4章 16 5ヶ国会談
各国ゴブリン騒動が終息に向かい、ディートグリス王国以外は次の襲撃に備えて慌ただしく動いていた
ディートグリス王国は各地にホブゴブリンを放たれており、その牙は未だ深く国を蝕み、国中が混乱に陥っていた
そんな中でバースヘイム王国にいるシント国君主シン・ウォールが再び各国に呼び掛け、水晶を使った会談を提案する
「親父・・・まだ戻って来ないのか?」
〘殿と呼べと何度言ったら・・・バースヘイムは今回の襲撃で甚大な被害が出た・・・いつまた襲撃があるか分からない状態でそちらに戻る事は難しい・・・〙
「ハア?親父はどこの王だよ!シントの民が心配じゃないのか!!」
〘親父でも王でもなく君主だ。シントにはお前がいる、モリトがいる・・・四精将が魔物討伐隊がいる。バースヘイムには・・・〙
「コジローとムサシがいるだろ!てかなんで親父が4ヶ国会談の発起人なのに不参加なんだよ!」
〘今回は前回と違ってどこからともなく4ヶ国会談を望む声が上がった事になっている。なぜなら・・・私がいないから〙
「じゃあ、いろよ!頭おかしいんか!!」
〘ゼン!お父さんに向かって頭おかしいんかとはなんですか!!雷ぶち込みますよ!〙
「いや・・・その・・・ごめんなさい・・・」
シンとゼンの親子喧嘩に発展しそうな雰囲気もファーラの言葉で終止符が打たれた。同じ部屋にいたムサシがいる何故か震え上がるが、コジローはチラリと横目で見て無視をする
〘ん、んん、とにかく今回は病に伏せてる事にして私は不参加・・・理由は前にも述べたように邪推する国が出る可能性があるから。どこの国とは言わないがバースヘイムとシントが裏で画策しているとい言いかねないからね・・・あの皇帝〙
「言っちゃてる言っちゃてる・・・まあ、4ヶ国しかないんだから言わなくても分かるが・・・で、そのうんちゃら皇帝ってのは俺が代理でまともに話をすると思うか?」
〘元々誰であれまともに会話する気は無いよ・・・あの皇帝。ただ今回ばかりは勝手を言ってられないはず・・・4ヶ国が手を組まなければ大陸は・・・終わりだ〙
「その事にその皇帝が気付いてくれてれば話は出来るか・・・一致団結出来なきゃ終わり・・・そんな時にシント国の王様は夫婦で旅行とくらぁ」
〘旅行ではない、クオンに・・・そう言えばクオンから何か連絡はあったか?〙
「ねえよ!・・・そう言えば伝えてない事があるんだが・・・」
〘朗報以外聞きたくないのだが?〙
「この状況で朗報な訳ねえだろ!・・・マルネスが攫われた」
〘・・・とても朗報には聞こえないが・・・〙
「だから!そんなもんある訳ねえだろ!・・・更に後日チリも攫われた」
〘お前・・・私に帰って来させようと〙
「んな訳ねえだろ!ちなみにな・・・」
〘ちなむのか?聞きたくないのだが・・・〙
「聞け!国としてはこっちの方が問題だ!マルネスが攫われた時に一緒にいた女も攫われた。その女の名はニーナ・・・ディートグリスの侯爵様らしいぜ?」
〘・・・お前から代理を取っていいか?〙
「逃げんじゃねえよ!俺は国王代理だ!幸いお忍びだったらしいからディートグリスには知られてない可能性が高い・・・」
〘お主も悪よのう〙
「ちげえよ!無事奪還すれば文句を言われる筋合いはねえって言いたいだけだ!誰も闇に葬り去るなんて言ってねえ!」
〘当たり前だよ。お前は何を言ってるんだい?〙
「このっ!・・・とにかく魔族がいるいつ攻めてくるかも分からねえ、ニーナってのはおんなも助けねえといけねえ・・・八方塞がりだよ!」
〘まだ二方だ。後六方はいけるな〙
「ざっけんな!!」
思わず水晶を壊しそうになるゼンを後ろで控えてたオッツが止める。ゼンは依然興奮状態・・・助けを求めようと後ろを振り返るも第2部隊の隊員達は明後日の方向を見る。とばっちりはゴメンだと
