4章 17 マーナとステラ
魔の世にて散り散りとなり運悪くファイアードラゴンの縄張りに飛ばされたマーナとステラ。必死の逃避行は実を結び、何とか見つからずに済んでいるが未だ縄張りからの脱出には至ってはいなかった
なぜなら、火龍達は縄張り付近に見張りを配置し近付けば大群で押し寄せて来る・・・何度か縄張りからの脱出を試みるがその度に縄張りの内側に追いやられる・・・その繰り返しだった
「え、栄養の偏りが・・・もう火龍の肉は見たくもないわ」
〘そう言うな。この不毛の大地で食料が尽きてしまっては食べれるものと言ったら奴らの肉しかないのだ・・・それで奴らが更に怒り、負の連鎖が止まらんのは最悪だがな〙
マーナが持参した食料は早々に底をつき、現地調達としてファイアードラゴンを狩って食べていた。生肉を目の前に出され必死で火魔法を捻り出したのは良い思い出・・・今ではセガスの領主フォーの弟のエイトより上手く火魔法を使える自信がある
そして、美味しく頂いた残骸は他のファイアードラゴンの目に留まり、ファイアードラゴンによる人狩りは激しさを増すばかりであった
マーナとしては魔力を減らさないと食べる事が出来ない食材に面倒臭さも手伝って飽き飽きしており、調味料もなく味が一辺倒なのも頭痛の種であった
「強行突破・・・は無理よね」
〘そこかしこに目を光らせてるからな。見つかったら果てしない追いかけっこの始まり・・・以前のように食料がなくては逃げてる最中に餓死しかねないぞ?それに背中を濡らされるのも勘弁して欲しい〙
「そ、それは言わない約束でしょ!・・・そうなのよね・・・この肉って日持ちしないのよね・・・」
火龍の肉・・・当然火龍は殺してから肉を削ぐのだが、魔獣は核から引き離されると魔力が無くなり次第消えてしまう。なので食べる分だけしか狩ることは出来ない。最初に火龍の群れと遭遇した時はかなりの時間逃げ続ける必要があり、持って来た食料で凌いだが、その食料が尽きた時点で長時間の追いかけっこは難しくなってしまった
「みんな大丈夫かな・・・ねえ、私達が飛び込んだのって隙間よね?アカネさんが『信じて目の前の空間に飛び込んで』って言ったから飛び込んだんだけど・・・アカネさんの知り合いが隙間を創ったのかな?」
〘であろうな。そうでなければあそこに都合良く隙間が出来るとは考えにくい〙
「ならこの場所に繋げたのには何か意味があるって事かな?それとも急いでたから適当に選んだ場所がこの場所だった?」
〘さあな。意図があるにしてもさっぱり分からん。最悪のケースを考えるなら・・・見分けがつかなかった・・・か〙
「見分け?」
〘我と・・・ウォータードラゴンとファイアードラゴンの見分けが・・・〙
「・・・全然違うじゃない」
〘例えば・・・例えばだ。隙間を創り出した者にとって、ドラゴンとはドラゴンであり、種族などないと・・・単なる色違いと考えてたら・・・〙
「・・・最悪」
有り得るとマーナは頭を抱えた。正直ステラに会うまではドラゴンはドラゴンでしょ?と考えていた。他の者がそうでないとは言いきれない
マーナは肉体的にも精神的にも疲れが溜まり項垂れていると、突如ステラが頭を上げ周囲を見渡しながら鼻をスンスンと鳴らし始めた
「・・・なに?美味しい果物の匂いでもするの?」
〘抜かったわ・・・美味しいかどうか知らぬが、マーナの好物が近寄って来ておる・・・しかも大群でな〙
「ぶっ!・・・ちょっと!なにのんびりしてんのよ!早く逃げないと・・・」
〘無駄だ。どうやら向こうも本気のようだ。我の感知の外から包囲し一気に攻めて来ておる・・・しかも、一体とてつもない速度で・・・〙
