五話 予兆
インゲル・ベーカリーを後にしたアタミと燈燕は商業通りを抜けて営内のとある一画を目指していた。先程までの区画は商店街といった雰囲気で活気に溢れていたが、目的地へ近づくごとに喧騒は遠ざかり、どこか厳かな雰囲気が漂い始める。
人々の往来は目に見えて減り、時折すれ違う人は皆一様に六花連盟の制服を身に着けていた。この道を辿るたびに自然と身が引き締まる。
無言のまま歩みを進めると、程なくして壮麗な建築群が現れた。ディティールに至るまで精緻な装飾が施された外装は悠久の歴史を思わせ、それを証明するかのように六花の紋章が掲げられている。
並び立つ施設の間を縫うように進み、五分ほどしてようやく目的の衛生棟に到着した。フロントで受付を済ませて階段を上り、リノリウムの廊下を進んだ先にある『医療科学研究室』と書かれた扉のドアホンを押す。そのまま待機していると返事の代わりにロックの開錠音が聞こえた。
扉をスライドさせて中を覗くと、デスクの上に山積みにされた資料や用途の分からない研究器具の奥で、掲げられた小さな手がひらひらと手招きしているのが見えた。無遠慮に部屋へ這入っていく燈燕の後ろを「失礼します」と一声掛けてからアタミも追いかける。
「どーもー、美禄姐さん。アタミ連れて来ましたよ」
手の下に近づいて声をかけると、デスクに向かっていた小さな人影が椅子を回して二人を振り返った。
「よう来てくれた二人とも。こんなところまでわざわざ悪かったのう」
そう言って顔を上げたのは、黒の長髪にシンプルな眼鏡を掛けた小柄な女性だった。
玉のような肌や変声期を迎えていないソプラノボイスは幼女とまではいかずとも、大人の女というよりは少女を思わせるものだ。
身長は百三十センチメートル程だろうか。連盟の制服の上からトリプルSサイズの白衣を着用しているが、それでも袖の部分が余っている。
「お疲れ様です、犬江室長」
アタミが会釈すると、少女は一度頷きながら眉間を揉んだ。
今でこそ慣れてしまったが、改めて考えるとやはり異様な光景だとアタミは内心で思う。初見でこの年端も行かぬような少女が安房分室の室長である犬江・美禄その人であると言われて、素直に受け入れられる人がどれほどいるだろうか。
少なくともアタミの場合には多少の紆余曲折あったことだけは確かである。とは言え現在ではこの人物が上官であり尊敬に値する人物であることは疑いようもない事実なので、アタミは改めて襟を正しつつ小脇に抱えた紙袋を差し出す。
「どうぞ、ご注文の品です。今日はフルーツサンドとカレーパンですよ」
「おお、待っておったぞ。実は昨晩からカンヅメで飯を食う暇も無くてのう――」
差し出された紙袋を受け取った美禄はまさに徹夜モードといった様子で前髪を雑に縛り上げており、よく見れば眼鏡の奥に浅い隈を浮かべている。
「――っとその前に、アタミ」
美禄は紙袋を開けようとした手を止めると、手招きで対面の椅子を勧めてくる。言われた通りに座り、差し出された美禄の手に腕を乗せると、手首に白魚のような指が添えられた。
「脈拍は良好――」
美禄はそう呟いて指を離すと、続けてアタミの額に手を当てて目を伏せた。彼も同じ様に瞼を伏せて意識を集中すると、美禄の掌から漣のように伝うものがある。
漣の正体は聖霊の声とも呼ばれる現象――〝劫波〟だ。
模倣と呼ばれる行為が「伝達・記憶・実現」の三つのプロセスによって成されるように、摸倣の特性を有する聖霊もこれらのプロセスを司る機能をそれぞれ有している。
その中でも伝達を司るものが――この劫波だ。
劫波は聖霊の活動に伴って観測されるカスケード状の共鳴励起現象であり、波長にコードされた情報をもって行われる聖霊同士のシグナル伝達行動である。
人が声を以って情報をやり取りするように、聖霊もまた劫波によってシグナル伝達機構を構築しており、劫波が聖霊の声と比喩される理由はここにある。
