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十四話 出会い

 

 上総へ到着すると、程なくして先生から拠点が見つかったとの報告が入った。閉鎖区域を中心とする一定の範囲には避難命令が発令されているが、その範囲外ギリギリの位置で営業している宿屋があり、そこの宿帳に戍孝の名前があったとのことだった。宿屋の女将さんの話によると、戍孝は昨日の早朝に出かけたきり戻っていないらしい。

 そこで自分たちは二手に分かれると、自分とアートはそのまま養老渓谷へ向かい、シオンとドロシーは宿屋へ向かって手がかりを探すことにした。

 養老渓谷へ続く街道を走り抜けていると、石畳を蹴る足音を掻き消すように着信音が鳴り響いた。足を止めてアートと視線を交わすと、スピーカーモードに切り替えながら通話に出る。

「シオン、何か分かったか?」

「ああ。部屋を調べさせてもらったところ、机の上に残された養老渓谷の地図に複数の円が書き込まれていたのを見つけた」

 その言葉に息を呑む。先生の予測はどうやら当たっていたらしい。これは最悪の事態を覚悟しておく必要があるかもしれない。

「ドロシーがインクを解析した結果、複数回に分けて書かれたものだと判明した。女将さんの証言と合わせて推察するに、どうやら対象は養老渓谷と宿屋を往復していたようだね。そしてこの円は恐らく行動範囲――これを参考にすればある程度は捜索範囲を絞れる筈だが、それを加味しても二人で捜索するにはあまりに広大だぞ」

 自分が養老渓谷を調査したときも同じようにしていたことを思い出す。

「だったら、最後に書かれた円に限定するっていうのはどうだ?」

「特定することは難しくないが、それが既に行った後のものだったら無駄足になるよ?」

 その言葉に逡巡していると、アートが横から口を開いた。

「シオン、次の範囲を予測することは可能か?」

「……ああ、円の推移にはある程度のパターンが見られる。どうやら闇雲に歩き回っている訳ではないらしいね」

「ならばこちらも二手に分かれよう。最新の円と、次に書かれるであろう円に分かれて捜索するんだ」

「……悩んでる時間はねぇな。シオン、頼めるか?」

「すぐに取り掛かろう」

 その言葉を残してシオンの声が消えると同時に、通信機から別の声が響いてきた。

「アタミ、アート。話は聞いたわ」

 それは先生の声だった。

「こっちも参謀本部と話を付けてきたわよ。円卓の意志の下、あなたたち二人の閉鎖区域における調査を許可する――ただし、一時間が限度よ」

「たった一時間!?」

 思わず声を上げると、先生は至って冷静に言葉を作る。

「……アタミ、今回の捜索における最悪の事態はなんだと思う?」

「それは……対象が既に死亡していることだろ」

 僅かな逡巡の後にそう告げると、先生は間髪を入れず言葉を返した。

「違うわ――二次災害を引き起こすことよ」

 二次災害とは災害に派生して起こる災害のことだ。その種類は多岐に渡り、例えば地震後の火災や豪雨後の土砂崩れ、そして捜索救難中の部隊に発生する被害などが存在する。

「対象が閉鎖区域へ向かってから既に丸一日が経過しているわ。残酷なようだけど、私たちは対象が既に死亡している場合も考慮して動かなければならない。だからこそできる限り早い段階で判断を……見切りをつける必要があるの。そのためのタイムリミットよ」

 先生は一息にそう言い切ると、こちらへ言い聞かせるように言葉を続ける。

「無事に生還すること――それがあなたたちに与えられた最低限の責務よ」

 熱くなったこちらの頭を冷ますような、正鵠を射る一言だった。厳しい物言いだが、しかし先生は諦めろと言っているのではない。現実の不条理を理解した上で、それでも人事を尽くしてみせろと言っているのだ。

 目を伏せて深く息を吸い込むと、己へ言い聞かせるように言葉を作る。

「ああ、分かった」

 通話を切ると、程なくしてシオンから養老渓谷の地図が送られてきた。地図には二つの円が記されており、短い話し合いの結果、最新の円をアートが、そして予測された円を自分が調べることになった。

 二手に分かれて別々のルートから養老渓谷へ突入すると、鬱蒼とした森林を走り抜けながら右眼へ意識を集中させる。周囲に散見される無数の劫波をひとつひとつ識別しながら、それでいて顕霊との交戦を避けるように進んでいく。

 迫る刻限に逸る気持ちを抑えようと深呼吸を繰り返すが、あの日救えなかった名も知らぬ女性や犬塚隊長の顔が脳裏を過ぎる度に胃がキリキリと痛む。

 それでも祈るように捜索を続けていると、遠方に密集した複数の劫波を感知した。不規則に折り重なる三角波のような劫波パターンは――誰かが交戦している証左だ。

 息を呑んだ次の瞬間には走り出していた。劫波を辿りながら木々を掻き分けるように突き進んでいくと、程なくして唐突に視界が開けた。

 右眼が捉えていた劫波に肉眼の光景が重なり合う。ぽっかりと開けた空間には二つの影があり、顕霊が小さな背中へ向かって今まさに襲いかかろうとしていた。

「――ッらァ!!」

 全力疾走のまま側頭部へ跳び蹴りを放つと、顕霊は腐った果実が潰れるような音を立てながら樹幹へ叩きつけられた。

 地面に膝を突いて息を整えながら振り返ると、蒼穹のような双眸と視線がぶつかった。

 両目は焦点を失ったように揺らぎ、こざっぱりとした黒のショートヘアは汗と泥で乱れている。細長い風呂敷包みを背負い、自分と同じスタンダードタイプの男性用制服に身を包んでいるが、それも所々擦り切れており、手にした刀を地面に突き立てたまま荒く呼吸を繰り返している。資料の写真と若干の差異はあるが、間違いなく里身戍孝本人だ。

「何者だ……? どうしてこんな場所に……」

 戍孝は幻でも見ているかのような虚ろな瞳のまま、独り言ちるようにそう言った。しかし懇切丁寧に事情を説明している暇はない。

「話は後だ! 二時と八時方向から一体ずつ――来るぞ!」

 戍孝は怪訝そうに眉をひそめながら言葉を作ろうと口を開くが、僅かに遅れて接近する劫波に気付いたのだろう。唇を引き結ぶと、身を翻しながら刀を構え直した。

 こちらも接近する劫波へ向き直ると、顕霊が茂みを突き破るように飛び出してきた。空中で眼窩を打ち抜くと、その体を大きく仰け反らせながら地面へ倒れた。

 咄嗟に戍孝を振り返った直後――視界を銀閃が走り抜けた。渓谷の薄闇が断ち切られた次の瞬間、顕霊の首が宙を舞った。

 その洗練された太刀筋に思わず息を呑むが、しかし戍孝は振り抜いた刀を返す刃で地面へ突き立てると、よろめきながら再び膝を突いた。

「大丈夫か!?」

 咄嗟に駆け寄り肩を貸そうとするが、手の動きで制される。

「……問題ない」

 戍孝は巨大な鉛でも背負っているかのような緩慢な動作で立ち上がり、刀を鞘へ収める。

「ここは……危険だ……すぐ…………離……れ…………」

 そう呟いた戍孝の瞳からふっと光が消えると、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


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