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GOD COINS

「想像以上にドリアンって匂いがすごくって、置き場所に困っちゃって」


言いながら、ももしおは鼻を摘まんだ。


「どーした?」


どこに置いたんだろ。


「最初ロッカーに入れてたんだけど、クラスのみんながざわざわしちゃって。しょうがないから、木を隠すのは森の中ってことで、トイレの掃除用具んとこに置いたの。食べ物をそんなとこに置くの、すっごく抵抗あったんだけど」


ももしおは下唇を突き出して顔をくしゃっとさせた。


「あらま」


ミナトが仕方ないといった感じで頷く。


「でもね、女子トイレのとこ通るとき、みんなが足を止めるのー。『ん?』って感じで。だから学校の1番遠くのトイレに移動させたの」


ん? まさか。


「それってさ、物理準備室のとこ?」


昨日、学食で友達が言ってた。物理準備室んとこのトイレのこと。


「別棟の3階の端。物理準備室なんてあったっけ?」


ももしおは首を傾げた。物理準備室の存在すら忘れられてっし。

謎が解けた。昨日、2年1組の近くの女子トイレと物理準備室の近くの女子トイレが臭かったのはドリアンのせいだったってわけか。


「ももしおちゃんとねぎまちゃんも、匂い落とすの大変だったんじゃない?」


ミナトが気の毒そう。


「ビニール手袋にビニールエプロン、完全防備だったけど、それでもしばらくは。失敗したのは、おいしかったんだよね。激うま。そしたら口がうん……」


「それ以上いーって」


聞きたくないからももしおの話を強制終了。

オレは話が終わったと思ったのに、まだ続きがあった。


「でね、センセの方なんだけどね。そんな日、普通、家にずっといるじゃん。シャワーまで浴びちゃったんだもん。でもね、マイマイと二人でコンビニのイートインでカップ麺食べてたら、センセが目の前を通り過ぎたの。もう追うしかないよね。センセの生態調査してるんだもん。そしたら、センセ、なんと黄金町の方へ歩いていったの。シャワーの残り香を追うのはドリアンよりも難しかったけど、そこは愛の力!」


完全に犯罪に手を染めたな、ももしお。


「追ったって?」


「もち! 黄金町って坂多いんだねー。近くに野毛山あるもんねー。センセは黄金町の坂の途中のアパートの前で立ち止まって、2階の窓を見上げてたの。女豹さんが住んでるにしては渋い木造アパートで。センセが住んでるアパートも古いけど、黄金町の方のは、もう取り壊した方がいいんじゃないってくらいで。でね、そのしぶ~いアパートのドアが開く音がしたら、センセがささって隣の建物の影に隠れたの。もう怪しーよね。めっちゃ変だよね。でねでねでね、センセは、アパートから出てきた外国人のイケおじをこそこそ追いかけたの」


イケおじ。それってひょっとして、軍にいたころの元上官なんじゃね?


「ももしおちゃん、まさかと思うけど、追いかけなかったよね」


ミナトが「女の子なのにそんな危ないことしないよね?」的に聞く。そう思いたい。だけどオレには分かっている。ねぎまの好奇心が理性を上回ることを。


「ワタクシといたしましてはぁ、センセのお部屋に行けるようになったしぃ、黄金町に住んでるのが女豹さんじゃないって分かったから、どーでもよかったんだけど。マイマイが『こんなチャンスない』って」


やっぱり。


「シオリン、ちゃんと『人がいるところまでね』って言ったよ」


脚をマッサージ中のねぎまが付け加えた。


「うん。マイマイ言ってた。でねでねでね、イケおじはね、すっごく歩くのが速いの。競歩並み。センセがそっちに集中してたから、マイマイと二人で後つけたのバレなかったのかも。イケおじはねー、ドンキ行ってぇ、帰りに黄金町のスーパー行ってぇ、帰った。センセはね、アパートの窓を下から眺めて、ポストんとこに行って。で、自分の家の方へ行ったの」


ドン・キホーテはカジノリゾートができる埠頭の付け根近くにある。

つまり、2人は昨日、高校から4キロ程離れたヤツのアパートまで歩き、更にそこから黄金町辺りのヤツの元上官のアパートからドン・キホーテまでを往復し、そこから自分の家に帰ったことになる。後をつけた分だけで14キロくらいだろうか。そりゃ疲れるって。