〘冗談はさておき、マルネス、チリに続いてニーナ殿までが・・・犯人は分かっているのか?〙
「寝言は寝て言え!魔族に決まってるだろ!!」
〘なんの為に?〙
「ああ?」
〘マルネスは分かる。魔族だしなんと言っても原初の八魔の一体だ。だが、チリは?ニーナ殿は?・・・ゼン、決めつけるな。決めつけは時に視界を曇らす〙
シンの口調が代わり、ゼンもシンに言われた通り冷静になって考える。確かにマルネス以外を攫う可能性は皆無だが・・・
「魔族以外が・・・?」
〘まあ、魔族だろうけどね〙
「・・・・・・」
ゼンの血管は限界を迎えていた。押さえているオッツも限界を迎えそうだった
〘とにかく街を守り、3人を助け出さればならない・・・頼んだぞ国王〙
「代理だ!!!」
ようやく終わった4ヶ国会談が開かれる前に行われた親子会談。結果はゼンに丸投げされた形になり、ゼンは渋々水晶の前に立つ
場所は謁見の間
今回はモリト、シズク、アンズ、オッツ(ゼン抑え要因)が同席する
「時間だ・・・魔力を流すぞ」
ゼンの言葉に全員が頷くと水晶に魔力を流し各国と繋げる
「こちらシント国国王代理、ウォー・・・ゼン・ウォール」
〘代理?声も若いがウォールという事は息子か何かか?シントの代理〙
「・・・ええ。そちらは?」
〘おお、これは失礼。サドニア帝国皇帝ベルベット・サドニアだ。シントもいい加減、名を後に言う習慣を変えられてはどうかな?いちいち訂正するのも億劫だろう?〙
「・・・我が国は貴族制、階級制を用いておらず、家柄に重きを置いております。その為に家名である姓から名乗る習慣が根付いております。ですが、昨今他国との交流も増えたことですし他国に合わせる事も必要と考えておりますので今後の議題に上げさせていただきます、ベルベット殿」
怒りもせず淀みなく答えるゼンを見てオッツは目を見開きシズクを見た。シズクは何も心配している様子もなく澄まし顔。こっちはハラハラドキドキなのに流石奥方と何故かオッツはシズクを褒め称える
〘それは助かる。国が残ってたらの話だがな〙
「・・・仰る意味が分かりませんが?」
〘話の腰を折って申し訳ないが、こちらも準備出来ているので挨拶させてもらっていいかな?ディートグリス国国王ゼーネスト・クルセイド。少々立て込んでいるので今回の会談は手短に頼む〙
〘私も既におります。バースヘイム王国国王イミナ・リンベルトです。全員お揃いのようなので進めたいと思いますが、進行役は私でもよろしいでしょうか?〙
イミナの言葉を皆が了承するとイミナは被害の状況を聞いた
シントは怪我人と行方不明数名、ディートグリスは今現在も被害が拡大している為未知数、バースヘイムが現段階で1番被害が多く300程の死者が出ており、サドニアに至っては死者、怪我人共に0。その報告に他の3ヶ国が無言になる
〘・・・サドニア帝国には優秀な人材が豊富なようですな〙
〘優秀?確かに優秀ではあるな。私の言い付けを守るという意味では〙
〘それはどういう意味ですか?〙
〘『手を出すな』・・・そう言い付け、それを守った結果がディートグリスのに優秀と評価されたという事だな、バースヘイムの〙
「つまりまだゴブリンが存在してると?」
〘いや、存在してはいない。こちらが手を出さないのを見かねて向こうで処理したみたいだ。なんでも数千のゴブリンを瞬殺したとか・・・〙
〘瞬殺・・・数千のゴブリンを!?〙
にわかに信じ難いが、それを確認する手立てはない。サドニア帝国以外の国は誇張はあるだろうがそれに近い圧倒的な力を目の当たりにしたのだろうと半ば強引に納得した
