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ドリアン・レッド・グローリア作戦






ある日の学食、ヤツは男子硬式テニス部の顧問と大盛りのA定食スペシャルを食っていた。


顧問は27歳、独身、♂。

気が合うのかも。……合わないな。合うわけがない。


ヤツはストイックな軍出身。恋愛対象は男。

テニス部の顧問はちゃらい。合コンばっかしてるようなヤツ。女の子大好き。


ヤツはオレの周りの人間に近づこうとしているのかもしれない。ハズレだから。オレ、顧問とさほど親しくねーし。そいつのこと人間として尊敬してねーし。



オレはいつものクラスの友達3人とカレーの列に並んでいた。


「宗哲、あれ、ねぎまじゃね?」


友達の1人がねぎまがいることを教えてくれた。

視線の先を見れば、ももしお×ねぎまがいつもの華やかな6~7人の女子集団でいる。


「風邪ひいたのかな、ももしお×ねぎま」


別の友達が2人を見た。

学食に入ってきたももしお×ねぎまがマスクをしていたから。


「そんなこと言ってなかったけど」


昨晩LINEで話したときは、そんな様子はなかった。声もしっかりしていたし、くすくすとよく笑ってたっけ。


「一緒に風邪ひくなんて、ももしお×ねぎま、仲いーじゃん」

「ももしお、小顔だからマスクが異様にデカく見えっし」


そんなことを話しながら、オレ達はカレーの福神漬けを入れた。



カレーを食べ始めると、誰かが食事中に相応しくない話をしだした。


「なー、1組んとこにトイレあるじゃん? あそこ、朝から異様に臭かったって」

「誰だよ。そんなんしたの」


「カレー食ってるときにやめろって」


オレは一旦スプーンを置いた。デリケートなんだよ、オレは。


「でさでさ、3時間目くらいにやっと(にお)いが残り香くらいになったって」

「ははははは」

「女子トイレらしー」

「マジか」

「女子っつったって人間だもんな」


話題が鎮火したからスプーンを手に取るオレ。が。


「オレさー。3時間目に別棟の物理準備室に行ったらさ、そっちのトイレ、臭った」


誰かが話を続ける。終わろうって。


「物理準備室?」

「おう、課題出してなかったから」

「まだ出してなかったのかよー」

「物理準備室ってすっげー遠いじゃん。あんなとこまで行くのメンドクサイから、ちゃんと出しとけよー」


物理準備室は遠い。教室がある棟とは別の棟にある。しかも3階の1番端。古い公立高校にエレベーターなんてない。まず2階から1階に下り、長い廊下を歩き、別棟まで行ってからの3階まで上る。更に廊下の奥へ行く。


物理準備室は物理教師陣の秘密の楽園。鉄分が多く、応接セットは昔の国鉄車両のイス。壁には撮り鉄教師の写真が飾られ、毎週、ローカル駅ゆかりの名物土産が食える異空間。

男子部室棟に並んで女子が足を踏み入れたくない、我が校第2の秘境。もちろん第1の秘境は男子部室棟。


「土産のまんじゅうとか古かったんじゃね?」

「マニアック過ぎんだよ。すっげーローカルなとこ巡ってるらしいじゃん」


オレは臭いの犯人を物理教師の誰かにした。

でもそいつは、


「いや、女子トイレ」


って。

物理準備室に巣食っているのは男ばっか。


「誰か腹壊してんじゃね?」

「バレないように、1番遠いトイレ行ったんだろ」


「カレー食ってるときにそんな話すんなよー」


デリケートなオレは話を強制終了させた。



でまあ、一応ねぎまにLINEを送った。


『風邪ひいたの?』


返事は『ちょっと』。短っ。



次の日、学校で会ったねぎまはぐったりしていた。


「大丈夫?」


「うん」


返事は返しくれても、いつものように笑顔が返ってこない。


「風邪、酷くなった?」


「……」


ねぎまがフリーズすること3秒。


「どした?」


「私ね、隠しゴトされるのって嫌なの。だからね、私も隠しゴトしないようにする」


え?


「なんか、病気?」


こんなにぐったりしているなんて。目に力がない。まさか、重篤な……。そんな。


「でも、学校じゃ話せなくて」


ねぎまはげっそりした顔で目を伏せた。

入院しなきゃいけないとか、手術しなきゃいけないとか、生死に関わるとか。


2年1組に近い階段の踊り場、2時間目と3時間目の間のほんのわずかな時間。

黄色く色づき始めた木の葉は柔らかい光を通しながら冬の準備をしていた。


こんな言葉を遣うほど気障でもないし、歳を重ねてもいない。でもさ、オレの好きって気持ちはもう、愛に変わってると思う。

出会ったときのときめきはまぎれもなく恋の昂揚だった。

消えることのないときめきは、君と笑いあった時間分降り積もって。いつしか心の見返りを求めないただ君を想う気持ちに変わっていった。


ガラにもないけど伝えるよ。愛してるって。



それで君が少しでも笑ってくれれば、それでいいんだ。マイ。



『話したいことがあるの。ミナト君のマンションで』


ねぎまから、ももしお×ねぎま、ミナト、オレの4人のグループLINEに連絡が入ったのは、そのすぐ後だった。


え? そんな大事な話、ミナトとオレが同時に聞くわけ? カレシのオレに先に話してくれるんじゃねーの?