ステラが言い終わる前に轟音と共に土煙が舞う。マーナが小さく悲鳴を上げて伏せ、ステラが目を細めてマーナを庇っていると土煙が徐々に晴れて赤い鱗のドラゴンが姿を現した
大きさはステラと同じ・・・しかし、髭の長さはステラの倍くらいあり、それを見たマーナが震えながら呟く
「・・・エンシェント・・・ドラゴン?」
〘違う・・・あの長さは・・・老龍〙
《まさか小龍と人如きにここまで手間取るとはな・・・だがそれもここまでだ》
立派な髭をなびかせてマーナとステラを見下ろす老龍。体格は同じくらいなのに風格なのかステラが一回り小さく見える。それに・・・
「龍が喋ってる?」
ステラとはパスを繋いでいる為に言葉が理解出来る。マーナ以外にはギャアギャアと鳴いているようにしか聞こえない状態だった。しかし、目の前の老龍の言葉はパスを繋いでいないのにハッキリと聞き取れる
〘老龍クラスになれば声に魔力を乗せられる・・・まさか老龍が出て来るとは・・・ 〙
古代龍が上級魔族並ならば老龍は普通の魔族並・・・かと言って今のステラとマーナにはどうする事も出来ないレベルの強さである事は間違いなかった
そうこうしている内にこちらに向かっていた大群が到着し、とうとうマーナとステラは完全に包囲されてしまう
「ス、ステラ・・・どうしよう・・・」
〘・・・老龍よ、少々誤解があるようだ〙
マーナが周りの火龍を見て震え上がる。そのマーナを庇うように前に立ち、ステラは老火龍に話し掛けた
《誤解?我らが縄張りを荒らしに荒らして誤解とな?》
老龍の吐く息は熱く、ステラの後ろにいるマーナすら顔を歪める。その息をまともに食らっているステラはそれでも前に進み出て毅然と立ち向かう
〘信じてもらえぬかも知れぬが、我らは『炎』の縄張りとは知らなかった。と言うのも魔族に追われ、たまたまあった隙間に入ったらこの場所で・・・〙
《なるほど・・・たまたま水龍と人が出会い、たまたま魔族に襲われ、たまたま隙間があり、たまたま飛んだ先がここであったか・・・で、そこの我らが同胞の死骸もたまたまか?》
老龍の視線の先にはマーナの空腹を満たす為に狩った火龍の死骸。今更隠せるほど小さくなく、ステラは歯噛みする
〘老龍よ・・・聞いてくれ!これには・・・〙
《幼き水龍よ。我らが同胞であり古代龍となったものが人の手により殺されたという報せが入った。我らに常日頃から救いの手を差し伸べて下さったカーラ様の頼みで人の世に行き、人の手により殺されたのだ・・・信じられるか?永遠とも言える時を重ね、古代龍に成られた方が人如きにだぞ?どうせ・・・どうせ汚い手を使い罠にはめたに違いない・・・そうでなくては・・・そうでなくては古代龍ともあろう方が人如きに後れを取る訳などないのだ!!》
〘・・・やはり通じぬか・・・〙
「えっ!ちょっと・・・なに!?」
古代龍より強い人がいる・・・そんな事を言っても通じない雰囲気にステラは覚悟を決めた。振り返りマーナを見つめるとそのまま覆い被さる。マーナは突然の事で反応出来ず目の前が真っ暗になり、混乱し暴れるがステラは一向にマーナを離そうとしなかった
視界が塞がれ、音も遠のく。ステラの龍鱗を押し付けられて息苦しいと思っていると遠くの方から音がする
ガリ ガリ ガリ
音が鳴る度にステラの身体がビクリと動いた
それでもマーナを離そうとはしない
「ちょっと!!ステラ!?」
さっきまでステラと老龍が話し、老龍が怒っているのは理解出来た。話し合いは決裂・・・そうなると決死の覚悟で逃げるか死ぬまで戦うしかない・・・マーナがそう感じた直後の出来事
