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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『統べるもの』
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4章 13 王都争乱⑨

人の世ではゴブリンの上位種として語られるホブゴブリン。体躯はゴブリンよりひと回り以上大きく、知能も高く武器を使う器用さも持つ


一体出れば一個中隊で当たらねばならぬ程の魔物・・・その魔物が隙間よりゾロゾロとその巨体を揺らし増えていく。足を自ら貫いた痛みを抱えたまま、テリトウ達はその悪夢に立ち向かう


「正面に立つな!回り込み距離をとれ!」


テリトウが叫ぶが全員足を負傷しており動きは鈍い。それでも歯を食いしばり痛みに耐えながら移動する


「せいっ!・・・あ・・・」


回り込んだ隊員が後ろから槍を突くが硬い肌に阻まれる。一瞬動きが硬直してしまうと振り向いたホブゴブリンと目が合った


「止まるな、バカ野郎!!それに魔物に対しては魔力を込めて攻撃しろ!」


テリトウが飛び込み間一髪のところで隊員を助けると続け様に叫んだ。それを聞いた隊員達は頷き槍に魔力を込めるが、ホブゴブリンの巨大な身体に対してあまりにも小さい槍の穂先・・・倒すには一撃では難しくどうしても数度攻撃しなくてはならない。一体のホブゴブリンに対してならいざ知らず、複数体のホブゴブリンに対してでは何度も攻撃している暇はなくジリ貧状態が続く


そこまで動きが早くないホブゴブリンではあったが、数が増えるにつれて背後をとったとしても別のホブゴブリンの前に出てしまう・・・そんな状況に陥る事も多くなり、攻撃する頻度も激減した


攻撃は出来ないがホブゴブリンは増えていく・・・するといつの間にか身動きが取れないほどホブゴブリンが周りを取り囲み、とうとうテリトウ達は追い詰められる


「くっ・・・くそっ!」


囲まれて徐々に狭まる円・・・その中心にいるテリトウ達が背中を合わせ迎え撃とうとするがホブゴブリンの手に持つ棍棒の太さを見てそれが無駄だと理解する


木をそのまま棍棒にしたような太さ・・・それに比べて隊員達の持つ槍はあまりにも貧相であった


「みんな・・・一点突破だ・・・」


テリトウが街の方角を指さし、全員がそれを見て頷く。正面から行かなくてはならない為に犠牲は覚悟の上。それでもこのままの状態よりは生き残る可能性は高かった


「行くぞ!!」


隊員達が一斉に動き出す。目指すは街の方角を背にしている一体のホブゴブリン。テリトウ達が動くと当然ホブゴブリン達も動き出し、テリトウ達を取り囲む円は狭くなっていく


「俺が行く!『闊歩』!」


テリトウが特能『闊歩』を使用する。中空に足場を作りまるで階段を駆け昇るようにホブゴブリンの顔近くまで上がると魔力を込めた槍を顔面に突いた


顔面を突かれたホブゴブリンは倒れ道が出来る。そこに殺到する隊員達・・・着地したテリトウはそれを満足気に眺めていた


「!テリトウ!?」


動かないテリトウに気付いた隊員の1人が振り向くと、テリトウのすぐ後ろにはホブゴブリンが迫っていた。着地した段階で間に合わないと判断したテリトウは囮となりホブゴブリン達を引き付ける決断をしていた


ホブゴブリンの足音が止まり棍棒を振り上げる気配がする。隊員達が立ち止まり振り返って何か叫んでいるが、テリトウにはもう届かなかった


棍棒が頭の上で太陽を遮ったのか暗闇に包まれる。もしかしたら既に死んだのかもしれない・・・そう考えた時に優しい声がテリトウを包み込む


「諦めるには早いんじゃないか?」


いい匂いがした。望んだ声がした。ふと顔を上げると天使が居た・・・ビキニアーマーの


「アンズ・・・隊長?」


何故か刀を担ぎ微笑むアンズ。太陽の光がアンズにだけ差し込み、後光が差してるように見える


「ちと数が多いな・・・そちらは任せたぞ、アンジー」


見ると巨大なゴーレムがホブゴブリンを踏み潰していた。その肩の上から1人の少女がアンズに話しかける。その言葉にアンズは頷くと刀を抜いた


「承知・・・気を付けろよ?チリ」


「誰にものを言っている・・・まあ、やるのは私ではないがな」


2人は笑い合うと残りのホブゴブリンに向かって駆け出した。短時間でアンズに何が・・・そう呆けるテリトウに隊員達が駆け寄りその場を離れる。あまりにも一方的な展開に巻き込まれないように・・・