「――うむ、劫波も安定しておるようじゃな」
仄かな熱を帯びた掌が額から離されると、美禄は満足げにそう言いながら改めて紙袋に手を伸ばした。
劫波はその性質上、聖霊の活性率を測るための媒体として多くの分野で重要視されており、それは美禄が専門とする医療科学においても例外ではない。劫波の正確な測定にはそれなりに大掛かりな機材を要するが、大雑把であればこのように生身でも測ることが可能だ。
「体の調子はどうじゃ?」
「問題ありません。おかげさまで眼の調子も安定しています」
アタミはそう言いながら右の瞼を軽く押さえて見せる。
「そうか、それはなによりじゃ。この調子なら次の検査も問題ないじゃろう」
美禄は満足そうに頷いて紙袋から取り出したカレーパンへ豪快に齧り付くと、
「お主も大概、難儀な体質じゃのう……まあ、人のことは言えんが」
ハムスターのようにもごもごと租借しながらそう言った。
小動物のような美禄の様子に和んでいると、痺れを切らした燈燕がアタミの両肩へ手を突いて頭部越しに抗議の声を上げた。
「それより姐さん、そろそろ本題に入って下さいよ。呼び出したのはアタミの様子を見るためじゃないでしょ? 私、朝ごはん食べてないからもうお腹ペコペコなんですよ」
上官に対する不適切な物言いにアタミは苦笑いを浮かべるが、燈燕に対する自分も同じようなものなので苦言を呈するのは筋違いだろうと口を噤む。美禄も一々咎めたりしない辺り、二人の長い付き合いが窺える。双方の性格が大らかというのもあるのだろうが。
「まあ、そう急かすでない。それより、お主らも今のうちに食べておいたほうがいいぞ。午後は忙しくなるからの」
美禄はそう言うと、冷めたコーヒーを一口啜った。
「あ、いいんですか? それじゃあ遠慮なく」
言うが否や近くにあった椅子へ腰掛けると、燈燕は紙袋を破かんばかりの勢いで開封し始めた。そんな燈燕を尻目にアタミは素朴な疑問を美禄へ投げかける。
「ここって飲食可なんですか?」
仮にも研究室と銘打たれた場所で飲食はどうなのだろうと思いつつそう言うと、美禄はもごもごと租借しながら周囲を見回した後、ごくりと飲み込んでから口を開いた。
「ま、特殊な機材も薬品もないから大丈夫じゃろう。ワシは何度もここで食べているが注意されたことは無いしのう」
「は、はあ……それじゃあ自分も」
微妙に適当だなと思いつつ、アタミも自分の昼食へ手を伸ばす。
カレーパンを食べ終えた美禄は満を持してといった様子でフルーツサンドへ手を伸ばし、今度は控えめに一口齧った。目を伏せて最大限に味わいながら租借をして飲み込むと、恍惚とした表情で「ほぅ」と小さく息を吐いた。
「いくら忙しくとも、やはり食事は大切じゃのう。どんな良薬にも優る命の源じゃ」
「室長ってだけでも大変なのに衛生部の技術顧問まで兼任してたら、そりゃそうなりますって。姐さんもイイ年なんだからあまり無茶すると身が持ちませんよ」
カツサンドを片手に燈燕が呆れ半分心配半分といった様子でそう言った。
「薬学に関わっていないと妙に落ち着かなくてのう。職業病というヤツじゃろうか」
「どっちかっていうと医者の不養生ですかね」
「耳が痛いのう……」
美禄は苦笑いを浮かべてそう言った。名残惜しそうにフルーツサンドの最後の一口を嚥下し、デスクに置かれていたウェットティッシュで手を拭くと、
「それでは、そろそろ本題に入るかのう。お主らはそのままで構わんぞ」
そう言ってデスクの引き出しから数枚の書類を取り出した。
「とりあえずこれを見てくれ。およそ一時間前に上総で観測された劫波情報じゃ」
差し出されたの四枚の資料を手に取り、順番に視線を落としていく。
