人の行く裏に
常々ももしおに言いたいことがある。
ねぎまとオレの二人っきりのラブラブな時間を邪魔するな。それから、ねぎまの胸に気安く顔を埋めるな。その胸はオレのもんだ! まだ触ったことないけど。
悔しさに両手を握りしめるオレを、勝ち誇ったような顔でちろりーんと眺めるももしお。くそっ。
「じゃ、マイマイ、行こっか」
ももしおは、さっきまでオレと指を繋いでいたねぎまの手を、さりげなく引いてオレから遠ざける。
「ももしお、それ何?」
その磯の香り満載のやつ。
「炉端焼きの材料。出稼ぎおじさんが、よかったらおいでって誘ってくれたんだよ。ね」
「ね」
ももしお×ねぎまは顔を見合わせて首をこてっと傾けた。
おいおいおいおい。もう関わってないって大ウソじゃん。思い切り自分の方から飛び込んでるじゃん。
「聞いてねーし」
そんな話。
オレの不機嫌を察したねぎまが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
あ、それやめて。弱いんだって。その眉をハの字にした上目遣い。
「宗哲クン、わざと黙ってたわけじゃないよ。怒ったの?」
「怒ってない」
あー。オレって簡単だよな。手玉に取られてるよなー。ま、いっか。
「よかったぁ。知らない男の人と話すなんて、宗哲クンはダメって言うかと思っちゃった。でもね、iPhoneを拾ってくれたお礼もしたいよねってシオリンと相談したの」
「話す」なんて表現してるけどさ、「一緒に食事」じゃん?
いや、宗哲、広い心だ!
「お礼はしないとな」
「でしょ? じゃ、行こう、宗哲クンも」
どう考えても、iPhone4Sのお礼に海老、ホタテ、鰻は行き過ぎ。
「ん。持つ、それ」
が、女には従った方が楽。
オレは返事をしながら磯の香り満載のビニール袋を手に取った。
2人が行くのを止められないのなら、一緒に行くしかない。
メンバーがももしお×ねぎまだったので、一応、ミナトにも連絡しておいた。
『どこ?』
ってミナトから返信が来たところで、行先不明。
「あのさ、どこでバーベキューすんの?」
聞いてみた。
ももしおは得意気に右の人差指を左右に動かした。
「ちっちっちっち、ノンノンノーン宗哲君。バーベキューじゃなくて炉端焼き」
知るか。
「で、その炉端焼きはどこですんの? ミナトも来るって」
「工事現場」
ももしおが答えた。大雑把すぎ。カジノリゾート区域は東京ドーム10個分の広さ。せめて会えるような説明をしてほしい。
「じゃ、人形の家の近くの交差点はどお?」
ねぎまが提案してくれた。
『人形の家んとこの交差点』
LINEをミナトに送信。
磯の香りをさせながら電車に乗り、元町の駅からぶらぶら歩く。
人形の家近くの交差点には長身のシルエット。ミナト。
観光客が行き交う中、学生服姿が目立つ。
合流。
宙を通る高速道路を右に見ながら、4人で海の方へ歩いて行く。
数メートル観光地から離れるだけで別世界。歩道の横の道路を大型トラックが何台も、ごうごうと音を立てて通り過ぎていく。
観光客どころか、仕事の関係者以外は誰も通らない道。
港町横浜。
何もなかった場所に横浜の観光地、みなとみらいができたように、今度はカジノリゾートが造られる。
横浜の街は生き物のように時代に合わせて姿を変えていく。
ところで、制服姿の4人はアウエー感がハンパない。
工事の時間が過ぎたとはいえ、埠頭の入り口にある食堂は、おっさん率が高い。
ももしお×ねぎまは落としたスマホをどうやって探した?
だいたい、船から埠頭に入った。更にはドローン操縦の電波が届くほど海から近い位置。そんなところに落としたスマホがどうして見つかったんだろ?
「あのさ、スマホ落としたとこって、ずーっと向こうの方じゃん。こんな広い場所でよく拾った人を見つけたよな」
しかも、拾ってくれたのは日本語が通じない中国人。
「その場所まで行ったもん」
なんてこともなく、ももしおが一言。
は?