──────時はアンズが逃げ出した時点まで遡る


ホブゴブリンの姿が過去のトラウマと重なり頭の中が真っ白になってしまったアンズは何もかも捨てて街へと駆け出していた


無我夢中で走っていると喧騒も遠のき思考が正常に戻った瞬間に嘔吐した


自分のあまりにも身勝手な行動と情けない姿を身体が拒絶した為だ


地面に手を付き、自分のした事に絶望し地面の土を掴むアンズ・・・その時アンズの視界にか細い足が映る。一瞬身体を強ばらせるが、男・・・ましてやホブゴブリンの足ではないと冷静になり恐る恐る顔を上げた


「無事で何よりだ・・・アンジー」


丸メガネが太陽の光を反射してキランと光るとアンズの状態を隅々まで観察してほっと胸を撫で下ろす


刀を手にし、後ろには屈強なゴーレムを従えた人物は屈んでアンズと目線を合わす


「チリ・・・なんで・・・」


四精将『土』のチリ・ネイダル


普段は牢屋とは名ばかりの研究所でゴーレムの研究に勤しむ彼女だが、四精将として街の守護に駆り出されていた。その彼女が何故ここに?アンズが首を傾げるとチリは優しく微笑んだ


「今度は守る為に」


「あれはあたしが無理やりチリを・・・」


「ああ、そうだな。根暗で誰にも相手にされなかった私を唯一気にかけてくれ、色々な所に誘ってくれた。そんなアンジーが襲われているにも関わらず私は何も出来ずに震えていた・・・逃げなかった?違う!ただ動けなかっただけ。助けを呼ぶ声すら出なかった?違う!声を出したら標的が私に移るのではと出さなかっただけ・・・私は唯一の友を見捨てたのだよ」


「違う!あの時は・・・」


「あの時!アンジー、お前は助けを求めて私に手を伸ばした!その手を私は・・・握れずただ見ていただけ・・・『轍鮒(てっぷ)の急』という言葉がある。意味は危険が目の前に迫っているという意味だ。その言葉の中にある『轍鮒』とは車輪が付けた(わだち)の僅かな水の中で苦しみもがく魚という意味・・・その言葉を知り、私は思った・・・私はアンジーが作った道にのみ存在出来る・・・まさしく『轍鮒』なのだと!」


「・・・チリ・・・」


チリ・ネイダルは幼い頃から人付き合いが下手であった。達観していると言えば聞こえは良いが、知能が高い故に同年代のものを見下していた。それが態度に出てしまう為に敬遠され続けていた・・・アンズが現れるまでは




