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肉食カモメが飛んだ

たたたたっ


くるん


たたたたっ


ももしおはねぎまを見つけて嬉しそうにこっちへ向かってきた。かと思ったら、いきなり方向を変えて別方向へ走って行く。


「シオリンっ」


ねぎまが振っていた手を止めた。

あれ? 


ももしおは「おじさーん」と手を振りながら走って行く。

おじさん?


ねぎまとミナトがももしおを追いかける。

オレは、まず前方確認。ヤツが穴から出てこないことを確かめてから走りだした。


ももしおが行った先には中国からの出稼ぎおじさん3人。

出稼ぎおじさん3人は、以前七輪で炉端焼きをした場所で転覆した船を見ている。


「ええ?! 船がぁぁ。大変!」


地下3階部分にいてプレジャーボートの転覆を知らなかったももしおが驚いている。


ねぎまはさっそく翻訳アプリを立ち上げる。


「アイキスタンに行く前に来てみたんだって」


翻訳アプリを通して出稼ぎおじさんから聞いたことを教えてくれた。


ももしおの方は相変わらず日本語で意思疎通。


「******」

「荷物、こっちに流れてきてるよ」

「****」

「うわーっ」

「******」


ももしおが指さす先には船からの荷物が波に打ち寄せられて漂っている。鞄やらクーラーボックスやら。クーラーボックスの周りには釣ったらしき魚の死骸がぷかぷか浮いて、それにカモメがガツガツと群がっている。


転覆した船の近くではもう1艘の船が人命救助中。


「よかったよな。近くに船がいたからなんとか助かる」


ミナトがほっと胸を撫でおろす。


山下公園の手すりには人が鈴なり。でもってスマホで船の写真撮りまくり。今インスタで「#転覆」って検索したらいっぱい出てくると思う。


「あっちにもクーラーボックス」


ねぎまがもう1つ浮かんでいるクーラーボックスを指した。波にもまれてひっくり返り、フタがぱっかりと開く。

どうゆうわけか、そのクーラーボックスからは大量のチャーシューが出てきた。

チャーシューは波に揺れ、クーラーボックスからどんどんどんどん溢れながらカジノリゾート区域の方に向かってくる。


ほーきーほーきーほーきー

きききっ きききっ


海のギャング、カモメが大量のチャーシューの上に群れを作る。


「魚よりチャーシューの方が好きなのかな」


ねぎまの感想がツボった。


「じゃね?」


別れてたのに。

ほとんどの人は船に気を取られててさ、そんな中で一緒のものを見て、同じこと思ってた。


「***アイキスタン****」


出稼ぎおじさんの1人の言葉の中に「アイキスタン」と入った。

それが気になったのか、ねぎまは翻訳アプリで会話を始めた。


「アイキスタン国がどうかしたんですか?」

「もう、アイキスタンで働く必要がないかもしれない」


「どうしてですか?」

「大金が入った。妻が、日本から送った化粧品や美顔器をネットで売ってる。大金になったって喜んでる」

「オレの家も大金が入った。泉州で総菜屋やってる。儲からなかったはずなのに」


2人の出稼ぎおじさんはアイキスタン国で働かずに帰りたいと話す。

聞けば、いつもの50倍くらいの金額が入金されているとのこと。

50倍。それって、まさか、ヤツが仕掛けたQRコードの仮想通貨決済分が利益に混じってるんじゃね? 二桁多くしたっての。


もう1人は、


「そんなの絶対におかしい。返せって言われるに決まってる」


と渋い顔。


「だったら返せって言われる前に遣った方がいい。はははは」

「はははははは。そうだそうだ」


家族が儲かった方の出稼ぎおじさん達は笑いが止まらない様子。


ヤバい。

知ってることが恐くなってきた。


ほーきーほーきーほーきー


外見爽やかでガツガツ肉食系のギャングカモメがヤツに重なる。

大量のチャーシューと一緒にカモメが埠頭に押し寄せて来る。船に積まれていた荷物やクーラーボックスも。


「****」


一人の出稼ぎおじさんが近くにあった巨大ショベルカーに乗った。


「え、どーしたんだろ」


オレが聞くと、ねぎまは素早く翻訳アプリで他の出稼ぎおじさんに聞いた。


「どうしたんですか?」


「鞄があるから拾うって。ゴミもごっそり掬い上げるって」


なんていい人!

大事なものを拾ってあげようなんて。他の国の海まで綺麗にしようなんて。

もう仕事終わって日本を発つってのに。


ショベルカーに乗った出稼ぎおじさんは、イスの下部分に手をやってキーを取り出す。あんなとこに置きっぱ。


ゴゴゴゴ


巨大ショベルカーが動き出す。

浮遊物を拾うために海に向かって進む。


運転していない2人の出稼ぎおじさんはショベルカーの行く手にある資材やトラ柵の束を退けている。ミナトとオレも微力ながらお手伝い。


ゴゴゴゴ


巨大ショベルカーはまだ残っている積み上げられた土嚢の上に傾きながらキャタピラーを乗り上げていく。前方は海。斜め右にはプライベートマリーナ建設のために海水を堰き止めている壁。


ググググググ


ショベル部分が海に向かって下降。そして海面にショベルが着水したとき。


「「**!」」

「「きゃぁ」」

「「うわぁっ!」」


ショベルカーがバランスを崩して海へ落っこちた。近くにあった資材や土嚢も巻き込んで。

一斉に無数のカモメがばさばさっと飛び立つ。


ぐぅわしゃっ

バキバキバキバキ


ざっぷーん


うっそだろ。


しゅっ


大口を開けたオレの横を何かが駆け抜けた。


さっぶーん


その何かは海に飛び込んだ。


え、何?


