イイカラダ
ミナトは噂のイケメン講師を伴って現れた。
だからいきなり、ももしおが自撮りんときみたいになったのか。
「おう。あ、先生、どーも」
モテすぎるところが気にくわなくても、オレは一応ヤツにも会釈した。
「「こんにちはー」」
着席したままで首をこてっと傾けて挨拶するももしおに、イスから立ち上がって礼をするねぎま。ねぎま、丁寧過ぎ。
ミナトはヤツに、ももしおの隣を勧めた。上座だったから。
「僕、ここいいかな?」
でもヤツは、隣の2人用のテーブル席のイスをこちら側に近づけてカジュアルに脚を組んだ。
ミナトは遠慮がちにももしおの隣に腰掛けた。オレは正面に座るミナトにしょっぱい顔。『なんで連れてきたんだよ』って。
「そこでセンセに会ってさ。静かにコーヒーを飲める店、聞かれて」
と言うミナトに、ももしおはグッジョブとこっそり親指を立てる。
確かにここは、通常ならば静かな店。でもさ、ムリじゃん。ももしお×ねぎまがいるのに静かなわけねーし。
ももしお×ねぎまは2人揃うとテンション高め。
2人の高い声はよく通り、店内中に実のない会話が行き届く。女子高生なんてそんなもん。静かな場所を求めるなら、女子高生がいない場所を探すべきだって。少なくとも、ももしお×ねぎまがいないとこ。
ねぎまはテーブルの下でオレをつつき、耳元で「筋肉。筋肉、聞いて」と囁く。息かかるし。
つーか、いきなり聞いたらおかしいだろ。
で、まあ、ヤツの国の話を聞くところから始まった。
こういった世間話をするっと気さくに始めるのは、大抵ねぎま。
「センセって、アイキスタンのどこ出身なんですか?」
ヤツは南シナ海に面したアイキスタン出身。(アイキスタンは架空の国です)
それはもう周知のこと。
「生まれたのはNYなんだ。アイキスタン出身だったらイギリス英語だったんだけどね。僕はアメリカ英語が抜けなくて」
「第一次世界大戦前って、アイキスタンはイギリスの植民地でしたもんね」
とミナト。へー知らんかった。
「そう。だから今もアイキスタンでは英語が公用語なんだよ」
ヤツはコーヒーのカップを口につけた。
「センセは日本語もお上手ですね。日本に住んでたんですか?」
ねぎまはももしおのために、少しでもヤツの情報を引き出そうとする。
「アイキスタンの授業で習った。話せるけど読めない。特に漢字が中国語とごっちゃになって」
ヤツは降参といった感じで両手を上げた。
ん? ってことは、
「中国語も話せるんですか?」
妙に引っかかって聞いてみた。
「日常会話程度だけどね」
つまり、少なくとも英語、日本語、中国語を話せるということになる。嫌味なスペック。
「いろんな国の人とお話できますね。ステキです♡」
ももしおは、ぽわわーんとヤツを見つめた。
「アイキスタンの公用語が英語だったのはラッキーだよ。アメリカから帰国してもコミュニケーションに困らなかったし、日本に来ても役に立つ」
はははっとヤツが笑うと白い歯が零れて浅黒い肌とコントラストを作った。眩しっ。
屈託のない笑顔にオレの心がほどけていく。
モテるってとこは確かに気に食わないが、いいヤツかも。
でまあ、筋肉の話題に近づくために、オレは努力した。
「センセってスポーツ得意ですね。学生時代、何かしてたんですか?」
こんな感じで。
「ラグビー」
「マジで?」
「「すっごーい」」
「ガチで?」
驚いた。確かに筋肉質だけど、ラグビーってほどのゴリゴリの体格じゃないから。
「食べても筋トレしても、あんまり体を大きくできなくて」
なんて言いながら、ヤツはコーヒーをすする。
充分。日本人に混じれば筋骨隆々。
「ラグビーだったんですか。だからそんなにいい体してたんですね」
なるほどっと頷くオレ。
ん?
ぞわっ
ヤツがオレに意味深な視線を送ってくる。何だか分かんねーけど、背中と腕の産毛が逆立った。
「イイカラダ? ありがと、米蔵君。君は肌が綺麗だね。まだ少年っぽさが残ってて」
は? 何言っとん?
