ステーップ ステーップ くるりんパ
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ももしおが喜んでいる。
昼休み。オレは友達が待つ学食に行くところ。
午後の体育で友達に貸す靴を取りに行ったから遅くなった。忘れたヤツに貸す立場なのに、パシラされた感が否めない。
で、学校内の辺境の地、男子部室棟から学食への人気のない獣道を走っていたときだった。
ももしおはそんな場所をアホみたいにステップをしながら進んでいる。途中、バレリーナみたいな1回転付き。
きっといつものように、どこかで授業をサボっていたんだろう。
喜んでいるところに水を差してはいけない。つーか、なんとなく関わりたくない。
オレは気づかないふりをして通り過ぎようと思った。
が。
ももしおは小走りのオレのところに瞬間移動して、オレの周りを回りだした。
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カマって欲しいのか。
しょうがない。嫌だけど。
「ももしお、どーした?」
「聞いて聞いて、宗哲君!」
ももしおがぱーっと笑顔全開でオレの前に顔を突き出す。なんか、話が長くなりそ。
「何?」
「素晴らしい企業を見つけちゃったの! 実質の年成長率が30%以上。利益率が高いの。低PERでまだまだ安値。一生懸命スクリーニングしたときには見つけられなくって。だってね、合併して新しい会社になってたから成長率が出てこなかったの」
やっぱ株の話。
「……」
このやろ。オレの眉間の縦皺に気づけ。
「債券市場が過熱して資金が株式市場から流れちゃってたけど、探せばあるんだねー。でもってね、ラッキーなことに、その銘柄が雑誌で『注目銘柄』として取り上げられたの! 株のカリスマブロガーと同じものに目をつけるなんて、私ってやっぱ天才♪ 今日も噴いちゃった。4日連続ストップ高。イッエーイ!」
オレの無知無関心をものともせず、ももしおは異国語を喋り続けた。
儲かっているらしい。たぶん。
「へー。よかったじゃん」
何か分からんけど。
「もうもうもう、中国からの出稼ぎおじさんに感謝だよー。謝謝」
ん?
「中国からの出稼ぎおじさんって?」
「んーっと、工事してた人。いい企業を教えてくれたの。中国での仕事がなくなって来たんだってー。なんかね、日本に来る前はアイキスタンでお仕事してたって言ってたんだー。かっこいいよねー。体一つで国の家族のために稼ぐ。漢だよねー。求められればどこへでも。仕事がオレを呼んでいる。湾岸工事に海鮮丼。海の漢は風に乗る」
訳分からん。
「出稼ぎに来ただけなのに、日本語覚えたのか。えらいおじさんだよな」
「ううん。翻訳アプリ」
いつの間に。先日、イケメン講師と上官の英語が分からなかったから翻訳アプリをダウンロードしたのかも。
「で、その知らないおじさんに儲け話教えてもらったって? 怪しすぎだろ」
「いい人だよ。だって、スマホ拾って返してくれたんだもん。悪い人だったら白ロムにして売っちゃうじゃん。ま、iPhone4Sなんて古くて安いけど」
ちょっと待った。
「iPhone4Sってさ、それ、ドローンにくっつけてて落としたやつじゃね?」
オレの言葉に、ももしおはハッとした。
幻のうさぎの耳がぴんと立っているのが見える。目と口はまん丸。
「じゃねっ」
クルっとオレに背を向けるももしお。
逃がすか。
「待て待て待てぇい」
オレはももしおの小さな頭をバスケットボールのように片手で押さえた。
「うふっ」
ももしおは、小首をかしげて目を垂らす。
「ねぎまのマネしてもダメだし。ドローンから落としたスマホ、取りに行ったって?」
諦めたんじゃなかったのかよ。
「あ、えーっと。この件に関しましては、ワタクシの一存で申し上げることはできないわけで」
ももしおはねぎまに口止めされたらしい。
ふー。
ももしお×ねぎまが素直に引き下がるわけなかった。オレが甘かった。
船からドローンを飛ばした日、2人はそそくさと部活に行った。あの時もう、ねぎまはスマホを取りに行くことを決めてたのか。
でも、もう落とした物は戻って来たわけだし、これ以上関わらないのならばそれでいい。
保護者面してねぎまに怒ったところでウザがられるだけ。
「今も関わってる? その出稼ぎおじさんと」
質問にももしおは、オレの手に押さえつけられた頭を小さく横に振った。更に敬礼。
「ないであります!」
「あっそ」
オレが手を離すと、ももしおは目をぎゅっと瞑って犬みたいにぷるぷるした。
「いい人だったよー。わんこにご飯分けてあげてたし。でっかいわんこがね、お昼になると工事現場に来てみんなからご飯貰ってるんだって。でね、連絡された保健所の人が来ると、どこかに姿消してるって。出稼ぎおじさんが見つからないように追いはらうって言ってた。やさしー」
ま、保健所に連れていかれたら、殺処分かもしれないもんな。
でもさ、飼い主見つかるかもしんねーじゃん。野良犬が野放しでいいのか?