〘ディートグリス国のゴブリンの数が多いというのが気になります。それにホブゴブリンの存在も・・・我が国ではゴブリンの数は多くて数千・・・万に届くとはとても・・・それにホブゴブリンも見ておりません。被害のほとんどはゴブリンを討伐し終えた後の魔族の手によるものです〙
〘魔族の?もしかしてバースヘイムは魔族に手を出したのか?まさかここまで・・・〙
〘・・・ここまで・・・なんでしょうか?〙
〘自身で考えるといい、バースヘイムの〙
〘くっ・・・〙
どんな言葉であろうと決していい言葉ではないのが分かっているイミナは歯噛みする。見かねたゼーネストがイミナへの助け舟を出すが、そこから話は思わぬ展開へと移り変わる
〘ベルベット殿・・・今は情報が少しでも欲しい。どこも手を出していなければ魔族の強さを再認識するのに時間がかかるやも知れん・・・そう言った意味では勇気ある行動ととってもいいのでは?〙
〘・・・再認識?魔族がどれ程のものか再認識する必要がどこにある?過去の文献にいくらでも書いてあるだろう・・・魔族の恐ろしさは〙
〘先の会談では否定的だったのに、えらく変わり身が早いではないか・・・ベルベット殿?〙
〘私が否定的だった?ディートグリスのは何を聞いていたのやら・・・私は少ない情報で踊らされるのを避けたいだけ。それにタダで情報を流すと言うのは自ら情報に価値がないと言っているようなもの。誰も魔族が来ないとは言っていないぞ?〙
〘お待ち下さい!今は未曾有の事態!各国が手を取り合って・・・〙
〘手を取り合って、どうするつもりですか?〙
〘!?〙
〘むっ!〙
〘・・・〙
「誰だ!!」
イミナの言葉を遮った声はどの者の声でもない冷たく脳に直接響くような声
黙って3人の声に耳を傾けていたゼンが咄嗟に問い質す
〘私達の話をしているのに『誰だ』はないでしょう。で、人が手を取り合って私をどうするつもりです?〙
全員が凡その見当を付けている中、ゼン達だけが確信に至っていた。そして、繋がる・・・この時のためにチリを攫ったのだと
「チリをどうした?」
〘こちらの質問に答えれば答えてあげましょう〙
「・・・手を取り合って、てめぇを倒すんだよ!ファスト・グリニカル!!」
「隊長・・・グルニカルです」
「グルニカル!!」
〘ファスト・・・グルニカル?〙
〘魔族・・・?〙
〘・・・〙
イミナとゼーネストがまだ混乱している最中、ベルベットは無言でことの経過を観察する。3人はゼンの口ぶりから魔族である事は理解出来ていたが、声の主がどのような立場にあるものか分からずに口を挟むのを控えた
〘威勢がいいですね。まるで以前の番犬のようです〙
「!・・・んな事はどうでもいい!チリは・・・」
「チリを返せ!!外道が!!」
同席していたアンズがゼンの言葉を遮り水晶に食らいつくように叫ぶ。慌ててオッツが押さえようとするがシズクがそれを制してアンズの肩に手を置いた
振り返ったアンズとシズクの視線が合うとシズクは目を閉じて首を振り、アンズは零れる怒りを拳に込めて震えどうにか堪える
〘誰をどうしたなど別でやりたまえ。それが出来ぬと言うなら引っ込んでろシントの代理。それよりも・・・貴殿はファスト・グルニカル殿でいいのかな?私は・・・〙
〘名乗らなくてもいいですよ。覚える気などサラサラないので。それよりも君達に一つ提案があるのですが伝えてもよろしいですか?〙
〘・・・提案?〙
〘ええ。細かく説明するつもりはないのでそのつもりで聞いて下さい。君達は用済みです・・・なので処分するつもりなのですが、全て処分するつもりもないのです。半数・・・残るものと処分するものに分けてもらえませんか?あ、処分はこちらで行うので手間は取らせません〙
「・・・は?・・・なっ・・・」
〘優秀なものを残し、老い先短いものや無能なものを処分する事をオススメします。それと天族は例外なく処分するので悪しからず〙