今までのようにステラが攻撃し、マーナが魔力を回復する。ステラが倒されれば当然マーナには為す術がない一蓮托生・・・それなのに今は暗闇の中、何かの音を聞いているだけであった
「ステラ!!いい加減に離しなさい!!!」
ガリ ガリ ガリ
薄々マーナは気付いていた
この音の正体を
今何が行われているのかを
ガリ ガリ ガリ
「お願い!!ステラ・・・離して!!」
ガリ ガリ ガリ
「ステラ・・・ステラ!!」
ガリ ガリ ガリ
「ダメよ・・・ダメ・・・ステラを・・・ステラを食べないで!」
ステラの身体がビクンと大きく揺れる
そして、弱々しい声でようやくステラはマーナの声に応えた
〘マーナ・・・すまない・・・我に出来る事は・・・もう少ない・・・〙
「は?バカじゃないの!?こっからステラと私でコイツらを蹴散らして・・・みんなを助けに行くんでしょ!ステラと私なら何だって・・・」
〘マーナ・・・もう核に届く・・・我に出来る事は・・・〙
頭の中が真っ白になる
核に届く・・・それは身体の中心にある核に届く程食われている事になる
「ウソ・・・ウソよ・・・」
〘マーナ・・・聞いてくれ・・・我が絶えれば次は・・・弄ばれ食われるだろう・・・簡単には死なせてくれまい・・・それ程の怒気を感じる・・・〙
「違うでしょ!今はステラの・・・」
〘我の事はどうでもいい・・・マーナ・・・時間が無い・・・我に出来る事は・・・マーナを苦痛なく一瞬で殺す事・・・主従を解いてくれ・・・さすれば・・・〙
「ふ、ふざけんじゃないわよ!何が『我の事はどうでもいい』よ!!ふざけんじゃ・・・ふざけんじゃないわよ!」
〘マーナ・・・もう・・・〙
「ダメよ!待って!!ステラ・・・ステラ!!」
パスから伝わる、か細い声。ステラが遠くに行ってしまうと必死に呼び続ける
自分の無力さを呪い、何か出来ないかと必死に考えるが、脳裏に浮かぶのはステラとの思い出
まるで今生の別れのように浮かぶ思い出を必死にかき消し、何か出来ないかと模索する
しかし、かき消してもかき消しても出会った頃からの思い出が浮かび脳を支配する。まるで何も考えず受け入れろというように・・・
ステラのマーナを覆う力が徐々に弱まっていく。マーナは目を閉じ、全てを受け入れる・・・ステラの死を・・・自らの死を
「ごめんね・・・ステラ。こんな何も出来ない主で・・・」
〘・・・そんな・・・事は・・・ない・・・我は・・・マーナが・・・いなければ・・・〙
「うううん・・・私なんて魔力を・・・魔力・・・!」
マーナは何かに気付いたように突然言葉を止め、ステラに魔力を供給し始める。だが、すぐにマーナの魔力は切れ供給は止まってしまった
〘もう・・・いいのだ・・・魔力が回復したとて・・・今の状況は・・・〙
「違う!魔力を・・・もっと魔力を・・・」
マーナは自身の魔力が尽きたにも関わらず一心不乱にステラに供給しようとしていた。しかし、無いものをいくら捻りだそうとしても出る訳もなく徒労に終わろうとしていると、ステラが一層激しく揺れた
〘とう・・・とう・・・核に・・・口惜しいのは・・・マーナを・・・〙
「まだよ!まだ・・・まだ・・・魔力を・・・魔力を・・・」
諦め別れの言葉を口にしようとするステラを遮り、マーナは望んだ
もっと魔力を
もっと魔力を、と
〘?・・・これ・・・は?〙
魔力がステラの身体に流れてくる
とうにマーナの魔力は尽きたはず・・・しかし、これまで以上に魔力は流れて来て、ステラの核に注がれていく
〘マーナ?魔力は尽きて・・・〙
「ええ・・・尽きたわ・・・でも、尽きたら足せば良いじゃない!」
マーナは更に注ぎ込む。魔力を・・・周囲から取り込んで
《む!?何をしている!!》
