8(商店街の子供)
商店街を歩いていると、いきなり声をかけられた。
「――君、キヨコさんとこに出入りしてる子だね?」
康平が振り向くと、知らないおじさんがそこに立っていた。いや、知らないわけでもない気はするが、どこで会ったかは思い出せない。
「僕、そこの店で金物屋をやってるものなんだけどね」
その人はアーケードの入口付近にある店舗を指さした。そう言われると、何度か見かけたことがあるような気がする。月釦書肆でも一度、会わなかっただろうか。
「こんなご時世だからね、商店街ってのもなかなか難しくてね」
金物屋のおやじさんは頭をかいて笑った。
「昔はもっと賑やかだったんだよ。人も今よりいっぱいいてね、活気があった」
今じゃどの店も潰れちまったけどね、とおやじさんは寂しそうな顔をする。
「禾原さんとことは、うちも親しくさせてもらっててね。キヨコちゃんのことは小さい頃から知ってるんだよ。うちは子供がいなくてね、だからキヨちゃんのことは今でも家族みたいに思ってるんだ」
「はあ」
と康平は曖昧にうなずいておく。何の話かはよくわからなかったけれど。
「最近ここいらも物騒でね、ついこのあいだも事件があったりしたんだよ。夜中にパトカーが出てさ」
「…………」
「キヨコちゃんも、あれで女の一人暮らしだから心配でね。近所のよしみもあるだろうから、君のほうでも気をつけてやってくれないかな」
「僕にできるだけのことなら……」
まさか嫌とは言えないが、かといって腕っぷしに自信があるわけでもない。が、そんな頼りない宣言でもおやじさんには十分らしかった。
「それを聞いて安心したよ。何せキヨちゃんは、この商店街の子供みたいなもんだからね」
心の重荷でも降りたみたいににっこり笑うと、おやじさんは店のほうへ戻っていった。「――今度うちで買い物するときは、サービスするよ」と言いながら。
康平は遠慮がちに、手だけを小さく振っておく。
キヨコさんはこの商店街で、ずいぶん愛されてるんだな――
そんなことを、思いながら。