「工事してるのに? それとも工事が終わって人が少ない時?」
人が少ない夜だって、これだけのアウエー感があるってのに。
「土曜日のお昼ごろ。普通に歩いて入って行けたよ。うふっ」
ねぎまは悪びれずに答えた。そういえば、お昼ごはんを犬に上げてた話を聞いたっけ。
「ももしおちゃん、ねぎまちゃん、相変わらずスゴイね」
ミナトが呆れている。
「そんなとこでスマホ落とすなんて変じゃん。何しに来たとか聞かれなかったわけ?」
めっちゃ怪しい。
「インスタ映えする場所を探してましたって。ホントに映えポイントいっぱいじゃん」
ももしおは飛び跳ねるように歩きながら、空やブルドーザーや鉄骨だけの建築中の建造物を指差す。
確かに。
関係者以外来ないような場所。女子高生って最強だよな。何やっても笑顔一つで許される気ぃする。
例えばミナトやオレがそんなことをしようもんなら、工事関係者に出てけと言われるだろう。
現在、19時。
日はとっぷりと暮れ、空には星が瞬いている。
工事の時間が終わり、働くおじさん達はほとんどいない。
さすがにももしお×ねぎまも、女2人じゃ来なかったと思う。オレはただの用心棒だったのかも。
「こっちこっちー」
ももしおが小走り。
「シオリン、待って」
ねぎまがももしおを追いかける。
脱力系のミナトは、走らなかった。オレも。見失わなければOK。
二人の後について行くと、醤油を焦がすようないい匂いがしてきた。お、もう始まってるじゃん。
「こんばんはー」
ももしおが七輪を囲むおじさん達3人に挨拶した。
それは埠頭の奥。海の横のだだっ広い場所。地面は駐車場だったときの名残りか、消えかけた線がある。海際には土嚢が置いてあり、その横にはショベルカー。THE 工事現場。
まだ整備されていないから街灯はなし。電線には等間隔の裸電球。
位置的には、ヤツが穴の中に下りて行った建設中のカジノホテルのすぐ傍。
「「「コンバンワ」」」
「「「こんばんは」」」
おいおいおいおい、3人もいるじゃん。
ももしおは、オレに持たせていたビニール袋からホタテやら何やらを出す。
で、日本語でお礼を言った。
「この間は、スマホを拾ってくださってありがとうございました。これ、ほんの気持ちです」
ぺこり
ねぎまと一緒にお辞儀。
通じてるんだろうか。
「ははははは。センキュー」
「******」
「***。アリガトウ」
3人は笑いながら歓迎してくれた。通じてるんだよな?
あれ? 「アリガトウ」って。
「日本語分かりますか?」
「アリガトウ」と言った人に聞いてみた。
すると、親指と人差し指でゼスチャーを交え、「ちょっとだけ」と答えた。
でもって、片言の英語も分かるらしく、英語で会話できた。そういえば、日本に来る前にアイキスタンで仕事してたって、ももしおから聞いたっけ。
「中国語の方は、漢字で通じるかも」
とミナトは言ったが、筆談するのは意外と面倒。机がない。更に、暗い。飲み食いには不自由しないが、文字は見にくい。
こんな場所で炉端焼きか。裸電球がいい味出してる。
埠頭の付け根辺りには山下公園、老舗ホテル、マリンタワー。並木道が絵になる表通りの裏で炉端焼きをしてるなんて、山下公園のカップルは夢にも思わないだろう。
七輪の上では、おにぎり3つにこんがりと焼き色がついている。旨そ。
ももしおが七輪に顔を近づけて、ヨダレを垂らす。
見るに見かねた出稼ぎおじさんが、おにぎりを1個、ももしおにあげた。
「ありがとう! おじさん」
素直に喜んでるけどさ、それ、1日働いたおじさんの夕ご飯じゃねーの?
地面にはワンカップが置いてあって、それで一杯やりながらの夕食っぽい。
3人はおにぎりの次に、ももしお×ねぎまの持って来たホタテとエビを七輪の網も上に載せた。
スマホを拾ってくれたお礼がしたいってだけなら、食材を渡して帰ればいい。第一、日本語が通じないんだから。
それでも一緒に食事をしたいってのなら、ももしおが出稼ぎおじさん達の分まで食べないように、全力で止めるしかない。
オレはももしおに「食うな!」と目から光線を出してみた。
全く効かない。
ももしおの意識は七輪の上に集中している。
「シオリン、海鮮丼食べてきたって言ってたじゃん」
ねぎまがももしおに釘を刺す。
あれ? ミナト、どこ行った? トイレ?
ミナトの姿がない。
と思ったら、息を切らしながら走って来た。
どさっ
ミナトが持って来たのはビニール袋いっぱいのおにぎり、チーズ、ソーセージ&ドリンク。工事の入り口にあった売店で買ってくれたのか。
なんて気が利く。いつもは脱力系なのに。
「ももしおちゃん、人のを取っちゃダメだよ」
神対応。
「やったー♪ ミナト君、ありがと」
喜んだももしおは、さっそくソーセージに手を伸ばす。おい、お前はもう、おにぎり食っただろ。まず出稼ぎおじさん達に勧めろ。
「みなさんもどーぞ。オレらも飯まだじゃん。食おうぜ」
ジェントルマン、ミナト見参。
飲み食いしながら、どこでどうやってiPhone4Sを見つけたのか聞いてみた。
英語と日本語とジェスチャーで。
まず、スマホは建設中の建物のコンクリートの木枠の中から見つかった。
コンクリートを流し込もうとしたら、光るものが底にあったらしい。
でもって、iPhoneではなくiPodだと思われていた。iPhone4Sは小さい。
持ち主がいなかったので、工事現場の人が、通りかかった出稼ぎおじさんにくれた。
えー。もうちょっと持ち主探そうって。土曜日に見つけて土曜日の昼には他の人にあげるって、持ち主探す気、全くねーじゃん。
ももしお×ねぎまはお昼休みに工事現場を訪れ、人に聞き、出稼ぎおじさんに辿り着いた。
「黄緑色のTシャツの人って言われたから、すぐ見つけられたよ」
とねぎま。今は上着を羽織っているから分からないが、出稼ぎおじさん達の会社では、黄緑色のTシャツを支給してくれるのだそうな。なんて目立つ。