ずいっ
いきなりヤツとオレの間に、遮るようにねぎまが割入った。
「センセ、ラグビーは何年くらいしていらしたんですか?」
オレはイスの背もたれに体をへばりつけ、眼前にあるねぎまの後頭部を眺める。
「ん? ラグビーは高校、大学。君達は、ラグビー、好き?」
カップから唇を離し、ヤツは少し首を傾けた。
と、間髪入れずにももしおがアピールする。
「好きです好きです大好きです!」
初耳。
「はははは。ラグビーを好きな女の子がいてよかった。女の子はみんな、サッカーやバスケの方が好きなのかと思ったよ」
その通り。日本に来て日が浅くても、そこんとこは分かってっじゃん。女子ってスポーツ観戦しながらイケメン鑑賞してるんだもんな。
「うちの高校にラグビー部なくて残念ですね。もしラグビー部を作るなら、私、マネージャーやっちゃいます!」
ももしおは立ち上がって元気に挙手した。
おい。バドミントン部はどーすんだよ。女子バドミントン部の部長だろーが、ももしお。
「それ、楽しいかも。うふっ」
ねぎままで。バドミントン部の副部長なのに。
ももしおは更なる提案をする。
「センセ、女子ラグビー部作りましょう! 死ぬこと以外はかすり傷です。ラグビーのこと手取り足取り教えてください♡」
ももしお、とにかく座れ。
「はははは。ラグビー部か。でも筋肉は、ラグビーやめて軍隊に入ってからの方がついたかな」
へ?
「軍隊?! きゃー、かっこいいー」
ももしおが騒ぐ。
「アイキスタンって兵役あるんですか?」
ミナトは不思議そうに聞いた。
「兵役はない。僕はミリタリースクールだったから、卒業後に入隊した」
日本の防衛大学みたいなもんだろうか。
オレはヤツのYシャツに包まれた腕に目をやった。太い。
きっと毛が生えてるんだろう。黒縁メガネ、腕毛、英字新聞か。ちなみに今、ヤツはメガネをかけていない。授業のときにはかけてたっけ。
「センセ、軍隊のときの写真とかありますか?」
ねぎまは興味津々。
「あるよ。見る?」
「見たいっす」
即答したのはオレ。
腕毛が出ている写真は表示しないようにしなければって思ったから。
ヤツはポケットからスマホを取り出して、写真を探し始めた。
オープンな性格なのか、プライバシーなんてノープログレム。スマホをテーブルの中央に置いて画面をスクロールさせた。
何枚もの写真の途中、画面がカラフルな天然色から一斉に深緑色&茶に変わった。
スマホで写真を撮るくらいだから、訓練の最中じゃないだろう。
が、
銃とか持ってる写真あるし。顔に黒いもん塗ってるし、ヘルメット姿あり、ガスマスクっぽいもの写ってるのあり。本格的。つーか、顔、ほぼほぼ布で覆われてて、誰だか判別できるのは1枚だけ。それだって、黒いもん塗ってる写真。でもって、一緒に写っている人は顔が分からない角度。背景は海だったりジャングルだったりヘリコプターだったり。日常からは程遠い世界。
「「すっごーい」」
「「すげっ」」
4人で数枚の写真を見た。ももしおは、スマホの画面をスマホで撮影。
カシャ
でかい音がした。
「百田さん、写真まで撮らなくても。軍隊って珍しい?」
「いえっ。えーっと、友達に見せたいかなって」
指摘されたももしおが焦る。
ヤツは唇の前で人差指を立ててにっこりウインク。
「恥ずかしいから友達にはナイショにして」
ウインクにやられたももしおは自分のスマホをひっこめた。
「はい。じゃ、センセと私だけの秘密ですね♡」
おい、オレらもいるし。
「はははは。軍隊って珍しいよね。日本は何かあったときに自衛隊が出動する。でも、アイキスタンじゃ、空港の警備も大統領官邸の警備も軍隊だからね」
「アイキスタンって、確か軍事政権ですよね」
ミナト先生は意外と博識。
世界はいろんな国があるんだなー、なんて思いながら、オレは写真を眺めた。
「この写真って2か月前ですね。そのときはまだ、軍隊にいたんですね」
ねぎまが尋ねた。
オレ、日付なんて気にもしなかった。
ねぎまは細やかな心遣いができる。それは、注意深くて細かなところに気づくからだと思う。
「首になったんだ。実践向きじゃなかったから」
ヤツは自分の手を首のところで水平にし、「タン」と舌を鳴らした。
ふっと一瞬、ヤツの顔が曇った。何かあったんだろう。きっと、それが一瞬頭をよぎった。そんな顔。
「すみません。無神経なこと言って」
ねぎまが発言を謝ると、ヤツは通常の笑顔に戻った。
「いや。色々と考えてたときだった。結果ってものは、自分が導かれてるんだよ」
なんだか「神」とか出てきそうな言葉。クリスチャン? あれ? 仏教もこーゆー感じだったっけ? 分からん。
写真の後は、和やかにラグビーの話をした。
ももしおはラグビーのポジションまで知っていて、ちょっと驚いた。大男同士が宙でぶつかり合うところに痺れるのだとか。
ヤツは走るのが得意で、肉弾戦からは逃げていたと笑った。
ラグビーをするほどの体格じゃないけれど、アイキスタン人の中では体格がいい方で、学生が部活動としてスポーツするには問題なかったと語った。
「センセ、なんでもスポーツできるのに、どーしてラグビーを選んだんですか?」
きゃぴきゃぴっとももしおが質問する。
「思いっきりタックルしたかったから」
ん?
ぞわっ
また、ヤツから妙な視線が飛んできて、オレは身震いした。
気づいてたし。ねぎまがいつもより、口数が少なかったこと。
なんで?