「ももしおちゃんは疲れてないの?」


ミナト、それは愚問。ももしおの体力は無尽蔵。


「大丈夫。鹿の角ドリンク飲んだから」


飲むなよ、ももしお。そんなもん。


「シオリンにもらったユンケル飲んだんだけど、その時は元気になって、後でどっと疲れがぁぁぁ。もうダメ」


パタリ


ねぎまは力尽きてラグにうつ伏せになった。

ももしおの方は菓子袋に絶えず手を突っ込んでいる。通常運転。


「ももしおちゃん、センセの部屋に行こうとしてる?」


ミナトがニコニコ笑顔のももしおに聞いた。


「道はばっちり。これからは、ユンケルの差し入れ、ガッコの靴箱じゃなくて、センセのお部屋のドアノブにしよっかなー。自分にリボンつけて差し入れしちゃおっかなー」


ももしおはこれ以上ないくらい幸せそう。


「はははは」


ミナトは優しすぎ。オレが言うしかない。


「アホか。んなことしたら、ストーカー決定じゃん。反対の立場になってみ? ももしおの靴箱に毎日差し入れされてたお菓子が、いきなり自分んちに届くようになるって。軽くホラーっしょ」


「ホントだ。自分だったら食べてから警察に通報する」


食うな。


オレはラグにうつ伏せになっているねぎまにデコピンした。


「痛っ。何?」


「何じゃねーし。いったい何したいわけ? 知ってどーする? てか、その前に危険。何時までほっつき歩いてたんだよ」


部活が終わる時間は5時半。その後にドリアンを仕込んだとしたら、学校を出たのは6時くらい。それからヤツがシャワーを浴びる時間、ももしお×ねぎまがカップ麺を食ってた時間に14キロを歩く時間を足すと、真夜中。


「大丈夫。終電には間に合ったから」

「シオリン、お口にチャック」


終電。ありえん。デートのときは遅くならないようにって気にしてるオレがバカみたいじゃん。


「親に怒られないの?」


ミナトが難しい顔をした。


「マイマイんとこで勉強してたら遅くなっちゃったって」

「シオリンとこで女の子同士のお喋りしてたら遅くなっちゃったって」

「ね」

「ね」


ももしお×ねぎまは顔を見合わせて首をこてっと傾げた。

こーゆー娘だけは持ちたくない。


「そんな時間、人なんていねーだろ。『人がいるところまで』とかって全然ウソじゃん」


オレはねぎまが寝転ぶ真正面でちょっとキツメに言った。


「人はいっぱいいたもん。ドンキ」


ねぎまはオレから視線を逸らした。

ももしおが美しい友情でねぎまを庇う。


「いっぱいだったよ。だってね、黄金町からの帰りは日の出町の方を通ったから、ロック座とかあって人がいっぱいだったもん」

「シオリン!」


寝転んでいたねぎまは、いきなりがばっと起き上ってももしおの口を塞いだ。


ロック座?


「へー。ライブハウスがあるのか」


「「「……」」」


オレの言葉に3人が固まった。

ミナトが「ちょっと」とオレをリビングの端に引っ張った。


ん?


「宗哲、ロック座ってストリップ劇場だよ」

「すとりっぷ?」


なんか聞いたことあるよーなないよーな。


「女が舞台で服脱ぐショー」

「ええええ?! そんなんあんの?」


そんな。それって、その店入ってくだけで恥ずいじゃん。いかがわしいもん観に行くってバレバレじゃん。そーゆーのってこそこそと。……レンタルDVDで大人のコーナーに行くのと一緒かも。「男なんだから当然」的な。いや、たぶん、オレは小心者だから成人してもあのコーナーへは足を踏み入れないと思う。ネットで取り寄せる。


ソファに戻ると、ももしおがちろーんとオレを見た。


「宗哲君って、そーゆーの知らずに育ったんだね。『どや街』も知らなかったもんね。横浜の一般常識だよ。ホントに横浜市民?」


「うっせー」


いったいどーゆータイミングでその手の知識に巡り合うのか、そっちの方がオレにとっては謎。ヤローならまだしも、なんでオレが知らないこと、女子高生のももしお×ねぎまが知ってんだよ。


あっ。あんまりに衝撃的過ぎて、ねぎまに「そんなとこ歩くな」って注意するの忘れた。


「まだ続きがあるの」


ももしおが目をまん丸にして人差指をピンと立てた。

盛りだくさんだな。


「なに? ももしおちゃん」


ミナトが先を促す。


「センセはね、イケおじのポストになにかメモを入れたの。見てみたら英語で。人が来ちゃったからチラッとしか見なかったんだけど、神のコインって。ね、マイマイ」


ももしおはねぎまに確認した。


「そうなの。紙は2つ折りにしてあって『GOD COINS』って。暗かったし、人が来ちゃったし、しっかりは見れなかったんだけど。なんか暗号みたいじゃない?」


ねぎまの顔には「面白くてたまらない」って書いてある。疲れているくせに、目はきらっきら。

ミナトは大きな手でアゴを覆った。


「神のコインか。なんかもうそれ、信の仮想通貨のこととしか思えないんだけど」


”GOD COINS” 和訳すると神のコイン。万能のコインっていうわけか。


オレは変だって思う。


「なぁ、変じゃね? ヤツはシャワー浴びた後、元上官を尾行までして。で、ポストにメモって。絶対に伝えたい何かがあるってことじゃん。GOD COINSが仮想通貨のことだとしてさ、何を伝えたかったわけ?」


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