センセの全てを知りたいんですっ
「マイマイに送っちゃお。元気になるよね」
ももしおは嬉しそう。
あれ? サプライズするんじゃなかったっけ。どんだけ秘密を持てないタイプなんだよ。
「ふーん」
「『センセが電話してた。ストップとかクラッシュとか隠蔽って言ってたよ』送信っと」
ももしおはスマホに向かって入力している。めっちゃ情報量少なくなってるじゃん。いーけど。その方が。
「マイってさ、色んな男に……」
「あ!」
ねぎまの近況を聞こうとしたのに、いきなりももしおが何かを思い出した。突然の声にオレはびくっと肩を揺らす。
「デカい声出すなよ」
「今日分のユンケルの差し入れしなきゃ」
「まだ続けてんの?」
「愛だもん」
ももしおは締まりのない顔で大きなうさぎの形のポストイットを取り出した。それに愛のメッセージとやらを書いている。
『応援しています 先生のファンより』
ニコニコしながら、うさぎの形のポストイットをペタリとユンケルに貼った。
「そんないーか?」
「サイコー。異国の王子様みたい。誰もいない授業中のうちに靴箱に入れてくる。じゃ」
ももしおは手をしゅたっと挙げ、荷物一式を持って階段をぴょんぴょんと駆け下りて行く。
オレは体育館の外階段の手すりから身を乗り出して校舎の方へ向かおうとするももしおを上から見た。
!
ヤツだ。ヤツがももしおに近づいて来る。
オレは体育館の外階段の上からそれを眺める。
「百田さん」
「センセ」
「いつも差し入れありがとう」
「きゃっ♡ バレちゃったんですか?」
会話が交わされているのは階段の下から5メートルほどの場所。授業中で辺りは静か。会話ははっきり聞こえてくる。
「大抵授業中に入ってるから。この高校で授業をサボるのって君くらいなんだって?」
頭悪ぃ、ももしお。
「センセに元気になってもらいたくて」
「元気になるどころか、ドリアンは凹んだよ」
「えーっと」
「僕の後をつけてたね。下手くそ。どうにでもできるからほっておいたけど。日本の女の子はあんな時間まで遊ぶの? 日本の治安が良すぎるのも考えものだね」
「ドリアンのことはごめんなさい。センセのことが大好きなんです。だから家を知りたくて。何でも知りたくて。センセの全てを知りたいんですっ」
言ったー。告った。
「全く。困ったお嬢さんだ。もうあんなことをしないって約束して。僕がいなかったら、何かあったときにどうにもできない」
ヤツはももしおの告白を軽くいなした。告白されることに慣れてやがる。
「え、それって。何かあったらセンセが助けてくれるってことですか? 守ってくれるんですか?」
自分の都合のいいように解釈してるし、ももしお。
「そんなことがないように、もうあんなことしないで。ね」
ヤツが甘い声を出した。げっげー。
「はい、センセ♡」
「ユンケルはいつでも受け取るから、授業に出なさい」
「はい、分かりましたっ」
上から、ももしおの敬礼する姿が見えた。
そろそろ5時間目が終わる。
単純なももしおは全授業皆勤になった。
ユンケルをまだ渡しているのかどうかは知らない。
ねぎまとオレは、廊下ですれ違う時すら目を合わせなくなった。
常日頃自分が望んでいた平穏で静かな日々は、思った以上に味気なくて。
窓際から眺める秋の空はねぎまと出会った夏がどんどん遠ざかることを教えてくれた。
ねぎまとオレが別れても、ももしおとミナトとの友人関係はそのまま。
ただ、4人のグループLINEのメセージはあの日以来空っぽ。
個チャでのやりとりを不自然に感じる今日この頃。
ももしおからそのLINEが届いたとき、すっと胸の中に冷たい風が吹いた。
『ウソつき宗哲』
メッセージと一緒に送られてきたのは、英語の音声データだった。
ももしおが盗聴したヤツと元上官との電話のときのもの。全て英語。
『……あなたがそんなことをする必要はないんです。手段は違っても結果は同じです。今は隠蔽されていますが、限界が来ます。
……今は下降中。Crash soon.
