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第四話 伊藤三弥、湯煙の狐退治


刈谷の外れ、依佐美ヶよさみがはら。ここには毎夜、界隈の狐狸たちが集まり化かしの力比べをしているという。

夜そこを通ればいたずら好きの狐たちの餌食になる――、刈谷の民であれば誰ても知っている曰く有る場所だ。


仕方ない理由でそこを通った人に、狐たちは綺麗な女に化けたり、大水を目の前に見せたり、定番の狐火などを出しては怖がらせ楽しんでいた。

刈谷には有名な四匹の狐がいる。お梅、耳切れ、尾切れに初蓮。この四匹は特に妖力が強く、狐狸界の四天王と呼ばれていた。

その中でも冴えたる狐は初蓮はつれんという女狐で、何代か昔のお殿様の従者に自分の子どもをいじめられたからと言って、お殿様に嫁入りしてくる奥州のお姫様に化けて代わりに嫁入りし、夜、風呂場で狐の姿を見せた。

お殿様はびっくりするわ、その後にやってきた本当の奥州のお姫様には恥ずかしいところを見られるわと散々であったらしい―――。



「ほぇ~、刈谷には強い狐がいただなぁ」



万吉は食後の饅頭を頬張りながら、雁音が読み上げる刈谷の伝承に感想を述べた。


奎堂たちは境川の見える宿に世話になることになった。

川の向こうはもう刈谷藩領だ。



「その狐の四天王のうちの三匹が襲ってきた。いよいよ刈谷には敵ばかりだな」



奎堂は先刻遭った事を思い出しながらため息を吐いた。

用心棒の雁音によれば、お梅、耳切れ、尾切れという三匹の狐が自分と万吉に妖術をかけて夢を見させていたらしい。

河原に降りてからの記憶がないのは、自分があっという間に妖術にかけられた証だ。

面倒やら情けないやらで、奎堂は頭を抱えた。



「でも何故そんな得体の知れない伝承の妖ばかりが奎堂さんを狙うのでしょう?」

「確かに。俺を始め、襲ってくるのは伝承に記された者だ」



伝承にその名を刻む村雨も興味深そうに三弥の意見に同意した。



「まってくれよ三弥さん、おれは伝説の男とかじゃねぇよ?え!まさかいつの間にかおれは伝説の男になってたのか?!」

「あなたは・・・まぁ、何かのついでみたいなものなんじゃないですか?」

「ひっでぇげぇ・・・」



真っ先に奎堂を襲ってきたのは万吉であるが、彼の髪は狐のようにもっふりしているが、人だ。

それ以来は立て続けに妖が襲ってくるのだが、三弥は人が奎堂を狙ってこないのを不思議に感じていた。

当の奎堂もそもそも狙われる事自体、身に覚えがないのだ。

確かに刈谷藩を批判するような進言はしたが、それは昔の話であって、今は名古屋でひっそりと塾を開いて大人しくしている。


それを何故今更殺してしまおうなどと物騒な展開になっているのだろうか。



「ならばそのうち、残る四天王の初蓮とやらも襲ってくるのだろうか?!」

「お前ちょっと楽しそうだな・・・」



刈谷の伝承を手にした雁音が奎堂にそう問う。

奎堂はその問いかける瞳がいつもよりも輝いているのがわかった。

彼女はきっと、手合わせをしてみたいに違いない。



「相手は妖だ。村雨のように剣で一対一とは限らん。お前はとりあえず俺だけ守って、妖を退治しようなんて考えるな」

「それはそのつもりだが」

「雁音くんは物騒な事が好きなんですね。あまり無茶をしてもらっては困りますよ、あなたには奎堂さんを守ってもらわないと」



わかってはいるが興味を抱いてしまう。

とことん手合わせをして強さを求める用心棒に奎堂はもちろん三弥も呆れる。



「しかし雁音殿は強い。そんな剣術どこで身に付けられたのか?」



雁音の話に及ぶと、村雨はかねてから聞きたかった事を口にした。



「剣術かぁ。これは大和にいた時に学んだのが最初だが、まともに考えて戦えるようになったのは弥四郎が教えてくれたからだな」

