットショッピングしても中国でネットショッピングしても、いちいち為替気にしなくてもいいし、両替手数料いらないんだよ?」


ももしおは先進国のことしか考えていない。


「小っさい国はどーするんだよ。平均年収が100ドル、200ドルとかって国」


「そっか。ドル。結局ドル基準だよね。仮想通貨だって同じなわけか。ドル強っ」


あれ? なんか、オレの意図することとは別のとこに注目してないか? 国と国の間には貧富の差があって、国独自の通貨があるからこそ国内の生活が守られてるって言いたかったわけだけど。

ももしおは、「ドル、ドル」と呟きながらオレを置き去りにした。心配して損した。飯。



学食では友達が席を取っていてくれた。B定食まで置いてある。さっすが友達。

が、


「宗哲、こっち」

「おーい」

「B定だろ?」


手を振っている友達3名の横では、ヤツがA定食スペシャルを食べていた。

普通のA定食だってB定食より豪華なのに、更に大盛り。牛肉が特に多いし、なぜかB定食のエビフライが1本乗っかっている、トマトまで2切れ。


しぶしぶ着席すると、ヤツは箸を止めた。


「やあ、米蔵君」


ヤツの笑顔を周りの女子達がちらちら気にする。


「どーも」


一応返事。嫌だけど。


「宗哲、400円」

「さんきゅー」


オレは建て替えてくれた友達に小銭を渡した。


「センセー、宗哲のこと知ってたんですか?」


飯友の1人が聞いた。


「この間、会ったんだよ。カフェで」


ヤツは笑顔を見せた。かつてはオレも騙された笑顔。浅黒い肌に白い歯がコントラストを作り、好感度がハンパない。


「宗哲、カフェでデートしてたんだろ?」

「ねぎまと一緒だった?」

「センセ、宗哲、綺麗な子と一緒じゃなかった?」


友達はいらんこと言う。こうやって個人情報が洩れていくと実感。


「ん? 日本の女の子はみんな、キレーでかわいいからねぇ」


周りで聞き耳を立てている女子のみなさんがざわざわと反応している。

社交辞令もいいとこ。ヤツの国の女子の方が、どう考えたって遺伝子レベルで美形だろう。


「センセー、恋人っているんですか? アイキスタン人?」


友達の何気ない質問に、周りのテーブルが水を打ったように静かになった。女子がいっせいに話をやめたから。


「ん? どーかな。ま、好きな人には想われずってとこ」


「「「え、センセーが?!」」」


談笑は友達に任せ、オレは黙々とB定食のヒレカツを口に運ぶ。ヤツが質問を適当に受け流したところで、周りにはざわめきが戻っていた。


「じゃさ、センセー、好みのタイプは?」

「かわいい系? 色っぽい系?」


再び、ぴたっと周りが静かになった。


「んー。腕の中で震えてる姿を見ると、たまんないかも」


ヤツはちろーんとオレを見た。


くそっ。それ、今朝のオレのことじゃん。


「あー、それ、たまんないかも。想像だけど」

「センセー、それってベッドってことっすか? ww」

「好きっすねー」


何も知らない友達3人衆は共感してやがる。


ヤツめ。勝手にほざいてろ。


「米蔵君、エビフライ、どーぞ」


ヤツはオレのB定食の皿にエビフライを置いた。オレの皿には2本、エビフライが並んだ。


「どーも。あざっす」


お礼を言ってからエビフライにかじりつく。からかったお詫びだろうか。


「センセー、エビフライ苦手なんですか?」


オレが咀嚼している横ではヤツと友達が会話を続ける。


「ちょっとね」


「美味しいのに、なんで?」

「んー、まだ米蔵君が食べてるから」


「食べてると言えないんですか?」

「おい、宗哲、早く食えよ」


なんでだよ。が、席をとってB定食まで用意してくれる友達には逆らえない。一気に頬張って、エビのシッポだけ皿の上に置いた。


「センセー、宗哲食べました」


エビについて知りたいのか友達が身を乗り出す。口の中に2本のエビフライを突っ込んだオレに、ヤツは笑いながら水を差し出した。


「はははは。米蔵君、どーぞ。水。

 いや、アイキスタン沖の海で、大きな船が沈没したことがあったんだよ。そのとき、引き上げられた水死体にシャコがいっぱいついてたって聞いた。その年はよく太ったエビやカニが獲れたよ。それ以来、甲殻類は苦手なんだ。食べられないってことはないけど」


うっ。


「そーなんっすか」

「オレ、シャコの東京湾バージョン聞いたことある」

「都市伝説じゃん」


オレ、初めて聞いた。

大丈夫。オレが食べたエビさんは、死体に遭遇せずに普通に暮らしてたと思う。


「米蔵君、ごめんね」

「いえ」


ヤツ、絶対にSだな。


気づけばヤツは、大盛りを平らげ、手を合わせて席を立った。

早ぇな。

さすが軍隊仕込み。ISI。


「宗哲、エビフライ貰っちゃてさー」

「名前覚えられてるじゃん、宗哲」

「なんか羨ましー」


3人の友達は、どうも笑顔にやられたらしい。


この広い学食で席が一緒になるなんて、嫌な偶然だよな。

ちょっと待った。


「な、センセってさ、もともと座ってた?」


聞いてみた。


「オレらがいたら隣に来た」



ヤツはオレの交友関係を把握している。オレがこの席に座ると確信して待ってたってこと。

オレの周りを懐柔するなんてお手の物って見せたわけか。


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