観測装置の識別番号はそれぞれK9-6o1、K9-6o2、K9-6o4、K9-6o5と、K9-6o3を飛ばした連番になっている。しかし劫波を表すグラフはなだらかな波形を描いており、他にはいくつかの補足情報が載せられているだけで、特に変わったところは見受けられない。
「これが、どうかされましたか?」
不思議がっていると、追加でもう一枚の資料が差し出される。
「それがのう、こっちを見てくれ」
アタミがそれを受け取ろうとした瞬間、資料を持った美禄の手が引っ込められる。
「……むせるなよ?」
眉をひそめてそう前置きすると、改めて資料が差し出された。
怪訝に思いながら受け取った紙上へ目を落とした瞬間、アタミの背筋に悪寒が走った。その背後で燈燕の呼吸が止まり、氷のような殺気が背中越しに伝わる。
差し出された資料は、先程抜け落ちていたK9-6o3によって観測された劫波情報だ。しかしそこに記されたグラフは先程までのものとは打って変わって、大波のように乱れた波形を作っている。劫波の異常は聖霊の異常を示すものであり、聖霊の異常は即ち――聖霊災害の萌芽である。
「これは――ッ!?」
椅子から身を乗り出したアタミを、しかし美禄は落ち着いた様子で宥める。
「これこれ慌てるでない。散々前振りしたじゃろうが」
「でも――」
なおも食い下がろうとするアタミの頭上に背後から手刀が振り下ろされた。
「痛ぇ!」
「落ち着きなさい、アタミ。ほら、コレコレ」
燈燕が背中越しに指し示したのは美禄が最初に提示した四枚の資料だ。アタミが振り返ると燈燕は何食わぬ顔でカツサンドを咥えており、氷のような殺気はいつの間にか身を潜めていた。
そんな燈燕の様子に毒気を抜かれてか、アタミもいくらか冷静を取り戻すことができた。そのおかげか、資料を見るまでも無く違和感に気付いた。
劫波は基本的に同心円状に拡散する性質を持つ。これほど巨大な劫波であれば、少なからず付近の観測機まで波及するはずだ。しかし最初に見た四箇所の劫波に異常は見られなかった。
「まったく。お主らは霊災と聞くとすぐこれじゃ」
美禄は呆れた表情で手元の資料を叩く。
「犬江室長、これってどういう……」
美禄は浅く腕を組みながら口を開く。
「そうじゃな、考えられる原因は四つ――周辺の観測機が同時に故障。K9-6o3が故障。極めて局地的な劫波。最後は……まあ、今は置いておこうかの」
そこで細長い指を四本立てると、それをひとつずつ折りながら言葉を続けていく。
「一つ目の可能性じゃが……まあ、これは論外じゃろうな。そもそも観測機の誤報なぞそれだけでも大問題なのに、ましてや五つ同時などあり得ん」
聖霊の活性化をいち早く察知することができる劫波の存在は、防災における生命線といっても過言ではない。連盟においても聖霊研究計画局の観測室が二十四時間体制でその動向を追っており、言うまでもなく観測機の整備は毎日行われている。
「そして二つ目……単純な可能性で言えば、これが一番高いじゃろうな」
「そもそも観測機の故障なんてあり得るんですか?」
素朴な疑問を問いかけると、美禄は二本の指を立てたまま腕を組んで目を伏せた。
「如何に精度の高い機材とは言え、所詮は人の手で作られたものじゃ。どうしてもヒューマンエラーは起こり得る。じゃが今追求すべき点はそこではない」
そう言うと、指をさらに折り畳みながら言葉を続ける。
「そして三つ目……これも可能性は極めて低いと言えるじゃろう。そもそもこの劫波を実際に感知したという報告がひとつも上がってきておらんしのう。無論、劫波が観測されて間もなく小規模な調査隊が派遣されたが、こちらも成果は挙げられなかったそうじゃ」
美禄は残された一本の指を折り畳まずにそのままこめかみに当てると、椅子をくるりと四半回転させてデスクへ向かった。
「現在進行形で情報の精査が行われているが、続報がないところを見るに、今のところ原因は不明らしいのう」
資料の山の中に置かれた端末を一瞥しながらそう言うと、美禄はさらに椅子を回してこちらへ向き直りながら言葉を続ける。
