野良わんこ
パチッパチッ
おおー。海老にこんがりと焼き目がついて、綺麗な赤色に染まってるじゃん。
七輪を取り囲んで円くなって
ホタテもいー感じ。
はっ
これはお礼の品。オレの分はおにぎりか。しゃーない。
ねぎまは、本当のところはスマホを落としたとこ、カジノホテル建設現場で働いている人達に接触したいんだろうなーなんて思いながら、呑気に飲み食いしていた。
ん?
薄汚れたわんこが10メートルくらい離れた場所でじーっとこっちを見ている。
ノーリード、ノー首輪。
でかい。レトリバーと同じくらいのサイズ。
オレんちの諭吉よりは少し小さい。
オレんちの諭吉はコリー犬。コリーってのは「名犬ラッシー」の犬。大型犬で顔が細長くて毛が長い。
家の中で飼われている諭吉は、ババア(母)が暇に任せてブラッシングしてるから毛がさらっさらのふわっふわ。
が、やってきたわんこは、使い古した毛布みたいな毛になってる。
旨そうな匂いに釣られたんだろう。
鼻をヒクヒクさせてる。こっちをじーっと見てるし。
残念だな。わんこは甲殻類NGなんだよ。体の中で消化できないから。
一人でここへ来てヤツを見た夜、犬に吠えられた。オレが踏みつけたのは、あのわんこの足か尻尾かもしれない。吠えられたとき、大型犬の鳴き声だった。暗くて急いでたからよく見てないけど、シルエットはあんな感じだった気がする。
「**」
出稼ぎおじさんの1人が中国語で呼びかけて手招きすると、わんこはととととっと寄って来た。
何か上げるのかな? なんて見ていると、おじさん3人は、もふもふとわんこを撫でまわした。大歓迎。でもって、1人はおにぎりを上げ、1人はおにぎりが入っていたプラ容器にペットボトルの水を入れた。それから、わんこが飲みやすいように、プラ容器を両手で押さえている。なんつー優しさ。
わんこはおにぎりを食べ終わるとぴちゃぴちゃとプラ容器から水を飲んだ。
わんこを見る出稼ぎおじさん3人の目はたれーんと幸せそう。
分かる。動物が喜んで飲み食いしてる姿っていいよなー。
水を飲み終わったわんこは、ももしおと同じ目をして、じーっと七輪の上の鰻を見ている。
暗がりでももしおの唇がつやつやと光る。リップやグロスじゃなくヨダレで。そこんところも一緒。
わんこの口にはじゅくじゅくとヨダレが溢れている。
それはムリだろ。
どんなに見つめても鰻を貰えないと悟ったのか、わんこはこっちを向いた。目が合うと、ととととっとオレの隣に来て、しきりにくんくんチェックを始めた。
くんくんくんくん
こいつ、自分を踏んだ犯人を突き止めたのか。
「ごめん。あの時は悪かったって。覚えてるんだろ?」
そう話しかけると、小汚いわんこはオレを見つめてくる。ぼさぼさの毛が体に張り付いて、よりみすぼらしさがアップ。どっから逃げてきたのか。
「ほい」
オレもおにぎりを半分あげた。これであの日のことは水に流してくれ。
オレの手からそっとおにぎりを取って行くところを見ると、大事に飼われていたんだろうなって思わせる。人に慣れていない犬だったら、手を噛むことお構いなしに奪い取るから。
試しに、おすわり、お手、おかわりをしてみたら、全クリ。
「なぁ、お前、帰るとこどーしたんだよ」
もふもふもと体を撫ぜると尻尾をフリフリしてくれた。オレが尻尾か足を踏んだことはチャラにしてくれたと思う。
「宗哲君ってわんこにはモテるよね」
軽くオレをディスるももしお。ほっとけ。
でもさ、女にモテるよりも、わんこにモテる方がいい人っぽくね?
