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パソコンルームの秘めゴト

息を潜めた。


近づいて来たヤツは、10m前方で方向を変えた。向かって左方向へ歩いた。

そっと後を追うと、消えた。

かと思ったら、地面には特大の穴があって、ヤツは穴の下へと下りて行く。

暗くてよく見えないが、ヤツが持っている懐中電灯の光からそれが分かる。


特大の穴は、建造物の地下部分だろう。土台かもしれない。


時刻は22時。


どーゆーことだよ。

本当はまだ、アイキスタンの軍人なんじゃねーの? か、スパイ的な。


スパイって、今もいるんだっけ?

オレって、もう帰った方がいい気ぃする。

なんか、怖い。

ヤツに見つかったら、消されるんじゃね?

特殊部隊にいたなんて、スーパー強いんじゃね?

相手が誰だったとしても、オレ、ケンカとかしたことねーから、簡単に負けるんじゃね?


結論、帰ろ。


今ならヤツはオレに気づいていない。船のエンジン音をさせても、穴の中で追って来られない。大丈夫。

そうと決まれば、ダッシュ!

逃げた。


月明かりを頼りに船が係留してある小さなメガフロートを目指す。


むぎゅ


ん? 何か踏んだ?


「わん!」


「ごめんっ」


どうも犬がいたらしい。が、構ってられない。


船に飛び乗って、大急ぎでエンジン始動。


「わんわんわんわんわん」


犬はメガフロートの海ぎりぎりまで追いかけてきて吠えている。悪かったって。

陸から船が離れると、鳴き声が止んだ。諦めたらしい。


ライトを点けて暗い海の中を進んだ。

目と鼻の先のマリーナに到着するや否や、船を係留して人通りのある大通りまで走った。


大丈夫。誰かなんてバレるはずはない。

あんな深い穴、簡単に上れない。


大丈夫。

何度も自分に言い聞かせる。



その前に、これ、オレの胸の中にしまっておくにはキツい。


ぶぶぶぶーぶぶぶぶーぶぶぶぶー


ってことで、ミナトに電話して不安を共有してもらうことにした。


『どーした? 宗哲』

「今さ、ヤバイもん見たかも」

『なに?』

「イケメン講師」

『なに、女と一緒だったとか?』

「ちげー」

『男と一緒だったとか?』

「いや、ひとり」

『で?』

「カジノの建設現場の穴ン中、降りてった」

『は?』

「は? だろ? オレ、マジでびっくりした。なぁ、アイツ、ヤバくね? だいたい、なんであんなに有能っぽいヤツが講師やってる? 不思議じゃん」


『教師としての仕事に生きがいを感じてるとか』

「……」


そんな正統派な考え、微塵も思いつかなかったし。


『宗哲こそ、なんでそんなとこ行ったんだよ。ねぎまちゃんと?』

「ちげーし。ちょっとカジノができる前を見ときたかっただけ」

『独りで?』

「おう」

『誘えよ』

「ねぎまを?」

『オレだよ。オレ。そんな面白そうなとこ、今度誘えよ』

「りょ」


なんか、あんま、共有できた感ねーし。


ももしお、ヤツはやめとけ。たぶん、ヤバい。

軍とかスパイとかテロとか、そーゆー類。とても一般の女子高生が手に負える相手じゃない。



ねぎまに伝えるのはやめた。

余計な心配をさせたくないとかってのとは違う。スーパー好奇心が出動しそうで怖い。

こんなことを知ったら、毎日のようにヤツを尾行しそう。間違いなく、もう一度、カジノリゾート区域に行こうと言い出す。


オレにできることは、やんわりとももしおの恋心を抑えるだけ。

めっちゃ消極的。

いっか。そんなことしなくても、どーせあんな中身が男子中学生みたいなももしお、相手にされるわけないって。



3日後の朝、高校の門をくぐるとヤツに呼び止められた。


「米蔵君」


どっきーん


心臓が口から出たし。


「お、はようございます」

「モーニン。朝練?」


どきどきと心臓の音が大音響。


「はい」


誰か、助けて。バレたのか? でも、昨日、一昨日の2日間は無事だった。普通にすれ違った。


「テニス部だってね。テニス部の朝練は自由参加って聞いた」

「はい」

「じゃ、ちょっとパソコンルームで手伝ってほしいことがあるんだけど」

「いえ、パソコン、そんなに詳しくないので」


とにかく逃げたい。関わりたくない。


「大丈夫。来て」


がっ


ヤツはオレの首に腕を回して肩を組んだ。太い筋肉質の腕は、オレのひ弱な首を圧迫する。

これ、オレ、死亡フラグじゃん。くって腕曲げられたら、秒であの世へ行けると思う。


不幸なことに、朝早くて誰も通らない。朝練、来るんじゃなかった。

ってか、誰か通れよ。ちょっと早めだけど朝練の時間じゃん。


ムダ。

我が校の部活はゆる~い。朝練に来る人間だって少数派なのに、更に早めに来るヤツなんていない。

オレは、10分前には準備運動を開始できるように登校する。真面目なのが仇になるなんて。


観念したオレはヤツに従った。


オレが逃げないと悟ったのか、ヤツはオレの首を解放してくれた。