ようやく異変に気付いた老龍が貪る口を止め、顔を上げて周囲を見渡した
すると周囲を取り囲んでいた火龍達が呻き声を上げ苦しんでいる
「思い出したの・・・あなた達は成長しない・・・ゆっくりと本来の姿に戻ってるって・・・だからあの時のマルネス様みたいに・・・」
魔獣の核は産まれた時から満たされていない。その核を長い年月を掛けて満たす事により本来の姿に戻るのだ。しかし、魔獣は動くだけでも魔力を消費し完全に溜まるには時間が掛かる。それに・・・
「魔素を取り込んで魔力にするよりも、魔力を直接やり取りした方が効率がいい・・・はず!だって、今の方が魔力はどんどん回復する・・・火龍達から奪った方が確実に・・・早い!火龍から奪った魔力を私がステラに・・・これで・・・あなたは──────」
《グオオオオオォォォォ!!》
「エンシェントドラゴンよ」
ステラが雄叫びを上げる。その声はパスを通じてではなく、実際に耳に響いた。猛り、身体を揺らす
《くっ!もうよい!人諸共蒸発するがいい!!》
老龍は口から高温の炎を吐き出した。マーナは熱を感じ、咄嗟に顔を背け目を閉じるが、熱はいつの間にか感じなくなった
そっと目を開け、ステラの方を見るとそこには蒸気に包まれた人影・・・ドラゴンの影ではなく人影があった
片手を突き出し、周囲には氷の結晶が浮かび蒸気を出している。おそらく老龍の炎はその結晶に掻き消されたのだと理解する
「・・・ステラ?・・・!」
蒸気が晴れ、姿を現したのは水色の長い髪の美丈夫。煙で全ては見えないが、全裸である為に名前を呼んだ後にマーナは顔を背けた
《うむ・・・少し削られたからな・・・人型となり削られた部分を補った。なぁに、老龍如きなどこの姿で充分だろう》
《有り得ぬ・・・小龍が氷を使うなど・・・》
《我より永き年月を生きてる分、頭が堅くなっているようだな。目の前で起こってる現実を受け入れぬか・・・それとも耄碌しているのか?》
《黙れ小童が!》
老龍は叫び再び口の中に炎を宿す。牙と牙の隙間から漏れでる炎は全てを焼き尽くさんと燃え盛る
吐けば高熱の炎がステラとマーナに降り注ぐのだが、老龍は2人を見下ろしたまま躊躇していた
《ほう・・・同じ轍は踏まぬか》
《黙れ!》
見透かされた事に腹を立てた老龍は身体を捻り尻尾で2人を薙ぎ払う。風を切り裂き迫り来る尻尾にマーナは顔を引きつらせるが、ステラは鼻で笑い、迫り来る尻尾に向かって左手をかざした
突如現れる氷塊
老龍の尻尾はその氷塊に阻まれ動きを止める
一瞬苦悶の表情を浮かべた老龍だったが、すぐさま態勢を戻し溜めた炎を吐き出した
全身を包み込むほど巨大な炎の塊は熱風を起こしながら向かって来る。炎を見上げるステラに焦りの表情はなく、何もしないまま炎が近付くのを待っていると炎はステラの周りに展開する結晶に触れると赤々とした炎は一瞬で蒸気と化した
「ステラ!」
マーナが蒸気に顔を顰めながら見上げて叫ぶ。ステラが見上げた頃には蒸気を切り裂いて老龍の尻尾が頭上に迫っていた
尻尾、炎、尻尾の三段攻撃
老龍は炎が蒸気と化した瞬間に翼を羽ばたかせ回転すると尻尾を振り下ろしていた。癪ではあったが自らの炎を目くらましに使い、本命は尻尾による打撃・・・避ける暇も氷塊を創り出す暇もない状態で尻尾はステラの眼前に迫る
《残念・・・もう一工夫足りなかったな》
ステラが右腕を振るうと尻尾は斬り裂かれ、マーナの後方にドサリと音を立てて落ちた
《グウゥ!・・・いつの間に・・・》
痛みで顔を顰め、ステラの右手に握られていた氷で出来た剣を睨み付ける
《我も龍ぞ?やろうとしている事は大体分かる・・・終わりだ》