「以上のことから劫波が実際に発生した可能性は限りなく低いと結論付けられたそうじゃ。いくつかの地域に発令されていた避難勧告も今は解除されておる」
「解除されたんですか? 原因もまだ分かっていないのに?」
事態を鑑みれば区域ごと閉鎖されていても不思議ではない。いくら可能性が低いとは言え、この短時間で避難勧告を解除してしまうのは早計ではないかと危惧する。
「場所が場所じゃからのう……そう簡単にはいかんのじゃ」
アタミが端末を取り出して識別番号を打ち込むと、観測機の詳細な情報が提示される。
「K9-6o3の設置場所は……なるほど、養老渓谷ですか」
「察しの通り、養老渓谷には安房・上総間の関所がある。流通の要である関所を無闇に閉じれば各所への被害は計り知れんからのう」
理屈は分かれども、隔靴掻痒の感は拭いきれない。もどかしげなアタミの様子を見ると、美禄は満を持してといった様子で一枚の資料を差し出した。
「とは言え安全の確証が無い以上、こちらとしても放置する訳にはゆかん――そこで緊急会議の結果、第二次調査隊が派遣されることになった。今回は範囲を広げた比較的大規模な調査じゃ。当然、隊員の頭数も必要になるということで、安房分室にも応援が要請された訳じゃが――」
美禄はそこで句切ると、無言のまま意味ありげな視線を二人へ向けた。当の二人も話の流れから言わんとすることは察することができたらしく、身を乗り出すように言葉を続ける。
「もしかして――」
「うむ。調査隊の一員として、お主らを推薦しておいた」
その言葉にアタミは不安げな表情を浮かべながら口を開く。
「大丈夫なんですか? こんな新米情報官で」
アタミが今までこなしてきたサーベイランスやフィールドワークは少人数で行う簡単なものが大半であり、大規模調査に参加したことはない。
「広域調査に有効なのは人海戦術――早急に必要とされておるのは質より量なのじゃよ。それに劫波関係の調査ならば、お主の眼が役に立つかもしれんじゃろう?」
その言葉にアタミは再び右眼を押さえながら思考する。確かにこの眼を使えば、不足している経験を補うことが可能かもしれない。それに士官として貢献できるまたとない機会だ。そう考えれば自ずと答えは決まっていた。
確かめるように燈燕へ視線を投げかけると、彼女はアタミの考えを全て見透かしたように無言のまま口角を吊り上げて頷いた。そんな様子に薄く笑みを返すと、アタミは改めて美禄へ向き直りつつ言葉を作る。
「是非、参加させていただきます」
「うむ」
美禄は満足そうに頷くと、自分の端末に手を伸ばした。しかしそこでアタミはひとつの懸念に思い当たり、小さく声を漏らす。手を止めてこちらへ視線を戻した美禄へ慌てて言葉を付け加える。
「そう言えば今はアート――部隊担当監察官が居ませんが」
「む、そうなのか?」
眉をひそめる美禄に頷きを返す。燈燕も今思い出したらしく、背後から空気の漏れるような声が聞こえてきた。
「アートは今朝から〝譚器〟の受け取りで上総の開発室へ出向いています。俺たちも本来は上総で合流してから調査へ向かう予定でしたから」
「おお、そうかそうか。あの子もついに〝術師〟か」
美禄はそう言うと、遠い目をしながらしみじみと言葉を続ける。
「時が経つのは早いものじゃ……お主らに初めて会ったときなぞ、まだ豆粒のような幼子だったのにのう……」
「年寄りくさいですよ、美禄姐さん」
「寄る年波には勝てないものじゃ、尻の青い小娘には分からんだろうがの」
美禄はそう言って一笑に付すと、アタミへ視線を戻した。
「それで、アタミ。アートのと合流は何時になる?」
「一応、三時頃を予定していました」
「うむう……それでは間に合わんのう。監察官が居ないとなれば保証書が要るか」