〘人語を理解してぬようだな。処分されるのは主ら魔族であろう〙
〘ほう・・・もしや天族ですか?確かディートグリスという国は天族が支配しているとか・・・盗人猛々しいとは正に天族の事を指すようですね〙
〘何を・・・〙
〘ディートグリスの!状況が読めぬと言うなら引っ込んでろと言っているのだ!〙
なおも食い下がろうとするゼーネストを苛立った声でベルベットが咎める。重苦しい空気に包まれる中、あまり発言をしていなかったイミナが切り出した
〘あの・・・何故ゆえ人の世を欲するのです?長い時を魔の世で暮らして来たのでしょう?今更なぜ?〙
至極当たり前な質問。魔族とは500年前に共存していた。天使が現れて終止符が打たれたが、それで今度は敵となるのは納得が出来なかった
〘イミナ殿、度々魔王と名乗る魔族が現れたのをお忘れか?魔族は元より敵なのだよ〙
〘くだらない・・・処分する理由や敵味方など、もはやどうでもいいのです。期限は10回、日が昇り沈んだ時。魔獣と魔物をこちらに送りますので処分するものを差し出して下さい。ああ、今は色々と試していまして、我ら魔族とゴブリンの子なんかもいますよ?なんでも前に送り込んだゴブリンより数倍強力らしいので楽しみにしていて下さい〙
イミナの質問にゼーネストが割って入るとファストは心底くだらないと言った感じでため息をつきこれからの予定を淡々と告げた。10回日が昇り沈んだ時・・・つまり10日後に攻めて来ると
「魔族とゴブリン?・・・てめぇ仲間までも・・・」
〘使い道がないものを有効活用しただけですよ。・・・それでは伝えたい事は伝えたのでこれで切ります。分ける分けない関係なく行進は半数を処分するまで止まりません・・・では〙
「待て!行進ってなんだ!?チリは!!マルネスや・・・クオンはどうした!?」
ゼンの叫ぶが響き渡るがファストは答えることなく、無言の時が過ぎる
〘どうやら行ってしまわれたようだな。くだらない質問や私情を挟んだ質問・・・ましてやこの場で激情に駆られて怒鳴り散らすなど愚の骨頂・・・折角の機会を・・・どう責任を取るのだ?〙
〘魔族と馴れ合う気などない!〙
〘彼の者の思考を探り、それに対抗しようとするのがくだらないと申されますか?〙
「考え方が魔族よりなんじゃないか?サドニアの」
沈黙を破ったのはベルベット。皮肉ではなく直接的に各国の対応を批判し責任まで追求してくる言葉に3人が目くじらを立てるがベルベットは鼻を鳴らす
〘本当に浅ましい・・・これが国の代表たる態度とはな。結局貴様らは何がしたいのだ?魔族と戦いたいのか?仲良くしたいのか?お友達を助けたいのか?〙
〘貴公は何が言いたいのだ!?〙
〘そう、がなるなディートグリスの。理解しろと言うのだ・・・我ら人が魔族に対抗する術があると思うか?一瞬で万や千単位の兵を好きな所に配置する軍に適うと思うか?為す術なく殲滅されるより、半数を無条件で残すと言うのだ・・・しかも、選定をこちらに委ねるという破格の条件でな。我らがすべき事は敵対する事でも融和を図る事でも個人を助ける事でもない。どれだけ人類を残すかではないのか?〙
〘前の会談の時とえらく態度が違うではないか・・・あれだけ尊大に語っておきいざ魔族が出て来たらしっぽを丸め・・・いや、しっぽを振るか!〙
〘戦況を把握しても尚無謀を突き通す事と鞘を収める事・・・どちらが賢い選択か考える程でもないだろう?先の会談では魔族が攻めて来る事自体眉唾物だったのだ。それが真実と分かり向こうの戦力が想像を絶するものと分かればそれに対して柔軟に対応するべきではないのか?・・・ちなみにしっぽを振ると言ったが、それは我ではなくあの男に言うべきではないのか?魔族が好物と言っていたが、まさかそういう意味だとは思わなかった〙