ステラがニヤリと笑い言うと、右手にあった氷の剣が消え、代わりに老龍の周辺の空気がパキパキと音を立て始める。いくつもの円形状の薄い氷が老龍を取り囲み、そこから先の尖った氷塊が姿を覗かせた
《ぐぬぅ》
「・・・待って!」
氷塊がその姿を半分迫り出し、今にも老龍を貫こうとする最中、為す術なく唸る老龍。その姿を見てマーナがステラを止めた
《何故?こやつらは・・・》
「待って・・・お願い」
《・・・分かった》
ステラはマーナの言葉を聞き入れ頷くと指をパチンと鳴らした。すると老龍を囲んでいた氷塊は消え去り、周囲には冷気だけが漂う
マーナはステラが魔法が中断してくれた事に安堵の表情を浮かべると老龍を見上げた後、勢いよく頭を下げた
「老龍さん・・・その・・・ごめんなさい!」
《・・・は?》《・・・は?》
ステラと老龍がハモリ首を傾げる。謝る理由も謝られる理由も皆目見当もつかない2体のドラゴンは訝しげな表情をしマーナの次の言葉を待った
マーナはようやく耳を傾ける姿勢になった老龍にこれまでの経緯を話した
魔の世には魔族に囚われている知人を助けに来た事
魔の世に入った途端に魔族の襲撃に合い、命からがら逃げて来た事
先程は一笑に付していた老龍も今回は真剣に聞いていた。それもそのはず今はマーナが嘘をつく必要が無い。それほどエンシェントドラゴンとなったステラの実力は抜きん出ていた
老龍はマーナが話している姿をじっと見つめ、話しが終わると口を開いた
《話は理解した。この状況で嘘をつくとは思えん・・・が、疑問も残る。なぜ故、それだけの力を持ちながら逃げた。逃げずに力でねじ伏せる事も出来たであろう》
「そりゃあだって・・・死にたくないし・・・」
《?何を言っている。戦えば死ぬのは我らだろうが》
「あー・・・ステラの事?それは・・・」
マーナはステラがエンシェントドラゴンに至った経緯を話す。今更隠すつもりもないし、下手に嘘を付けばせっかく信じてくれそうになっている話すら疑われると考えたからだ
老龍は少し懐疑的な表情をしていたが、マーナはそれを払拭する為に老龍に近付き魔力を流す
ステラが慌ててマーナを引き離そうと駆け寄ろうとするが、マーナはそれを手で制し、尚も魔力を流し続けた
《・・・もうよい。魔力を譲渡する魔技か・・・戦いの最中に魔力が急激に減ったような気がしたが、それも?》
「ええ。私の魔力だけじゃ足りなくて・・・魔素を取り込んでも間に合わないと考えたらあなた達から取るしかなくて・・・ごめんなさい」
《・・・我らから魔力を奪い、幼き水龍に魔力を流して古代龍と成らせたか・・・その力があれば我らも魔族を滅ぼせるやも知れんな》
「え?やめてよ・・・魔族に知り合いもいるし」
マーナの返答に目を見開き固まる老龍。かと思ったら次の瞬間突然笑い出した
《クックックッ・・・ハッーハッハッ!》
突然笑い出した老龍を見て、何が面白かったのか理解出来ないマーナは首を傾げ振り返りステラを見た。ステラも分からないといったように首を振るとそれを見た老龍が笑いを止め、目を細めた
《人よ・・・我らを知れ。小龍よ・・・己を知れ。さすれば理解出来るであろう。その言葉が如何に滑稽か・・・如何に無知か・・・》
老龍は翼を広げ吠えるように言葉を紡ぎ、周囲にいる火龍達に目配せすると一斉に飛び上がる
《マーナ!》
老龍が飛びがった際の風圧でマーナは飛ばされ、後ろに回ったステラが受け止めた。お互いに戦う気は削がれ、火龍達が飛び立つと最後まで残っていた老龍もまた飛び上がる
「待って!!老龍さん・・・名前を・・・名前を聞かせて!」
《名だと?我に名はない。必要がないからな》