「弥四郎殿は以前話してくれた、奎堂殿の竹馬の友だな?」

「あいつはなぁ・・・」



奎堂はふと幼馴染の名前が挙がり、懐かしそうに話し始めた。



「あいつは塀の外・・・足軽の子として身分の低い家に生まれたが、それを卑下することもなく勉学に武術に励んで、てめぇの力だけで利善の馬廻役にまで取り立てられた」

「ああ、弥四郎は本当に芯の強い武人だ。あいつは頭が良いだけじゃなくて武術も優れている。どっかの腑抜け学者とは大違いだな!」

「はぁ?何だもういっぺん言ってみろ!」



弥四郎を褒めたたえていた流れから、突然自身を批判され奎堂は大人げなく雁音に反抗した。



「だから、お前は私が守ってやらねばいけないくらい弱いのだと言っている!」

「ちんちくりんに言われたかねぇわ!」

「そのちんちくりんに守られているのはどこの腑抜け学者だぁ?!」

「兄貴ぃ・・・雁音ぇ・・・」



言い合いを始めてしまった主と従者を万吉は控えめに止めに入る。

三弥はやれやれとため息を一つついて「風呂に行ってきます」と賑やかな部屋を後にした。


部屋を貸してもらっている二階から階段を下り、後で取って付けたような離れにある湯殿を目指す。

手ぬぐいだけを持って離れに繋がる渡り廊下を歩くと、外はすっかり夜更けになっていた。

風呂は普段芋の洗い場のように旅人でごった返しているとは思うが、こんな夜更けは既に他の客は寝入っているはず。

三弥はその方が気が楽だと考えながら身支度をして、手ぬぐい一つを供にして湯殿の木戸を開いた。



「おや、お兄さんも人混みを避けてのお風呂かい?」

「?!」



湯船からあがる湯気で湯殿の中は視界が悪かったが、湯船に誰かがいるようだ。

しかも女の声。



「そう怖がらないでさ、一緒に楽しく入りましょうよ」

「・・・飯盛り女がいない宿を選んだつもりだったんですがね・・・」



水音が聞こえて、女が湯船から上がってこちらへ歩いてくるのがわかった。

三弥は少し身構えた。


先程三弥が身支度をしていた脱衣所には三弥以外、誰の着物も置いていなかった。

この状況は明らかに不審で、丸腰状態ではあるが多少の抵抗を試みようと腰を落とす。



「おいでよお兄さん、可愛がってあげるから」



肌も露わな女はそう言って、風呂の湯気の中でもわかる紅い唇を釣り上げた。

女が間合いに入った瞬間、三弥は手ぬぐいを広げた。



「私の手ぬぐいを貸します。濡れたままでは風邪を引きますし、それに、もっと自身を大切にしなさい」

「え?」

「簡単に知らぬ男の前で肌を見せるものではありません。あなたの本当に大切に思う人だけにお見せなさい」

「えっと・・・」

「それに、例えばあなたが狐であったとしたら、私を化かす前にやめさせたいので」

「?!」



女は動揺した。

声を出せずにいると、湯船の中から「えぇええー?!」という叫びと共に男が二人飛び出した。



「嘘だろー?お梅姐の色仕掛け妖術きかねーじゃねぇじゃんかー!」

「この人も妖術にかからない・・・松本の仲間は夢を見ない人が多い・・・困る」

「夢?・・・夢ですか、そんなものとうの昔から見ていませんね・・・。私の夢は安政五年に消え失せましたから」



三弥の目の闇が更に濃くなる。

何もない風呂場の天井の端を見上げ、夢というものはこの世に存在しないとばかりにそう低い声で言葉を吐き出した。

その様子に飛び出てきた耳切れと尾切れは身震いした。



「何かこいつ・・・怖ぇ」

「病んでるね、生きてる人間の目じゃないみたいだ・・・」

「あなた方が奎堂さんたちを襲った噂の三匹の狐ですね?はじめまして、私は伊藤三弥と言います。お梅に耳切れに尾切れ・・・雁音さんから聞いていますよ。さぁ、大人しく退散なさい」