『ねえ、何してるの?』


『・・・』


『ねえ、ねえってばぁ!』


『・・・今創っている器の推察と考察だ。何を刻み何を省略し、それにより起こり得る事態を計算している。時間は有限だ。失敗を重ねるよりも推察と考察を重ね無駄を省く』


『へぇー・・・ねえ、庭にでっかい虫がいたんだけどヘコヘコしに行かない?』


『・・・私の話を聞いていたのか?』


最初の接触はこんな感じであった。煙たがるチリに天真爛漫なアンズが話しかける・・・強引なアンズは嫌がるチリの手を無理やり引いて外に出た


そんな日が続くと最初は嫌がっていたチリだが、研究の息抜きと考えるようになり、次第にアンズに打ち解けていく


『ねえ、チリ・・・この花食べれるの知ってた?』


『馬鹿を言え、こんな毒々しい色の・・・ムグッ!何を!?・・・・・・甘い』


『でしょ?あたしも嘘だーって言ったら姉さんが無理やり口に突っ込んで来たの!』


『アンの字・・・だからと言って私にもやるのはどうかと思うが・・・』


『だから!あたしの名はアンズ!アンの字じゃないって!』


『アンの字はアンの字だろう』


『ううっ・・・あっ!じゃあ、アンジーって言うのはどう?アンの字より可愛いでしょ?』


『アンジー!?いや、それは・・・』


『なに?じゃあ、チリの事、チリジーって呼ぶよ?』


『それは勘弁してくれ』


方や剣のハガゼン刀のタンデントと言われる程の名家に生まれたアンズと方や四精将『土』の歴代の中でも群を抜いて天才と称されるチリ


2人の仲睦まじい姿は見るものには不思議な印象を与えていた。一緒に居るのが当然・・・そう2人が感じるようになってしばらく、あの事件が起きてしまう


基礎学習を終える直前、アンズがチリに見せたいものがあると言い誘い出し起きた事件・・・事なきを得たが少女2人に深いトラウマを刻む事になる




「あの時あたしが誘い出さなければ・・・」


「言っただろ?私はお前が導いてくれなければ道端に捨てられた魚・・・お前が通って出来た轍にのみ生息出来る憐れな魚」


「違う!チリは1人で何でも出来ていた!それをあたしが・・・」


「それは違う。あの時・・・お前は『見せたいものがある』と言って私を連れ出した。結局見る事は叶わなかったが、どうしても気になってな・・・あの後1人で行ってみた」


「え・・・」


「驚いたぞ。あの先に行くと街を展望出来る場所があり、それを見て私には必要ないと思っていた『涙』が頬を濡らした。アンジー、お前が私に見せたかったものがこれだと分かった瞬間溢れるものを堪える事が出来なかった」


「・・・」


シントで基礎学習が終わると専門コースへと進む。アンズとチリでは進む道が違う為、これまで通りに会うことは出来ない


チリに出会った時、チリは誰も寄せ付けず1人黙々と何かに打ち込んでいた。休み時間も授業が終わった後も1人で黙々と・・・。アンズはそれが気になり毎日のようにチリを観察していた。『何してるのかな?遊ばないのかな?楽しいのかな?』気になり勇気を振り絞って話しかけたらもっと気になった。仲良くしたいと思った・・・だが、チリはアンズ以外の人に結局心を開かなかった


このままだと専門コースで離れ離れになった時に、また元の一人ぼっちになってしまうのではと考えたアンズは計画する。『ほら見て!世界はこんなに広いんだ!こんなにいっぱいのひとが居るんだ!』そんな言葉を胸に秘めて向かった場所が街を展望出来るアンズの取っておきの場所だった


「共に過ごした時間のお陰かお前の意図する事が理解出来た。確かに私は視野が狭くなっていた。研究さえ出来れば後はどうでも良かった・・・だが、クの字やジュウの字と出会い変われたのはあの時あの景色を見たからだ。まあ、その時に墓地を見てピーンときて墓地を荒らしてしまい今の場所で監視されているのだが・・・すべてアンジーのお陰だ」


「・・・それだと死体に手を出したのもあたしのせいみたいじゃない」


「そうなるな」


「なんでよ!・・・ハア、チリはあそこを1人で通ってあの場所に辿り着いたのね・・・あたしなんて・・・今も隊員達を置いて・・・」


「逃げて来たのか?」


「ええ・・・ホブゴブリンが出て来て・・・怖くなった・・・ホブゴブリンの顔があの時の男達と重なって・・・こんな格好したり・・・刀を槍に変えたり・・・バカみたい・・・」


露出度の高いビキニアーマーを見つめ、置いてきた槍を握る仕草をして呟くアンズ。その姿を見てチリが手に持っていた刀を投げた


「・・・これは?」


「私があの場所を越えられたのはこやつのお陰・・・名は『テップ』・・・1度ジュウの字に壊されたが私の最高傑作」


チリの後ろに立つゴーレム、『テップ』は3年前に1度ジュウベエに破壊されていた。強さを求め人の皮などを使った為なのだが、今は皮ではなく岩の表面で塗り固められていた


「私も怖くて怖くて仕方なかった・・・あの場所に行ったらまた足が竦むのでは・・・と。だから、この『テップ』を創り、後押ししてもらったのだ・・・『轍鮒(テップ)』・・・(お前)()の分身にな」


「・・・それとこの刀は・・・」


「私はあの場所を1人で乗り切った訳では無い。『テップ』がいなければ無理だっだろう。だが、逃げなかった!お前はどうだ?扇情的な格好をしてトラウマを克服しようとしてる反面、刀を槍に変えて逃げようとしてる。少しでも距離を置きたく短い刀から長い槍に変えて!・・・逃げるな!お前はただ近寄るなと棒キレを振ってるだけだ!そうじゃないだろ?お前はそんなんじゃないだろ?怖いなら一緒に行ってやる!逃げたくなったら壁にでも何でもなってやる!だが、自分からは逃げるな!私に世界は広いと教えてくれたお前は・・・私が知るアンジーはそんなんじゃない!」


