仮想通貨オブTHEワールド
とっぷりと日が暮れ、風が強くなってきた。
アイキスタン国と中国の話は聞いた。
ねぎまは香港系列のカジノホテルについて知りたがったが、何も情報を得られなかった。
「ありがとうございました。ご馳走様でした」
ねぎまは立ち上がってぺこりとお辞儀をした。
「「ありがとうございました」」
ミナトとオレもつられてぺこり。
「まったねー! カジノ、行こうね。じゃっね」
ももしおはしゅたっと手を挙げた。
出稼ぎおじさん達は、ショベルカーと海をバックに手を振ってくれた。
横浜の煌びやかな夜景はそこにはない。裸電球と七輪、醤油の焦げた匂いにワンカップ。
横浜を創ってるのは、これなんだって感想。
ステーップ ステーップ くるりんパ
ステーップ ステーップ くるりんパ
上機嫌のももしおはぴょんぴょん飛び跳ねるように歩く。酒飲んでねーのに。
ステーップ ステーップ くるりんパ
ステーップ ステーップ くるりんパ
ねぎまも一緒にステップをし始めた。パのところでは、2人でポーズ。手をクロスさせたり、片足を上げたり。どんだけポーズのパターン、あるんだよ。
大通りに出てもステップしてるし。
女子高生、最強。
ももしお×ねぎま、最強。
でも、ちょっと一緒に歩くの、恥ずい。
ごく一般の男子高校生のオレは、基本、スポーツとお笑いにしか興味がない。
だから知らなかった。中国経済のことなんて。
よく晴れた土曜日、ねぎまとオレは中華街へ行った。ももしお抜き。二人きり。
ももしお×ねぎま、ミナト、オレの4人で一緒にいるときよりも、二人きりのときのねぎまの方がかわいい。オレに甘えたりする。頬をつつかれたり、「あーん」ってのをしたりされたり、楽しいことこの上ない。
始終締まりのない顔してると思う、オレ。しゃーないじゃん。
行く場所なんてどこでもいい。二人でいたいだけだから。
そこら中がデートスポットの横浜。インスタ映えポイントがありすぎて、人目がありすぎるのが玉に瑕。
それもまたOK。街行く皆さんに申し上げたい。「オレのカノジョはこんなに綺麗でかわいいんでーす」って。
ねぎまとオレは、朝陽門近くの膝くらいの高さの石垣に腰掛けて1個の肉まんを分け合って食べていた。
ニコニコしながら3人のおじさんが近づいてくる。中国人の出稼ぎおじさん。
ねぎまは立ち上がって、丁寧にお辞儀をした。オレも遅れてお辞儀。
「先日はありがとうございました。とても楽しかったです」
日本語が分からなくても、ニュアンスは伝わるらしい。
「****。はははは」
「***」
「ゴチソサマ」
こっちにもニュアンスが伝わってくる。
オレが片言英語でやりとりしている横で、ねぎまはスマホの翻訳アプリを立ち上げる。
もうすぐアイキスタン国に行くから今日は豪華中華料理を食べに来たのだそう。
「中国はいよいよ仕事がない。アイキスタンに行くしかない」
「アイキスタンには中華街がない。美味しい中華料理屋も少ない」
それを聞いたねぎまは、翻訳アプリに向かって言った。
「引っ越しの準備が大変ですね」
翻訳アプリが即、中国語の音声を発する。それを聞いた出稼ぎおじさん達が話し、日本語に変換される。
「簡単。身の回りの荷物だけ。少ない」
「金は新しいコインにすればいい」
「あれは助かる。中国への送金も便利」
新しいコイン? 何それ。
聞くと、教えてくれた。
少し前に中国政府肝入りの仮想通貨が発行されたそうな。もともとはアメリカ企業がしようとしていたことに、政治的に待ったがかかった。その間に、中国はちゃっかり、アメリカ企業が計画していたものと同じモデルの仮想通貨を発行した。
これまで、中国が貿易をするときは元をドルに換え、相手国は受け取った通貨をドルから自国の通貨に換えていた。これを限定した国に限り、仮想通貨で行うことになった。これにより、手間とコストをカットできる。
個人レベルでも、国外に送金するときに手数料が少なくて済む。というよりも送金という概念がなくなる。口座はネット上にあるから。
日本で働いて稼いだ分を、口座に仮想通貨のコインで貯めておく。
口座に仮想通貨であるコインを持っていれば、中国の家族はそこから元として下ろす。出稼ぎおじさんがアイキスタン国に行ったときは、アイキスタン国の通貨で下ろせばいい。
そもそも中国はQR決済が普及していることもあり、そのコイン自体で買い物ができてしまう店がどんどん増えてきたのだそう。
へー。
口座1個で世界中OKなんて。万能じゃん。
今は使える国が少ないだろうけど、世界中で使えるようになったら超便利。
ねぎまは翻訳アプリを通して言った。
「そんな便利なコイン、私も欲しいです」
「NO」
「ダメダメ」
「中国の人だけ」
中国人だけしが口座を開けないのか。
頷ける。せっかくアメリカが自国の企業に待ったをかけてるのに、自国民に他の国のそんな便利なものを利用されちゃったら大変だよな。
「元、ダウン」
出稼ぎおじさんの一人が、手を下に向けた。
今、元の価格がとても下がってきているらしい。だから仮想通貨で持っていた方が安全なのだと説明を受けた。
知らんかった。元、下がってるのか。ももしおだったら詳しいかも。
「信のコイン、OK。日本語の信じるの信」
今度は手を水平にした出稼ぎおじさん。
「カジノホテルにもその会社が来る」
「カジノに来た金持ちを客にするために。はははは」
「日本人もOKになったら、作りなよ。姉ちゃん」
カジノリゾートには中国の富裕層が来そうだもんなー。てかさ、世界の富裕層が来るんじゃね? 隠し口座作れるんじゃね? マネーロンダリングしてくださいなんじゃね? 中国、裏金がっぽがっぽなんじゃね?