……履歴が残るからその電話にかけたんです。盗聴されているなら尚更都合がいい。でもそこまではされていないことも分かっています。
……炉端焼き。いいですね。景色もいい。僕も持って行きます。では、*日、12時、ジョイナスで。海老はなしですよ』
あのとき、オレの横でももしおはiPhone8を握りしめていた。あれは翻訳アプリを立ち上げていたんじゃなくて、録音してたのか。
これをねぎまに聞かせたとしたら。帰国子女のねぎまには意味が分かる。
まずい。
オレは急いでミナトに音声データを転送。
『誰もいないところで聞いて』
とメッセージを添えて。
*日は明日。
急いでミナトに会った。場所は体育館の外階段の踊り場。
「ごめん。ミナトにしか相談できなくて」
「宗哲からの音声データ、聞いた」
ねぎまとオレのごたごたに人を巻き込みたくない。それでも、もうオレだけじゃキャパオーバー。
ついでにメイメイってフォロワーの話もした。
「行くんだろうな。ももしおちゃんとねぎまちゃん」
ミナトに同感。
「オレもそう思う」
「ジョイナスにあったっけ。炉端焼きの店」
ミナトが首を傾げた。オレもそれを聞きたかった。
相鉄ジョイナスには地下1階と地下2階に飲食店街がある。他は地上階にカフェ。
炉端焼きの店はない。
「ジョイナスのどこだろ」
「宗哲、『景色がいい』っつってなかったっけ」
「言ってた。そんな店あるけ? 飲食店って地下じゃん。水槽があるとか? 景色がいいって普通、上の方の階だよな」
オレはスマホで相鉄ジョイナスを検索し、フロアーマップを表示した。相鉄ジョイナスの上の方の階はオール駐車場。景色がいいどころか店もない。
屋上に緑の木の絵がある。タップしてみた。
屋上階の図だけが表示され、フットボールパークや森林公園と矩形の中に書かれている。
ん?
屋上階の図の画面を下へスクロールしていくと、『BBQガーデン』の文字があった。
「ミナト、これ」
「何?」
ミナトがオレのスマホを覗き込む。
「これかも」
「宗哲、ナイス。『僕も持って行きます』はBBQの材料を買ってくってことかも」
「だな」
「ももしおちゃんとねぎまちゃん、BBQしに来るんじゃない?」
とミナトは言うが、ももしおはヤツに「あんなことはもうしない」と約束させられていた。表立った行動はしないと思う。
「たぶん店までは来ねー」
オレはミナトに、ヤツに尾行がバレていたこと、ももしおがもうしないと約束させられていたことを告げた。一応、うっかり聞いてしまった告白部分は伏せておいた。
「なんだ。尾行、バレてたのか。だよな。ISIだもんな」
全く。ド素人の尾行がバレないはずがない。
「でもさ、あの2人が簡単に諦めるとは思えねーじゃん」
ねぎまの好奇心を舐めてはいけない。
「んー。じゃさ、宗哲。オレらがBBQしに行く? ももしおちゃんとねぎまちゃんを探せばよくない?」
「つき合ってくれる?」
「二人でBBQって変だよな。男テニ誘うか」
ミナトが自分のスマホを取り出し、即文字を入力し始めた。
「明日って急すぎだけどさ。2人くらいは来るんじゃね?」
ぶぶー
オレのスマホにも連絡が来た。男子硬式テニス部2年のグループLINE。
『明日、宗哲を慰める会を開催します ジョイナス屋上 11時半からBBQ』
え、オレを慰める会なわけ?
再び、どーんと落ち込む。不自然に抜けてるワードは「失恋」。
「名前使って悪い、宗哲。この方がこじんまりできるかなって」
ミナトが謝ってくる。
ぶぶー
ぶぶー
ぶぶー
ぶぶー
ぶぶー
ぶぶー
ぶぶー
なんか、鳴りやまねーんだけど。スマホ。
画面を見れば次々と参加表明のメッセージが届く。
「なんか、多過ぎね?」
みんな暇過ぎだろ。
「参った。BBQの会場予約しないと」
ミナトは大急ぎでとりあえず席を抑えた。結局総勢17名。
当日、オレは家からクーラーボックスを持たされた。ごろごろ引くキャスター付きタイプ。
男子硬式テニス部の2年にグループLINEがあるように、その母親にもグループLINEがある。でもって、オレの失恋のために友達が集まってくれるのだからと、ババア(母)にバーベキューの大量の材料を持たされた。オレはババア(母)に何も話していない。つまり、オレの失恋は男子硬式テニス部2年の母親全員に知れ渡ってしまったってこと。羞恥で軽く死ねる。
でさー。慰められる主役が材料持ってくって。どーゆーこと。
一応、逆らってはみた。
『あのさー。部活中置いとくとこ、ないんだけど。保冷剤もつっけ?』
『部室に冷蔵庫があるんでしょ? 鍋やタコパするときも材料入れてるんでしょ?』
バレてる。誰だよ。マザコンヤローは。親に男子硬式テニス部に代々受け継がれている伝統をチクるんじゃねー。オレの失恋をチクるんじゃねー。
ごろごろごろごろごろ
オレはクーラーボックスを引いて登校した。
みんなが着替えをする中、冷蔵庫にそれらをIN。
さすがに会場に行くときは友達が持ってくれた、オレは手ぶら。当然。主役だから。
他にも肉やトウモロコシを持って来た部員がいた。買い出し部隊は部活を早めに切り上げた。抜群のチームワーク。
もしもヤツに姿を見られても、この人数なら偶然にしか思われないだろう。