〘あの男?〙
〘忘れたか?バースヘイムの。先の会談で『諸悪の根源を俺が断ち切る』などと言っておいて魔族にしっぽを振っている番犬の事よ〙
〘クオン殿が裏切ったと?何を根拠に・・・〙
〘根拠か・・・あれだけ大見得を切った番犬の事を魔族は一切触れなかった。取るに足らない存在だったのかもしれないが、それにしては魔族の攻め方が人寄りの考え方と思えないか?圧倒的な力を持つ魔族なら有無も言わさず人の数を半数に減らし支配すれば良い・・・それをわざわざ刻限を区切り我らに選定させるのは人の知恵が入ったと思わざるを得ない。なぜなら選定させる理由が有能なものを残し無能なものを排除する為だからだ〙
〘魔族崇拝者め・・・それのどこが根拠と言うのだ!妄想を垂れ流しおって・・・〙
〘妄想?ならば我よりも真っ当な意見を言うたらどうだ?我の言葉を妄想と切り捨てられる程の意見が聞きたいものだな〙
「それが・・・」
〘ん?なんだシントの代理よ〙
「それがクオンの裏切りの根拠になると?ただ魔族が人を選定しろと言っただけで?」
〘フ・・・別にシントを乏している訳では無い。番犬はシントの者ではないだろ?我には魔族が人の優劣を測れるとは思ってない。魔族にとって人など家畜同然・・・家畜の違いなど分かるはずもない。しかし、魔族から選定という言葉が出るという事は人の入れ知恵があったと考えるのが当然・・・時期的にみてもそれが番犬と考えて何ら不思議はない。それとも他に誰か魔族に入れ知恵するような輩がいるとでも?〙
ゼンはシンより前回の会談の話を聞いている。もちろんベルベットが去った後の会話も・・・心の中で『てめぇが入れ知恵したのだろ!』と叫ぶも拳を握り歯を食いしばって言葉を飲み込む。これ以上4ヶ国の関係を崩さない為に
〘我もまんまと騙されたわ。あれだけの大言を吐くのだ・・・よっぽどの自信があると思いきや陰では魔族にしっぽを振っているとはな。二枚舌・・・いや、確かケルベロスとは三つ首の魔獣・・・三枚舌か〙
「・・・・・・」
ギリっと歯軋りの音と共にゼンが誰にも聞こえない小さい声で呟く。険悪な雰囲気に周囲が息を飲む中、ベルベットは平然と問い質す
〘ん?何か言ったか?シントの・・・〙
「・・・てめぇに何が分かる・・・」
〘なに?〙
「てめぇに何が分かるって言ってんだよ!こちとらアイツとは長い付き合いなんだ!アイツがどんな気持ちで魔の世に行ったかてめぇに分かるのか!?確かにアイツは魔族との共存を望んでた・・・だけどあくまでも魔族との共存だ!魔族による支配じゃねえ!!てめぇに魔の世に行く怖さが分かるのか!?裏切る?二枚舌?冗談じゃねえ!てめぇみたいな口だけ野郎はただただ部屋の隅っこで黙って震えてりゃあいいんだよ!目を閉じて祈っときゃあいいんだよ!アイツが無事に帰って来て、平和な世が訪れるのをな!アイツは・・・クオンは絶対にやり遂げて戻って来る!絶対に・・・絶対にだ!!」
言葉の途中で止めに入ろうとしたオッツをシズクが止めようとした。が、オッツはシズクに止められる前に自ら止まり目を閉じる。乱暴であり、他国の皇帝に吐く言葉ではない。だが、その言葉を、想いを止めてはならないと自然と足が止まり耳を傾けた
この会談においての何度目かの静寂・・・そして、1番長い静寂の後、ベルベットが口を開く
〘フフフ・・・ハハハ・・・なるほど、どうやら我らは相容れぬようだな。これ以上話しても益はない・・・精々滅ぼされぬよう努力する事だな。出来れば有能な技師は残しておいて欲しいもの・・・それも詮無きことか・・・では失礼する──────〙