「うわぁ、宗哲!」


ミナトがオレにしがみつく。巨大ショベルカーの重みは海水との境を作っていた壁を破壊していく。


バキバキッ

どばーっ

ごぉごぉぉぉぉぉ


轟音と共に決壊。

いきなり空だった堀に海水が雪崩れ込む。


「「げっ」」


まずい。カジノホテルのプライベートマリーナ側はまだ完成していない。地下3階にはヤツがいる。

オレは走った。舗装されていない道路を。轟轟という濁流の音を聞きながら。


ハードルみたいにトラ柵を越え、オレはカジノホテルの穴に向かって叫んだ。


「逃げろ! 海水が来るっ」


組み上がっている何本もの鉄骨を通して確かにヤツと目が合った。


瞬く間に海水はカジノホテルに迫る。

金持ちウエルカムの未完のプライベートマリーナとの境からどばどばと海水が流れ込んでいく。水圧で木枠はみしみし音を立て、置かれていた資材もろとも飲み込まれて行く。

ヤツと元上官は鉄骨をジャングルジムのように上る。速っ。海水が巨大な風呂を満たす直前、50m程離れた道路側の地上部分にヤツと元上官が姿を現した。無事。


足元には濁った海水が増し続ける巨大な穴。

ヤツとオレはお互いに姿を確かめあった。それはコンマ数秒。

その後、ヤツと元上官は道路方面に消え、オレは全速力でショベルカーが落ちた場所に戻った。



ショベルカーが落ちた場所ではみんなが海を見て騒いでいた。


「****」

「***」

「がんばれ」


視線の先は海。なんと。海に落ちた出稼ぎおじさんの襟を咥えたわんこが泳いでいる。

わんこ! すっげー。偉いぞ。

オレの横を通って海に飛び込んだのはわんこだったのか。


「****」

「**」


2人の出稼ぎおじさんは陸に上がれそうなところから、こっちへ来いとわんこを呼んでいる。

ミナトとオレは埠頭の縁にぶら下がるようにへばりついた。船がぶつかった時の緩衝用のタイヤに足を引っかけて、わんこが出稼ぎおじさんを引っ張ってくるのを待ち構えた。荒い波がズボンを膝まで攻めて来る。


わんこが足元に来た。オレは出稼ぎおじさんに手を伸ばす。


と、出稼ぎおじさんはわんこを先にオレ達に渡す。どんだけいい人なんだよ。


まずわんこを陸に上げる。大型犬、重っ。次に出稼ぎおじさん。


ぱちぱちぱちぱち


無事終了。拍手で迎えられた。


「ねーねーねーねー宗哲君、逃げよ?」


ももしおが大事なことに気づいた。

そうだって。こんなとこにいたらまずいって。


「We’re going to run away!」


ねぎまが出稼ぎおじさん達に「逃げます」と告げる。

走った。

船に。


「******」

「*****」

「大丈夫ですか?」

「****」

「*****」

「OK、任せて。じゃ、元気でね」

「*****」

「お世話になりました」


背後では中国語が飛び交ってる。


「さようなら」


オレもちらっとふり返って別れの挨拶。


急いで船を係留してあったロープを解く。

その間に次々とみんなが乗り込んでいく。ねぎま、ミナト、びしょ濡れわんことももしお。


わんこ?


エンジン始動。即行マリーナへ。



帰港。


「「「はー」」」


ねぎま、ミナト、オレの3人はぐったり。


「お手、おかわり、ハイタッチ」


なぜか捕まったはずのももしおが元気。わんこと遊んでいる。


「いいんだけどさ、いつの間に、そのわんこ」


オレは船に常備してあるタオルを出しながら聞いた。


「最後に出稼ぎおじさんたちが『よろしく』って」


とももしお。いやいやいや、全部中国語だったじゃん?


「ももしおちゃん、分かったの?」

「なんで分かんないの?」


ミナトの質問に不思議顔のももしお。


わしゃわしゃわしゃ


びしょ濡れわんこをタオルで拭きながら思った。

出稼ぎおじさん達3人は、わんこが心配で来たのかもなって。超超いい人ら。



船の中に久しぶりの4人。ももしお×ねぎま、ミナト、オレ。


「なんか、大変なことになっちゃったね」


操舵室のイスの下、ねぎまは小さく体育座り。


「あれが片付くまでは爆弾仕掛けるなんてムリだろ」


オレはねぎまに、もう危険なことをして欲しくない。


「結局、アイキスタン国は何がしたかったんだろ」


久しぶりのねぎまは、やっぱりねぎまで、考えることをやめない。


「とりあえず、無事でよかった」


オレはいつもはぽってりした唇が一文字になっているねぎまを眺めた。



「じゃ、オレ、帰る。ももしおちゃんも帰ろ」


ミナトが分かり易く気を利かせて、ねぎまとオレを二人きりにしようとする。

が、気配りとは無縁のももしおはねぎまに話しかける。


「マイマーイ、お腹減らない?」


ミナトはオレの目を見てからももしおを誘った。


「ももしおちゃん、チャーシューたっぷりのラーメンと海鮮ごろごろのカタ焼きそば、どっちがいい?」


「チャーシューたっぷりラーメンでありますっ」


ももしおが元気に挙手。


「シオリン少佐、行こ」

「イエッサー」


ラーメンに釣られたももしおが、ミナトの後に続いてぴょんぴょん桟橋を渡って行った。


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