十話 警鐘
検査室の扉を開くと廊下の長椅子に腰掛けていた白衣の女性が立ち上がり、こちらへ近づきながら口を開いた。
「お疲れ様、アート」
シオンはそう言うと、手元の端末を操作しながら言葉を続ける。
「検査の結果はバイタル・メンタル共にオールクリア。あとは劫波の測定さえ終わらせれば起動テストに入れるが……その前に休憩がてら食事でもどうだい?」
「……いや、今は時間が惜しい。早く済ませてしまおう」
「久しぶりだというのに、相変わらずつれないね」
そう言って肩をすくめたシオンは、しかし特に気を悪くした様子もなく喉を鳴らすように笑うと、踵を返しながら言葉を続ける。
「それじゃあ、さっそく移動しようか」
早足でその隣へ並ぶと、道すがら目下の気がかりについて尋ねる。
「渓谷の件はその後どうなっている?」
「ん? ああ……あまり芳しくないようだね。派遣された第一次調査隊は成果を挙げられなかったらしく、今は安房分室と合同の第二次調査隊が調査に当たっているはずだ」
「安房?」
「ああ、何せ広域調査だからね。上総だけでは人手不足だったのだろう」
「……そうか」
心の内に渦巻く不安を悟られないように注意しながら言葉を続ける。
「譚器の受け取りまではどれくらいかかる?」
「そうだね……二時間もあれば終わると思うよ」
――長いな。
零れかけたその言葉を寸での所で飲み込むと、こちらの無言から何かを感じ取ったのか、シオンが横目でこちらを窺いながら口を開いた。
「そう言えば、君の担当部隊も安房分室の所属だったね。気になるかい?」
「……任務だからな」
「それじゃあ、急いで終わらせようか」
そう言って扉を開けたシオンに続いて目的の部屋へ這入ると、蛍光灯に照らされた研究室には芳香剤と紅茶の香りが微かに漂っていた。
シオンが小型の鉄箱のような装置へ近づいてタッチパネルを操作すると、装置の上部が仰々しい音とともに展開された。彼女はこちらを振り返ると、近づくようにジェスチャーする。
装置の中を覗き込むと、いくつもの配線が敷かれた台座の中央に、二挺の自動拳銃が載せられていた。
「これが私の……譚器……」
無意識に伸びた手を止めてシオンへ視線を向ける。
「……触れても?」
「勿論」
呼吸を止めてグリップに刻まれたエングレーブを撫でると、まるで水面に触れたときのような、肌へ吸い付くような感覚を覚えた。見た目こそ普通の銃だが、無機物に触れているという実感が全く湧かない。
次の瞬間、銃の内側から淡い光が溢れ出した。まるで産まれたての赤子ような、溢れんばかりの生命力が伝わってくる。
「……生きている」
冥冥の裡にそんな言葉が口から零れた。
「レセプターが上手く適合したようだね」
視線を戻すとシオンが腕を組みながら薄く笑みを浮かべていた。名残惜しさを覚えながら指を離すと、彼女は椅子を引いてモニターへ向かいながらキーボードへ指を走らせる。
「それじゃあ劫波の測定に移ろうか。今、ドロシーが準備を――」
その刹那――不可視の波動が全身を薙ぎ、知らず呼吸が止まる。
「今のは……劫波か?」
シオンがそう呟いた直後、部屋の中をけたたましい警報が鳴り響いた。
「これは――!?」
「……すまない、少し借り受ける!!」
瞠目するシオンを尻目に銃を掴み取ると、扉を蹴破るようにして部屋を飛び出す。
「アート!? どこへ――」
その声を振り切るように廊下を進むと、騒ぎを聞きつけて顔を出した局員たちを避けながら速度を上げて走り抜ける。
「間に合ってくれ……ッ!!」