決別の意思を示しベルベットは通信を終えた。結託を願って開いた4ヶ国会談であったが、その願いは叶わなかった
〘我が国としてもこの状況で足並みを揃えるのは厳しい。魔族に与する事は有り得ない・・・クオンには先の件で世話になったが、そこまで信用出来るかと問われれば首を横に振らざるを得ない・・・我が国は我が国のやり方でやらせてもらう・・・各国に天の加護があらん事を──────〙
続いてゼーネストが通信を終えた。今尚ホブゴブリンの襲撃が続いている最中での会談であった為に冷静さを失っていたゼーネストであったが、最後に告げた言葉には暖かみを含んでいた事から冷静さを取り戻した様子が伺える
〘ゼン殿の言葉には胸打たれました。我が国は先の魔族襲撃の折に甚大な被害を被っております。今はシント国に頼らざるを得ない状況・・・ゼン殿とシン殿に従います。きっとシン殿も先程のゼン殿の言葉に陰から涙し・・・どうやら笑っておられる光景が浮かびましたが、喜んでおられるでしょう。念の為防衛の準備は致しますが、また後ほどお話ししたいと思います。ではこれで──────〙
最後にイミナが通信を終えた事により4ヶ国会談は終了となった。ゼンの前にある水晶も役目を終えたので光は消え謁見の間は静寂に包まれる
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
静寂を切り裂くようにゼンが頭を抱えて叫ぶ。それを聞いてオッツがゆっくりと歩み寄りゼンの肩に手を乗せた
「他国の皇帝を『てめぇ』呼ばわりの回数、新記録樹立おめでとうございます。大丈夫です・・・クオン様は無事ですよ、きっと」
「・・・てめぇ、クオンに変な当て字を付けやがったな!」
「感動したぞ!ゼン・・・お前の言う通りクオンは必ず成し遂げる!そして、チリも・・・」
「ぐっ・・・いや、あれは売り言葉に買い言葉ってやつでな・・・」
オッツに怒鳴りつけるゼンをキラキラした瞳で見つめるアンズ。その瞳を見て強く否定出来ないゼンがしどろもどろに答えているとモリトもゼンに近寄って来た
「へっ、息子もいい友を持ったみたいだな」
「ぐぉあ・・・オジサン・・・それが1番堪える・・・頼むから止めてくれ・・・」
最後にシズクが視線を向ける。ただただ視線を向ける
「・・・・・・・・・」
「止めてくれ・・・せめて何か言葉を・・・俺が何をしたって言うんだよ!止めてくれー!」
ゼンの絶叫が謁見の間にこだまする
そのゼンを生暖かい目で見ていたシズクは顎に手を当て何かを考えるオッツに気付いた
「オッツ?」
「え?ああ、はい」
「何か気になる事でも?」
「・・・いえ、その・・・魔族とゴブリンの子とか言ってましたが、その魔族って・・・」
「ええ、使い道がないとかどうとか言ってましたね。仲間ですら道具のように・・・仲間・・・ウソ・・・よね?・・・」
オッツの言わんとしている事に途中で気付き、シズクは口元に手を当てる。どこかの知らない魔族の話・・・そう聞き流していたが、もしかしたらと頭に過ぎった者を思い首を振る
「うん?どうした?」
「ア、アンズ隊長・・・もしあのファストって奴が言ってた魔族がマル・・・」
「オッツ!!」
2人の様子がおかしいと尋ねたアンズに答えるオッツをシズクは慌てて止めた。言葉に出すと現実味が増してしまうと考えたから・・・だが、その場にいた全員がオッツの止めた言葉を理解してしまう
魔獣襲撃まで残り10日・・・ゼン達は重苦しい空気の中、迎撃の準備を開始する──────
「陛下・・・よろしかったのですか?あの事を伏せたままで・・・」
ディートグリス王国ダムアイトの王城内執務室にて水晶による通信を終えたゼーネストが深く椅子に座り天井を見上げている様子を見てニーナの父、ジーナが言葉をかけた