「確かに優しいっちゃ優しいのかも」
オレはとっとと飯を食いたい。オレの腹に優しくしてくれ。
「ホントにいい人、出稼ぎおじさん。膨大な通信量を飛ばすための装置を作ってる企業を何気に教えてくれたし。アイキスタンで中国の軍事基地作ってたときもその企業の車が停まってたんだって。調べたら、ナント! 日本と中国の合弁会社。すごくない? これからの5G時代に中国大陸を席巻するんだよ? 安くて品質がいいなら、世界中。謝謝。電柱や電線持ってる大企業だけが通信会社じゃないってこと。人の行く裏に道あり花の道だよ。もうもうもう、すっごいお花。咲き乱れて狂い咲き」
ももしおは儲け話にしか興味がないだろうが、オレは別のところに引っかかった。
「アイキスタンに中国の軍事基地?」
中国って外国に軍事基地造ってるのか。
「うん。中国とアイキスタン仲良しみたい。これから拡張工事するから、そっちに行くって言ってた。出来上がったら、東洋1の基地になるって喜んでたよ」
おいおいおいおい。何気にすっげー恐いこと言ってね?
中国とアメリカってのは、今や世界の2トップ。アメリカの軍事基地が沖縄やらなんやらにあるってのに。海隔ててバッチバチになるってことじゃん。オレは平和主義。学校生活以前に、世界平和第一。
「へー」
中国人にとっちゃ、誇らしいことなんだろーな。東洋No.1って。
「マイマイは通信機器作ってる企業には興味なくって、軍事基地のこと聞いてたよ。やっぱマイマイだって好きなんだよー。筋肉系。ふっふーん。宗哲君、ざんねーん。出稼ぎおじさん、マイマイの胸ばっか見て、嬉しそうにいっぱい喋ってたよ。腕毛が決め手かなー」
黙れ。
「腕毛。あったのかよ。その出稼ぎのおっさんに」
「うん」
くっそー。
ももしおは再びステップしながら行ってしまった。
ステーップ ステーップ くるりんパ が遠のいていく。
ねぎまって、なんで軍事基地のことなんて聞いたんだろ。普通、出稼ぎおじさんとの会話って、家族の話が定番じゃん。
これは本人に聞く?
ってことで、部活が終わったねぎまと一緒に帰ることにした。
家まで送ったらさ、またキスされちゃうんじゃね?
それもいいけど、やっぱ公園でゆっくりと。
確か、あの公園って道路からはベンチが見えないんだよな。長いキスもし放題。
いや。目的はあくまでも、なんで軍事基地なんかの話に興味があるのかってこと。
校門付近の巨大モニュメントにもたれて待っていると、小さく手を振る愛しいカノジョが視界に入った。やっぱ、めっちゃ綺麗。オレって果報者。
「宗哲クン、お待たせ」
甘い声が耳をくすぐる。
「今来たとこ」
結構待ったけど。女って部活の後、髪とか汗とかイロイロするらしい。
ねぎまからはいい匂い。くんくん。あ、これ、リップの匂い。塗り直したばっか。よし! きっと期待してるんだな。今日はオレの方からキスするから。
「シオリンに謝られちゃった」
とねぎま。
「謝られたって?」
「今日、宗哲クン、お昼にシオリンに会ったんでしょ? その時にスマホを取りに行ったことがバレちゃったって」
「あー。聞いた。iPhone4S戻って来てよかったじゃん」
ここは広い心を見せないと。オレは海のようにデカい器の持ち主。のふり。
「言わなくてごめんなさい。心配させたくなくって」
ねぎまが眉をハの字にして、情けない顔をする。上目遣いが可愛すぎ。
「分かってる」
広い心広い心。こんな風に先回りされたら何も言えねーじゃん。言うつもりもなかったけどさ。
「よかった。じゃ、行こ。宗哲クン」
おおー。ねぎまの方から指を繋いでくれた。なにこれ。かわいー。
どきどきどきどきどきどきどきどき
指を繋ぐってのが、なんか控えめで萌える。ここは男らしく、恋人繋ぎいっとく?
斜め前を歩くねぎまに指を引かれるオレ。よし! しっかり手を握……
「マッイマーイ」
神出鬼没のこの声は。
「シオリン、はっやーい」
ぽふっ
ももしおがねぎまの胸にダイブする。ふくよかなねぎまの胸が、ももしおの顔で形を変える。
「いろいろ買ってきちゃったー。海老でしょー、ホタテでしょー、スルメでしょー、鰻でしょー」
ももしおからは磯の香り。
ねぎまの胸の顔を埋めるももしおは、大きなビニール袋をぶら下げている。
「すっごーい、シオリン」
ももしお×ねぎまはオレを置き去りにして二人の世界。
今度は何しようとしてるんだろ。この二人。