空中で翼を羽ばたかせその場に留まる老龍は呆れたように鼻を鳴らし答えた。マーナはステラの名前を決めたのも自分達だった事を思い出し、ドラゴンとはそういうものなのだと納得する
「じゃあ今日からあなたは『ジャバ』ね」
《ま、待て・・・その名は・・・》
「そうよ。エンシェントドラゴンの名前だった・・・でしょ?私達『人』は先人の名を貰うことがあるの・・・それに」
《それに?》
「エンシェントドラゴンだったジャバみたいに、あなたもエンシェントドラゴンに成るんでしょ?」
《当たり前だ。我もいずれ・・・。いいだろう。我は今より『ジャバ』と名乗ろう。そして、炎龍、ジャバ様を超える存在となろう・・・その時は貴様らに・・・我らを見逃した事を後悔させてやろうぞ》
《誰も見逃すとは・・・マーナ!》
ステラが人型のまま牙を覗かせ唸るが、マーナは風圧に耐えながらも1歩前に出た
「ええ。でも、覚えておいて・・・あなたは私達に見逃された事・・・そして、私の名前が『マーナ・ハネス』であり、この子の名前が『ステラ』である事を!」
《・・・》
老龍ジャバはマーナとしばらく見つめ合い、少し口の端を上げて笑うとそのまま飛び上がり火龍達が去った方向へと飛び去った
残されたマーナとステラは火龍達が見えなくなるで見送り、その姿が見えなくなった瞬間にヘナヘナと力が抜け膝を落とす
「・・・助かった?」
《無茶をしおって・・・いつ頃から気付いておった?》
「ステラがエンシェントドラゴンになった直後かな?魔力が凄い勢いで減っていくのを感じたの・・・」
マーナは内心焦っていた。魔力を譲渡し続け、エンシェントドラゴンになったステラは老龍や火龍達を圧倒する力を持っていた。しかし、譲渡した魔力は急速に減り始めていた
《元の身体の損傷が原因かはたまた無理矢理古代龍へと成ったのが原因か・・・とにかくあのまま戦っていれば老龍は倒せたとしても残りの火龍共にやられていたであろう》
「うん。・・・もしかして、ジャバもそれが分かってた?」
《さあな・・・少なくともマーナの一言で敵意は消えていた。分かっていたかどうかは分からぬが、あれ以上攻撃する気はなかったようだ》
「魔族に知り合いがいるって言葉?」
《うむ・・・我らを知り己を知れか・・・マーナ・・・寄り道になるやもしれんが『氷』の縄張りに行かぬか?もしかしたら水龍の老龍ならば彼奴の言葉の意味が分かるやもしれん》
「ええ、そうね。それにステラと同じ種族なら手伝ってくれるかも知れないし・・・」
共に魔の世に来たレンド達が気にならないと言ったら嘘になる。だが、老龍ジャバの言っていた言葉の意味も気になり、どこに行ったか分からない3人を闇雲に探すより水龍達の協力を得た方が早道なのではとマーナは考えていた
《そうと決まれば早速・・・と言いたい所だが・・・》
「ステラ?」
〘少しだけ・・・寝かせてくれ・・・〙
魔の世に来てから魔力は充実し眠る必要のなかったステラ。しかし、人型が維持出来ずに龍に戻ると人の世で小型化したくらいの大きさまで萎んで目を閉じる
「ちょっと!・・・え?ここで?」
既に寝息を立てるステラを見て、マーナは周囲を見渡して心細くなりステラを揺り起こす
火龍達が去ったとは言え今の今まで襲われていた場所で、頼みの綱のステラが寝てしまったのだ。焦るのも仕方ないというもの
「待って!せめて・・・せめてここから脱出してからにして!ねえ・・・ねえってば!」
一向に起きないステラを更に揺らして起こそうとするが徒労に終わり、マーナの叫びが虚しく『炎』の縄張りに響き渡る
こうしてマーナとステラは何とか死地を乗り越えるのであった──────