「未だサドニア領とシント領のものが見つからぬ・・・期待させて見つからなかったでは洒落にならぬだろう?サドニアは最悪見つからなくても構わんがシントは見つけてやりたいものだ・・・あの若者の啖呵・・・実に心地良かった・・・ああいう若者は殺させてはならん・・・魔族などにな」
「流石我が娘の婿となる男の友人・・・とでも言うとお思いですか?」
「む?まだ怒っておるのか?ワシはニーナの幸せを思ってだな・・・」
「それとこれとは話が別です!ニーナには職務を全うした後に平穏な日々を過ごして欲しいと願ってました・・・よりによってあの神扉の番犬とは・・・」
「良き男だったぞ?どこの馬の骨とも分からん男に捕まるより全然マシであろう?」
「嫌なものは嫌なのです!」
「お主・・・ニーナが結ばれぬのはお主が原因なのではないか?」
頑ななジーナを見てため息をつくと同時に執務室のドアがノックされ、ゼーネストは入るように言った
「失礼致します!至急陛下に申し上げたい議がございます!」
入って来たのは近衛隊長のカイン。未だ頭の包帯は取れず痛々しい姿をしているが、怪我は完治している。以前ゼーネストが怪我が治ったのなら包帯を外せば良かろうと包帯に手を伸ばすと涙目で激しく首を振った・・・激しく
「なんだ騒々しい・・・申せ」
「ですが・・・」
カインはチラリとジーナを見るが、ゼーネストは構わないと小さく頷くとカインはそのまま言葉を続けた
「・・・はっ。招集の令を四天の方々にお伝えしに赴くも四天の方々は居らず・・・なんでも各地に散らばったホブゴブリンを討伐しに・・・」
「バカな!王都で待機と言い付けたはずだ!」
「・・・残念ながらその言い付けは守られず・・・」
「くっ・・・急ぎ連れ戻せ!何人使っても構わん!!3日・・・いや、2日でだ!」
「あ、いや、それは・・・どこに向かわれたかも分かりませんし、もしかしたらバラバラに行動されていましたら流石に2日では・・・」
「だから言うておろう!何人使っても構わんと!ジーナ!お主の息子と協力して屋敷の者が行き先を聞いてないか問い質せ!」
「はっ。至急行ってまいります」
事の重大さを理解するジーナは直ぐに礼をして部屋を後にする。逆に理解していないカインはゼーネストの変わりように狼狽するばかりであった
「何をしている!さっさと編成しジーナ達が聞き出した場所に向かう準備をしろ!」
「は、はっ!!」
カインは慌てて礼をして逃げ出すように部屋を後に・・・残されたゼーネストは椅子にもたれ掛かると顔に手を当てた
「バカなことを・・・なんてバカなことを・・・」
1人残されたゼーネストが呟く。まさか若き正義感によって国が窮地に立たされるなどとは思ってもみなかった・・・ゼーネストは自分の甘さを痛感する
10日後・・・魔族が来る・・・絶望を抱いて──────
「お恥ずかしい限りです」
水晶の通信が切れたことを確認し、シンは水晶の前にいるイミナに頭を下げた
「何をおっしゃいますか・・・立派な息子さんじゃないですか。でもなぜシン殿は笑っていらっしゃったので?」
「いや、まあ、普段から倅はクオンをライバル視・・・いや、敵視とも取れる感じでしたので・・・本音を聞いていたらつい普段の態度が頭に浮かんでしまい・・・それよりも今後の対応を決めなくてはなりませんね」
「・・・シン殿はクオン・ケルベロスがやってのけるとお思いですか?」
「やってのける・・・と言いたいところですが、それにしては時間がかかりすぎています。信じる信じない別にして次なる一手を用意せざるを得ないでしょうね」
「次なる一手・・・攻めて来た場合、どうするか・・・」
「手はないとは言いたくないですが、実際戦った感想を正直申しますと・・・手詰まり感は否めません。10日というのはあまりにも短過ぎる・・・」