カチャ


2人でパソコンルームに入ると、ヤツはドアをロックした。


ダンッ


廊下から死角になる場所で、ヤツはオレの壁の横に拳を置いた。壁に穴が開きそうな勢いで。


「米蔵君、船、持ってる?」


その一言で、3日前の夜のことがバレたと悟った。でも、なんで? 共犯者がいたとか。


「祖父が持ってるだけです」


蚊の鳴くような声しか出なかった。


「ふーん。夜遊びはよくないな。まだ高校生なのに」


ヤツはおでこがくっつきそうなくらい顔を近づけてにーっと口角を上げる。


「……」


オレにできたことは、せいぜいグレーの瞳から視線を逸らすことくらい。


「あの辺り、静かなんだよ。なのにファッキンボートの音がした。で、すぐそばのマリーナに入って行くファッキンボートがあった。マリーナで出航記録を見せてもらったら、君の名前があったよ」


「漢字、読めなかったんじゃないんですか」


ツッコミどころが斜めだったと思う。自分ながらヘタレ。


「マリーナの人が読んでくれた。日本人はみんな親切で助かるよ。君が朝練に1番乗りってことも簡単に教えてくれた」


誰だよ。言ったヤツ。


「……」

「相鉄線で通っていることも、根岸さんとつき合ってることも」

「いきなり、なんなんですか」


知らないふりで切り抜けよう。関わりたくない。


「君が見たことを言わないように。それだけ」

「なにも見てません」


ここまで言われても白を切ろうとしたオレ。


「それでいい」


ヤツは拳を解いて、オレの左耳から頬にかけてをそっとなぞった。ぞわっと産毛が逆立つ。

やめろ。

そう叫びたくても息すらできない。

ヤツの親指がオレの下唇をそっと撫でる。次の瞬間、


ぐっ


アゴを掴まれた。


「じゃ、そこにあるコピー用紙を職員室まで運んで、米蔵君」


ヤツがオレに背を向けたとき、情けなくもオレはへなへなとその場に座り込んだ。

ぎりチビらんかった。


振り向いたヤツは、くすっと鼻で笑いやがった。


オレはヤツを手伝って、一緒にA4のコピー用紙を職員室まで運んだ。

職員室を出る時、耳元で囁かれた。


「根岸さんが泣くところは見たくないだろ?」


オレは職員室の敷居を跨いだ状態でフリーズ。

喉がからからに乾く。

10日前、自分がヤツの笑顔に「いいヤツ」認定したことを激しく呪った。


「米蔵君、ありがとう」


営業スマイルでヤツはオレを押し出し、職員室のドアを閉めた。



即行、ねぎまにLINE。


『しばらく、ひとりで行動しないで。頼む。絶対』



自由参加の朝練は遅刻もOKの緩さで、今から行けば充分間に合う。恐らく他の参加者が揃うころ。だけど、行く気がしない。もう、脚に力入んねーし。

オレは自販機で缶コーヒーを買って、体育館の外階段でぼーっとすることにした。よく、ももしお×ねぎま、ミナト、オレで集まる場所。



外階段に向かっていると、LINEの返信があった。


『どうかしたの? いつもシオリンや宗哲クンと一緒だよ♡』


かわいー。こんなにも可愛いオレのカノジョに、絶対になんもさせねー。



なんなん。ヤツ。


妙な場所に変な時間。

いったいあの場所に何しに行った?


で、見られたら困るっつっても、脅すか? しかもマリーナの出航記録まで調べて。

だいたい、アイキスタンの人間が日本のカジノリゾート区域に何の用があるわけ。

カジノを経営する会社はアメリカと香港の会社。アイキスタンは関係ない。あの辺に建設予定のホテルやリゾート施設もアイキスタンは関係ない。だいたいアイキスタンは経済的にそれほど発展していない。他国まで乗り出して派手な商売するって国じゃない。


例えばヤツが特命を受けて何かをしようとしているとしても、アイキスタンって何かできるんだろうか。G7とかG20以外の国。


ごくっ


考えごとにコーヒーの糖分が効く。がっつり甘さを感じる。


体育館の外階段からは、遠くにランドマークタワーが見えた。

みなとみらい。綺麗でオシャレな街。

横浜がこう見えてほしいと望んで造った街……か。


ヤツはいつまで、この横浜にいるんだろうか。

3月まではとりあえずいそう。

ってことは、任務は長期ってことなのか。

いや、任務と決まったわけじゃないけどさ。


不安と怖さと疑問を抱えきれない。


最初に話したもんな、ミナトには。どっか、バレないとこでチクっとこ。

盗聴器が仕掛けられてる可能性があるのか。


一応、学ランを脱いでバタバタ振ってみた。撫でられた首元を入念にチェック。胸ポケットも。

何もなし。


ぼーっとランドマークタワーを眺めていると、たたたたっと階段を駆け上がってくる音がした。


「宗哲クン♡ おはよっ」


がばっ


「ぅわっ」


ねぎまが階段を駆け上がってきた勢いのまま跳びついてきた。思わずバランスを崩して、オレは階段の踊り場で尻もち。コーヒー、セーフ。零れなかった。


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