湯船に入るからかご丁寧に裸で、ずぶ濡れの耳切れと尾切れにも動じず、三弥は淡々とそう言い放った。



「そ、それで狐が簡単にはいそーですかって退散するの思うかい?!こうなったら力づくでもお前を殺してやんよ!松本にまた仲間を失う苦しみを味合せてやるわ!」

「だから・・・」



そう吠えたお梅に三弥は手ぬぐいを押し付けるように渡した。



「私を化かす前に消えなさい。殿様を化かして恥をかかせた狐の末路を私は知っていますので・・・」

「殿様に恥をかかせた・・・?なんだい、初蓮のことかい?」

「ええ、初蓮はそのいたずらが過ぎて、住んでいた寺の理解ある住職にも追い出された・・・。あなたも、刈谷からは追い出されたくはないでしょう」

「このお梅様が刈谷を追われる・・・?馬鹿ねぇそんなこと」

「私を殺すのは結構ですが、奎堂さんを苦しめるのは看過できません。あの方は刈谷が好きで刈谷の為を思って働いた人。それを殺そうなどと、刈谷にどれだけの損失を与えるのか!」

「えっ・・・」

「刈谷が大好きな場所であるのであれば、何故血なまぐさい方法で救う事しか考えられないのですか?」

「・・・・・」



狐たちは押し黙ってしまった。

三弥はやれやれといわんばかりにため息をつく。



「私は湯に入りますので、どうぞあなた方もゆっくりと浸かるか、早く身体を拭いてお行きなさい。風邪を引く前に」

「うっ・・・うるさいっ!人の分際でッ!おぼえてな!!!!!!」



ものすごい音を立てながらお梅は湯殿の扉を開け放ち、三弥の手ぬぐいを持ったまま飛び出て行ってしまった。

そのお梅の姿に呆然と立ち尽くしていた残りの二匹も、ぎこちなく目を合わせると、お梅に続いて一目散に湯殿を後にした。


こうして三弥は念願の湯船にゆっくり浸かることができた。


一方、宿の外に逃げ出した狐たちは肩で息をしながら、湯殿の方を睨み付けた。



「くそう、あの松本奎堂の付き人・・・簡単に殺れるかと思ったら怖い奴だ!」

「あんなに病んでる人間あんまり見たことないよ・・・相当、辛いことがあったんじゃないかな?大獄の時に・・・」

「伊藤三弥・・・許さないからねぇ・・・!」



お梅は三弥の名前を呟いて、恨めしそうに手に持ったままの手ぬぐいを見つめた。

しかし、何度か深呼吸をしてふと呟いた。



「でも・・・あたしたちのやり方は・・・これで合ってんのかねぇ・・・?」



三匹が見上げた刈谷藩領の空には、糸のように細い月が弱々しく光を放っていた。


【ちょっぴりあとがき歴史紀行 その4】


今回メインを張っている伊藤三弥さん。

彼は同じ刈谷出身の幕末志士の中でも、かなり肩身が狭く、今までにあまり研究が進めてこられなかった歴史に埋もれた人物の一人です。

どうして肩身が狭くなってしまったのかは、語るとこの先のネタバレになってしまうので割愛しますが、彼は戦いというより、商いや官僚の才能があって、維新の後は、岩倉具視や木戸孝允の推薦で徳島裁判長を務め、三重県大書記官、歌舞伎座の社長や油田事業をしたりと大活躍しています。

その史実から、我が家の三弥さんはバリバリの勤王志士というよりは、塾を守る裏方的役割が大きく描かれています。

もっともっと、三弥さんに日が当たるといいなぁとちょっと思っています。


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