シント国の君主として激務をこなしながらも訓練を怠らなかったシンだが、現役の頃よりは数段弱くなっていた。それでもシントの中では上位に入る実力者・・・そのシンとそれに近い実力を持つファーラ、更にコジローとムサシという現役が魔族一体に対して全力で攻撃してもビクともしなったのだ、簡単にその魔族に対処出来る案が浮かぶはずもなかった
神妙な面持ちで悩むシンとイミナ。その2人の様子を見ていたファーラが持っていた紅茶のカップを置くと微笑んだ
「あなた・・・らしくないですよ。勝てぬのなら勝てるようになればいい・・・そうやって幾多の苦難を乗り越えてきたではないですか」
「いや、そうは言っても10日だよ?」
「確かに日は短いですが余りある魔素があるではないですか。鍛えるにはうってつけではありませんか?」
ゴブリンの核に溜まりに溜まった魔力が解放され、街の中まで魔素が充満している状況は魔力を使う能力や魔法を鍛えるには最適だった
「確かに・・・諦めるのはまだ早いか・・・自らの力で切り開くのを」
「ええ。私も全盛期の力の半分も出ていません。勘さえ取り戻せれば・・・ムサシ、コジロー・・・あなた達も付き合いなさい」
「えっ!?・・・いや、俺らは・・・」
「なに?」
「・・・なんでもないです」
普段のムサシなら意にそぐわない意見には絶対に従わないムサシだが、姉の鋭い視線に竦み上がり素直に頷いた
それを横目で見るコジローの視線は冷たい。一時はムサシの話を聞いて同情していたのだが、ファーラに真実・・・実は魔法の修行中であったファーラの部屋に無断で入り勝手に感電してトラウマになっただけ・・・を聞いたからであった
この後、正式にバースヘイム王国の方針としてシントと連携を取り現存の戦力を上げる事により魔族に対応する事が決定された
その決定が成された頃、バースヘイム王国王都リメガンタルの正門に1人の少女が現れた
バースヘイム王国最南端に位置する港町クリオーネからやって来たという少女は日焼けした肌に金髪のツインテールを揺らし、身体にフィットした着衣を身に付ける。港町では海に入る際の服装なのだが、陸地で見るとその服装は異様に目立った
門兵が少女を止めるが、少女は真っ白い歯をニッという見せてこう告げた
「バースヘイムを助けに来たよ」
サドニア帝国執務室
ベルベットは会談後、机に向かって一心不乱に何かを記すと皇帝補佐官であるテグニ・ユーヤードを呼び付ける
「4ヶ国会談はいかがでしたか?あのような化け物に対抗する術は・・・あるのでしょうか?」
挨拶もそこそこにテグニは畳み掛ける。しかし、ベルベットはそれを無視して1枚の紙をテグニに向けて放った。ゆらりゆらりと揺られて足元に落ちた紙を拾い上げ、目を通すが意味が分からず眉をひそめる
「陛下・・・これは?」
「選定表・・・100を超えるものを集めよ。抵抗しても殺すな・・・勿体ない」
「い、意味が分かりません!犯罪者100点、ギフトなし50点、年齢による加点・・・1歳1点・・・これで100を超えるものを集めてどうされるのですか?」
「・・・期限は5日。数は出来るだけ集めよ。場所は先のゴブリンが出現した場所の近くに用意させる・・・お前が心配するのは集めてどうするかではない。集められなかった時、お前がどうなるか、だ」
ベルベットの凍てつくような視線がどうなるかを容易に想像させる。集められなければ入ってしまうのだ・・・その100を超えた者達の中に。テグニには未だ100を超えたらどうなるかは分からない。しかし、決して良い事が起きない事だけは分かる。背筋に冷たいものが走り、テグニは選定表を握り締めそそくさと部屋を後にした──────