時間は即刻決まり、集合。


ももしおはアリナミンを4本、手土産として持って来た。


いつもは背筋を伸ばしてちょこんとソファに座るねぎまが、ラグの上に脚を投げ出してマッサージしている。マンションに着いてすぐにジャージに着替えていた。


「マイマイが疲れてるから、私が話すね。宗哲君、絶対怒っちゃダメだよ」


ももしおが、前置きした。

は? 怒る? 病気とかじゃねーの?


「宗哲、怒らないよな」


ミナトがオレを見た。

話を聞くために怒るわけにはいかない。


「うぃぃ」


「じゃ、話すね。ドリアン・レッド・グローリア作戦の全貌を」

「「は?」」


ミナトとオレは、思いっきり妙な顔をした。


「準備が整って、昨日、ドリアン・レッド・グローリア作戦を決行したの。ドリアンが届いたの」

「「ドリアン?」」


「定期でセンセが弘明寺に住んでるって分かったでしょ? だからまず、センセの家を知りたくて後をつけようと思ったの。でもね、センセはなかなか家に帰んなくて。パソコンルームで遅くまで残業したり、その後もネットカフェに行ったり。もう、働きものなんだから♡ ステキ♡ だからね、センセが家にすぐ帰るようにしなきゃいけなかったの。それで、ドリアンをセンセの服につけたの。センセが席を外した隙に、ドリアンをイスに敷いて、上着とリュックに塗ったの」


「「はあ?!」」


ミナトとオレは大口を開けて驚いた。


「匂いが強烈だったからかイスのドリアンには気づかれちゃって、座ってくれなかったんだけど、作戦としては第一段階クリア」


エグイ。

ももしおは、アリナミンをカチッと開封して一口飲んだ。


「そこまではしたくなかったんだよ。でもね、愛する人を守るためには、センセが何をしたいのかつきとめなきゃいけないじゃん? だから心を鬼にして。計画通り、センセは即行で家に帰ったの。だからマイマイと二人で後をつけたんだー。ただ、予想外だったのは、センセは弘明寺の自分の家まで歩いて帰っちゃったこと」


電車に乗れないほど臭かったんだろーな。

なるほど。昨日、学校から弘明寺まで歩いたから、ねぎまが疲れてるのか。

4キロくらいか? まあ歩けない距離じゃないけど、部活やった後じゃな。


「で、家をつきとめたって?」


オレは確認した。

ももしおは手を前で組んで乙女ポーズで答えた。


「うん。駅から遠い、駐車場の奥にあった古そうなアパート。センセが歩くの早くて何回か見失ったんだけど、そこは大丈夫! ここがドリアン・レッド・グローリア作戦の要。朝からマスクをして鼻を守ったから、警察犬のように後を追うことができたの。私って天才」


だから昨日、ももしお×ねぎまはマスクをしていたのか。


「匂いを追ったらアパートの前にゴミ置き場があって、そこに何本もユンケルの空き瓶があったの! だからセンセが住んでるって分かったの。愛の力だよ」


「ユンケル?」


ももしおが大量の元気になるドリンクを買ったことを知らないミナトが首を傾げる。


「ももしお、マジであれ、ヤツに渡したのか」


アホだ。


「そ。だってセンセ、元気なかったじゃん。センセの靴箱に毎日そっと入れてたの。『応援しています 先生のファンより』って書いて。きゃ―――♡ なんて奥ゆかしいの。これぞヤマトナデシコ。きっと男心がくすぐられてメロメロだよ―――」


その様子を見て、ミナトはももしおが何をしたのか察した。


「ももしおちゃん、元気がなかったからユンケルを差し入れしたって?」


「ちゃんと飲んでくれてたってこと。だってアパートのゴミに空き瓶あったんだもん」


と、気持ちが届いたことを喜ぶももしお。

おまわりさーん。ここにストーカー犯罪者がいまーす。

ももしおは続けた。


「アパートに表札があったから分かっちゃった。シャワーの音がしてたの。はぁぁぁぁ、悩ましい音だったー。いっそ大殿筋をつたう一滴の雫になりたかった」


変態発言をやめろ、ももしお。


「あっそ」

「で、ももしおちゃん、『ドリアン』は分かるけど、作戦名長くない?」


ミナトが尋ねた。


「マイマイが私のこと『シオリン少佐』って呼んでたから思いついたの。少佐といえば鉄のクラウス、クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーデルバッハ少佐。鉄のクラウスといえば伯爵、ドリアン・レッド・グローリア伯爵」


「「何それ」」


「知らないの? 少女漫画の名作『エロイカより愛をこめて』」


いや、知らんし。


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