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第十話 陰謀のしっぽ

光も入らず、黴臭さの漂う土蔵の中で日ノ影は力なく座り込んでいた。

住処であった野田八幡宮の森で、小さな剣士に左腕を落とされ、それで逃げ頼ったのがこの蔵のある刈谷城だった。

左腕の血はすっかり止まっていたが、自分をここまで追い詰めた雁音の事が頭から離れない。

今までずっと利き手ではない刀使いで手加減をされていたのだ。同じ刀を扱うものとして悔しさしかない。


思考を巡らせていると、重い音をたてながら土蔵の扉が開いた。

外は昼だったようで、強い光がそこから差し込み、思わず日ノ影は目を細めた。



「やぁ、初蓮」

「ざまぁないわね日ノ影」



開け放たれた扉の光の中から、綺麗な銀色の髪の少女が現れ、土蔵の中の日ノ影の前にしゃがみ込む。

暗闇でも光り輝くような金色の瞳で、少女は日ノ影を覗き込み、その愛らしい造りの顔からは想像もつかない程冷たい声を浴びせた。



「だから気をつけなさいっていったじゃない」

「左利きなんて、聞いてないよ、驚いちゃった。ずっと手加減されていたなんてね」

「でも雁音も手負い、今なら松本を守り切れやしないわ」

「僕は手負いの狐ちゃんとは戦いたくないな・・・もっと本気の彼女がいい」

「あんたの都合なんてどうでも良いのよ!早く、松本奎堂を始末してよ!これ以上利善様を困らせないで!!!」



突然感情を爆発させた初蓮が日ノ影を平手打った。乾いた音が暗闇に吸い込まれていく。

頬を打たれても日ノ影はその表情を崩さない。それどころか口の端を少し上げ、そんな初蓮を笑う。



「まったく初蓮も気が強いねぇ・・・・狐ちゃんそっくりだ。」

「なんなのその、雁音と私が一緒って」

「女の子はね、好きな人の為なら強くなれる、怖いくらいにね。人の腕を斬り落としたり、その傷が癒えないうちに平手打ちしたり」

「なら、これ以上打たれないように努力しなさいよ!」

「ふふっ、力の加減を知らないみたいだから、まだまだだけれど・・・。でも嫌いじゃないなぁ、あの強さ」

「何でもいいから、その傷の痛みがましになったら松本を討ち取ってきなさいよね!」



なかなか話のかみ合わない日ノ影にそう言い捨て、初蓮は蔵を出ようとした。



「ふふっ、可愛いところがあるじゃないか初蓮。利善公の為に必死になっちゃってさ」



その言葉を聞き、初蓮は勢いよく振り返る。

ぎゅっと袂を握ったかと思えば、目を紅く血走らせ、口を真横に大きく裂きながら叫び声を上げた。



「あのお方がどれだけ辛い思いをしてきたのか何もしらないくせに!!!!」

「わぁ、怖い。可愛いお顔が台無しだよ」



人ならざる顔を指摘され、初蓮は思わず顔を手で抑えた。



「私は利善様が故郷の浜松にいる頃から知ってる・・・あんたなんて、何も知らないくせに!」

「まぁ落ち着いてよ」



震えながら、初蓮は続ける。



「全ては、利善様の平穏の為に・・・・。どんな手を使ってでも、私が元凶である松本を潰す・・・!」



そう言い残し、初蓮は外の光に消えて行ってしまった。

残された日ノ影はその様子にクスクスと笑ったが、腕も同時に痛くなり「あいたたた」と小さく唸った。




刈谷城本丸。

ここでは刈谷藩主である土井利善が積もる政務を必死に終わらせようと、机に向かっていた。

刈谷の藩内は日照りが続き、疫病も流行り、元から藩財政の厳しい中で対応策を捻り出すのはかなりの重労働だった。


そんな忙しい中でも、利善にはどうしても気がかりな事が一つだけあった。思わず手を止め、ため息を吐く。

そこへお茶をお盆に一つ乗せた初蓮がやってくる。彼女は利善の身の回りの世話をする役割が与えられていたのだ。

肩を落とす利善の背後から優しく声をかける。



「利善様、どうされましたか」

「ああ初蓮。・・・これで本当に良かったのだろうか?結局、奎堂殿は動じない、自分の身に危険が迫ってると言っても通じない・・・。

私はそう長く職務を離れていられないし、どうしたら」

「利善様、どうぞあとはこの初蓮にお任せください」

「・・・初蓮、何か良い策があるのかい?」

「はい」



初蓮は黄金の目を細め、にこりと笑う。



「っ?!」

「利善様、お疲れなのでしょう。今日はもうお休みくださいな」



急に、利善の視界が霞む。持っていた筆も、握っていることができずに取り落とす。

そのままぐらついた利善の身体は畳に伏してしまった。



「おやすみなさいませ利善様。目覚めたときにはきっと全て終わっていますから・・・」



初蓮は畳に伏せる利善に優しく声をかけた。

利善の静かな寝息を確認すると、部屋の角に視線を移す。

そこにはいつの間にいたのか、黒い外套を纏った男が二人と、色白の綺麗な女が座していた。

初蓮の目がきつく見開かれる。


「この役立たず・・・」

「結構なお言葉だねぇ。高みの見物ばかりしてないで、あんたも一緒に働いたらどうなのさ初蓮」



色白の肌に映える紅色の唇を歪め、お梅は控えめに反論した。

両隣に控える尾切れ、耳切れもその言葉にうんうんと強く頷く。



「わかってる。私が直々に松本の息の根を止めてやるんだから」

「初蓮、本気だ。とても怖い顔をしてるよ」



頭から被り物をした外套を着る尾切は隣のお梅に縋った。



「この刈谷城で松本奎堂を盛大にもてなしてやるのよ。刈谷の狐の誇りにかけてね」



初蓮は古くから刈谷に住まう化け狐であった。

世の中でまだ戦が続く頃から、彼女は刈谷を見守ってきた。

そんな彼女の言葉に、耳切れがフンと鼻息を荒くする。



「うおお、何百年ぶり?この城で暴れんのは、三浦の殿様に仕返しした時以来だな?!」

「違いない。面白い事になりそうだねぇ」

「冗談じゃないわ。あの時はちょっとつまんでやっただけよ。松本はつまむだけじゃ済まないわ」



初蓮が前に進み出た。



「この刈谷城でまたひと暴れとまいりましょう」



初蓮の顔がまた人ならざるものへと変貌していく。

お梅はその様子を見て軽くため息を吐いた。そしておもむろに懐から一枚の手ぬぐいを取り出す。

ちょっと挨拶がてら痛い目にあわせてやろうとした奎堂のお供、伊藤三弥のものだ。

思わず持ち帰ってきてしまい、そのまま大切に懐にしまい込んでいたものだが、改めて眺め、自分の行いについて考える。



「さて、これでいいんだろうかねぇ」



物言わぬ手ぬぐいに声をかけ、そんな自分の行いにちょっと笑いがこみあげてきてしまう。

「まぁ、やってみるしかないかね」そう言うと手ぬぐいから視線を外した。


真昼の太陽に照らされた四匹の影が大きく伸び、そこから人のような形をした何かがうごめく。

不穏な空気が刈谷城を取り巻いて行くのであった。

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