美禄は「少し待っておれ」と言うと、手早く端末を操作し始めた。その片手間に「そう言えばと」前置きをすると、
「第二次調査隊の指揮は秋霖の奴が担当するそうじゃ」
そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべながら燈燕へ横目を向けた。
「げっ……」
その言葉に燈燕は苦虫を噛み潰したような顔で固まった。燈燕の反応はともかく、アタミも少なからず衝撃を覚える。
――犬塚・秋霖。
日本支部に所属する士官ならば知らぬ者はいないであろう、第三次国府台合戦の英雄――里見八犬士の一人だ。
第三次国府台合戦とは、今から十二年前に下総の国府台を中心として行われた大規模な鎮静化作戦だ。この作戦は閉鎖区域に指定されていた下総の開放を目的としており、そしてこの作戦を勝利に導いたのが、特務部隊「里見八犬士」だった。
里見八犬士は、武家の名門〝里見家〟の七代目当主である里見・袖露を中心として編制された特務部隊だ。
第三次国府台合戦において目覚しい功績を上げた里見八犬士の九名には褒章が与えられることとなり、里見袖露には理事会による「参謀総長」及び「騎士」への推薦が、そして八名の隊員には「八犬士」に対応する称号がそれぞれ授与された。
犬塚秋霖は後の怪我が原因で前線を退いたとは言え、現在も第一特務部隊「白驟雨」の隊長として様々な作戦に貢献している。日本支部の統合指揮を司る参謀本部の直轄にある第一特務部隊――その隊長である犬塚秋霖はまさしく参謀総長の右腕だ。
「それは……ずいぶん大御所が出てきましたね」
「まあ、参謀本部もそれ程には警戒しておるということじゃ」
不特定多数の人間を纏め上げる指導者には相応の実力が求められるものだ。今回のように急ごしらえの大部隊だからこそ、有能な人物が指揮を執るべきということなのだろう。
「参考までにお聞きしたのですが、犬塚隊長ってどんな御方なんですか?」
「どんな奴かと聞かれても……のう?」
美禄は腕を組んで小さく唸ると、燈燕と顔を見合わせながらそう言った。話を振られた燈燕は頤に手を当てて短く思案した後に、
「……親バカ?」
と真面目な顔でとんでもないことを口走った。
「ああ……確かにそのきらいはあるな」
美禄も何故か妙に納得した様子で頷いている。
「いやあの……参考にならないです……」
燈燕はともかく普段は頼りになる美禄にまでよく分からない反応をされて、こみ上げる不安にアタミが肩を落としていると、
「何じゃ、アタミ。お主にとって八犬士なぞ、そう珍しいものでもないじゃろう」
美禄は不可解な面持ちでそう言った。それもそのはず、斯く言う彼女、犬江美禄――本名は確か五條天・美禄だったはず――も八犬士の一人なのだから。
「そういう問題ではありませんよ」
「まあ安心せい。筋金入りの堅物じゃが、悪い奴ではないからのう。お主にとっても良い経験になるはずじゃ。胸を借りるつもりで行ってくればよい」
「そう……ですね。勉強させて頂きます」
「うむ。そして燈燕、お主も久しぶりに活を入れてもらうことじゃな」
「うぐっ……」
その言葉に燈燕は露骨に嫌そうな顔をする。
「先生は何でそんなに犬塚隊長のことが苦手なんだ? 師匠だったんだろ?」
「いやあ何と言うか、あの人と私って色んなところが正反対なのよね。反りが合わないって訳じゃないんだけど、中々どうして難しいもんなのよ」
「ワシから見れば良い師弟関係じゃったがのう」
燈燕の様子に美禄は楽しげな笑みを浮かべながらそう言った。
「勘弁してくださいよ……」
げんなりとする燈燕を尻目に美禄は端末の操作を終えると、
「うむ、手続き完了じゃ。それではさっそく準備をして関所へ向かってくれ」
そう言って椅子ごとこちらへ向き直りながら言葉を続けた。
「二人とも、しっかりやるのじゃぞ。アタミ、そこのお転婆が暴走せんように、ちゃんと手綱を取っておいてくれ」