「どのホテルですか?」
すかさずねぎま。
「さあ。そこまでは。できたら分かる。はははは」
出稼ぎおじさん達は、また炉端焼きをしようと言ってくれた。
背を向けようとする去り際の3人に聞いた。英語で。
「犬は元気ですか?」
「毎日昼に来る」
と教えてくれた。よかったー。あいつ、無事なんだ。
「うふっ」
少し冷めた肉まんを持ったねぎまがオレを見て笑う。
「ん?」
「わんこのこと。宗哲クン、優し。好きになってよかった」
言いながら、こてっとオレの肩に頭をもたせ掛ける。
「オレんち、飼ってるからさ。諭吉」
「諭吉、イケメンだよね」
「飼い主に似て」
「お兄さん?」
「……だな」
オレには兄がいる。性格はやや難ありだが、外見と外面だけはいい。ちなみに兄と妹は母親似。オレは残念ながら父親似。でもって、諭吉は飼い主の贔屓目だけど、かなーり美犬。
「中国って仮想通貨あるのか」
「政府肝入りって言ってたね」
「アメリカのをパクったのか」
「やったもん勝ちなのかもね」
「元のレート、今どんだけ?」
「もう、宗哲クン、どうしてはぐらかすの」
「は? 何を」
「カジノホテルに仮想通貨の企業が入るってとこじゃん。肝心なのは」
「別にはぐらかしたわけじゃねーし」
いや、はぐらかしてた。
もう首を突っ込まないでほしい。
「シオリンに知らせなきゃ」
「どこのカジノホテルかなんて分かんねーじゃん。たかが世間話に出てきたことが、ピンポイントで知りたいことのわけねーじゃん」
とにかく関わらせたくない。コトは爆弾テロ。
それに、デートでこんなムードのない話。
「じゃ、これから、カジノリゾートにできるカジノホテルを1つずつ調べる。アメリカ系も。全部。そしたらピンポイントかどうかが分かるよ」
「まだ建設始まったとこなのに、そんな情報集められるわけねーじゃん」
現に目的のカジノホテルのフロアーマップには、「シアター」とあっても経営がどこなのかまでは載っていなかった。
そんなことよりも、せっかく二人っきりなのに。
「やっぱり、アメリカ系を調べる必要はないよね。だって、仮想通貨が発行されたのがちょっと前だったとしても、中国政府肝入り。ずっと前から動いていたことになる。アメリカ系のカジノホテルにそんなシークレットな企業をヤドカリみたいにさせるはずがないもん」
あ"ー、あっちの世界行っちゃった。
「調べるって?」
「信って会社がどこのカジノホテルに入るのか」
「ムリだろ。中国政府肝入りで前々から準備されてたんだったら調べられるわけねーじゃん。中国へはネット繋がらねーし」
「ほんの少しでも知る方法はあるけど」
ねぎまが挑戦的な目をした。
「方法って? それ聞いてどうする? 知りたいのは、あのカジノホテルの地下に何ができるかってことなんだろ? 仮想通貨の会社とは関係ないかもしんねーじゃん」
阻止。全力。
「分からないことは人に聞くのが1番だよ。私らよりもずーっと詳しくて真剣な人」
くそっ。ヤツかよ。
「シオリン」
「は? ももしお!?」
オレ、すっげー心配したんだけど。
危険人物に自ら近づくのかって。
くーっ。またももしおに邪魔されるのか。
「シオリン、今日はマリノスの試合見に行くって言ってた。5時には終わると思うよ」
「へー。サッカーか。いつもの友達と?」
ももしお×ねぎまは学校では6~7名の華やかな女子集団でいる。ちなみに、ももしお以外全員カレシがいる。
「サッカー部にカレシがいる子と。2×2で」
「完全に狙われてるじゃん。ももしお、それ、分かってんの?」
「まさか。スポーツ観戦と食べ物があればシオリンが釣れるんだもん。告るまでは」
かわいそ。告ったら終わりって分かってて誘う、ヤローの気持ちになれよ、ももしお。
「簡単だよなー」
「難いよ。シオリンは」
分かってる。核心に斬り込めないまま生殺しか玉砕かだもんな。