出稼ぎおじさんとねぎまは、アイキスタンと中国の関係について話していた。ねぎまの手にはスマホ。翻訳アプリが起動されていて、中国語と日本語が聴こえてくる。
アイキスタンは北の国境で小国と揉めている。その辺りは何人もの犠牲者を出している危険地帯。
でもって、その小国は中国と政治的に揉めている。
ってことで、中国とアイキスタンにとって小国は共通の敵なんだとか。
「アイキスタンにいたとき、テレビのニュースで見た。国境付近は本当に悲惨」
「ちょっと前、大きな事故があったらしい。アイキスタンの天然ガス田が爆破されて何日も燃え続けたって。アイキスタンの友達がLINEで知らせてくれた」
日本でもちらっとニュースでやってたっけ。あれはアイキスタンの国境付近だったのか。
「30人くらいアイキスタン軍の兵士が死んだ」
そんなに犠牲者がいたって知らなかった。オレは暗い画面で緑や青の炎が揺れていたのを思い出す。
「やったのは、敵国の少年兵。10歳だった」
「え? 10歳?」
オレは聞き直した。翻訳アプリが間違えたのかと思ったから。
「10歳」
間違いじゃなかった。
日本では爆発事故としか報道されていなかった。
「10歳なら銃を持てる。銃を持てれば兵士になれる。兵士になれば飯が食える」
「あっちは貧しい国だからな。国境にそーゆーのが集まってくる」
聞かなきゃよかった。間違いだって思いこんだままの方が心が穏やかだった。
「そいつはあっちじゃ英雄だろうな。銃撃戦で6~7人殺してる。その後に天然ガス田をドカン。全部で30人くらい」
「その子、どうなったんですか?」
捕まって処刑? アイキスタンに少年法ってどうなんだろ。
「天然ガスが爆発したら、もう」
「30人近くが亡くなった中心にいたんだ」
「「……」」
痛ましすぎる。ねぎまも言葉を失っている。
ふんふんふんふんふんふん
オレが神妙な顔をしていたからか、わんこが寄り添ってくる。
慰めようとしてくれてんのか。健気。
心配するなって意味を込めてもふもふしておいた。
話を中国とアイキスタンの関係に戻した。
共通の敵がいるってことから中国はアイキスタン国に支援をした。国境付近にブラックな支援をしたんだろうことは推測しかできない。表立っての支援はアイキスタンを発展させる経済的な手伝い。
支援その1.湾岸工事
支援その2.貿易
支援その3.軍艦の給油所整備
支援その4.土地をレンタル
「土地をレンタルって?」
聞けば、アイキスタンの湾岸の土地を中国がレンタルしてあげているのだとか。中国に借金を返せないアイキスタン国に金銭をあげるための名目で。アイキスタンは中国に多額の借金があるため、中国に湾岸の一等地を占拠されても文句は言えないとらしい。
出稼ぎおじさん達は「中国って優しいだろ?」的に話す。が、ちょっと待った。支援ってそもそも、無償じゃねーの?
聞いていると、計画的に軍事基地を作っているとしか思えない。
軍艦の給油所というのは、ほぼほぼ中国の軍事基地だと出稼ぎおじさん達は言った。
「不景気な中国より、アイキスタンや日本がいい」
中国は不景気なのか。
「アメリカと中国が貿易戦争してるからですか?」
オレは聞いてみた。
「難しいことは分からん。とにかく仕事がない。国の中ではいろんな工事が次々と中止になってる」
「もともと農村部は貧乏。若者は出て行く。でも都会に出ても仕事がない。家族と離れても他の国へ行くしかない。ははははは」
「ははははは」
出稼ぎおじさん達は豪快に笑った。
「なぁ兄ちゃん、姉ちゃん、こんなスゲーもんがバンバン売れてこれに金がかかるんだから、今までの稼ぎのままだったらぁ貧乏になってくに決まってるだろ」
出稼ぎおじさんはねぎまが翻訳アプリを起動しているスマホを指差した。
確かに。
「育った村じゃ、オレが小さいころ、足に合わないボロの靴履いた子供ばっかりだった。遊ぶときは走れないから脱いだ。でもな、今はそんな子供はいない。同じように貧しいはずなのに。人間、一度靴を履いたら、もう裸足には戻れねーんだよ」
「周りが靴履いてちゃな。裸足はムリだ」
「そんなもん。周りがスマホ持って、仕事連絡がスマホに来るなら持つしかない」
「便利だしな」
なんか、悲哀を感じる。
オレ、スマホ持っててすみません的な気分になったじゃん。
働きもしないガキんちょが、結構新し目の機種持ってるんだもんな。出稼ぎおじさん達にとって、オレらは鼻につく存在かも。
かといって、今更ねぎまにスマホを引っ込めさせるのも……。翻訳アプリないと喋れねーじゃん?
自分の心の中でだけ、やや気まずい思いをしていると、高らかな声が聞こえた。
「一緒に行こうよ! ジャンジャン儲けちゃお」
ももしお。
「はははははは。*****」
盛り上がっている方を見れば、ももしおは全く翻訳アプリなんて使っていない。なのに、出稼ぎおじさんと親指を立て合ってる。
「ルーレット? きゃー♡ いい、いい!」
「*****」
「だよねー。『赤の24』とか言っちゃって、バーンとチップ積み上げたいよねー」
「******。******」
「分かる分かるー。こんな感じ?」
「*****。はははははは」
出稼ぎおじさんは体をのけ反らせ、手にトランプを持つゼスチャー。
「かっこいー♡」
「『ロイヤルストレートフラッシュ』****」
「サイコー」
ぱちぱちぱちぱちぱち
ももしおは手を叩いてからの、「よっ社長」と手をひらひらさせる。
なんてスムースな意思疎通。
なんか、翻訳アプリに頼ってる自分が小物に見えてきたし。