チリの世界は白黒だった。チリに聞こえる音は雑音だった。ただ目の前の文字列だけが全てだった。それを変えたのはアンズ。手を引っ張られ外に出て顔を上げると白黒だった全てのものが色付き、喋る言葉は心地良く耳に響く


だが、チリを変えたアンズの時は止まっていた。あの時から・・・あの場所から


「・・・勝手な事を言うな・・・あたしは別に刀から槍に変えたのは怖いからじゃない・・・ちょ、ちょっとカッコイイと思ったからだ!あー、やれるとも!刀でも、ぜ、全然平気なんだから!・・・てか、逃げるなら壁になるですって?そりゃあチリの胸は絶壁だけど、その小さい身体で壁になるなんて良く言えたわね!」


「ぜっぺ・・・胸は関係ないだろ胸は!お前はどうなんだ!?その格好で外に出て恥ずかしくないのか!それとも会わないうちに露出狂にでもなったか?痴女め!」


「ち・・・なんですって!?根暗メガネ!」


「なんだと!?メラニン!」


「・・・メラニンって何よ?」


「うむ、お前は肌を露出しているから肌が焼け黒くなっているだろ?それはメラニンという色素が・・・」


「へぇー、そんな理由で黒くなるんだ・・・・・・ぷっ」


「くっく・・・」


冷静になり目が合うと笑い合う2人。思い出されるのは2人で遊んでいた日々・・・まるであの頃に戻ったように無邪気に笑う


「・・・で、そこのテップ君は強いの?」


「当たり前だ。完成形ではないが、ホブゴブリンなら苦もなく倒す」


「・・・あそこには魔族がいる・・・」


「知っている。それは私が何とかしよう」


「何で知ってるのよ?」


「世界が広いと知るにはまずは見る事だ・・・私は目をいくつも持っている」


「・・・チリが女で良かった・・・」


「で、ポンコツ痴女は戦えるのか?」


「ポンコツ・・・か。昔取った杵柄ってやつを見せてやる。そこのテップがスクラップになっても安心していいぞ」


「痴女は否定せんのだな」


「否定する以前の問題だから、だ!急ぐぞ!隊員達は皆足を怪我している!」


「自制が効かないというのも悲しいな」


「言うな!・・・ひゃう!」


テップがチリ、そして、アンズをヒョイっと抱え上げ、背中に乗せる。3mはあるテップの背にしがみつき、アンズは恐る恐るチリを見た


「な、何をするつもりだ?」


「決まっている。急ぐならテップが最適だ・・・何せ跳躍力が半端ない」


「跳躍・・・え?ちょっと待て・・・心の準備が・・・」


「跳ぶぞ!舌を噛むなよ!」


「待てと・・・ぬあああああああああああぁぁぁ!!」




──────そして、アンズとチリは戦場へ


テップの着地地点にはたまたまホブゴブリンがおり、それをそのままの勢いで踏み潰す。アンズはしがみついてた力を緩め辺りを見渡すと全員生きており、テップの目の前ではテリトウが目を閉じてまるで死を受け入れるかのように固まっていた


「諦めるには早いんじゃないか?」


テップの大跳躍でチビりそうになったのをひた隠し、精一杯取り繕った声で話しかけるとテリトウが顔を上げた


「アンズ・・・隊長?」


テリトウの言葉に微笑み応えるアンズ。テップから降りると周囲にいるホブゴブリンを睨みつける


「ちと数が多いな・・・そちらは任せたぞ、アンジー」


チリの言葉に頷き、チリから受け取った刀を引き抜く。刀を持つのは久しぶり・・・それでもしっくりと手に馴染む


「承知・・・気を付けろよ?チリ」


「誰にものを言っている・・・まあ、やるのは私ではないがな」


2人は笑い合うと残りのホブゴブリンに向かって駆け出した


「五輪(つい)之型『天刀』・・・お前らの見る最後の光だ!存分に楽しめ!」


アンズの持つ刀が光り輝き辺りを照らす。そして、刀を振るう度に光の残像を残しそれになぞるようにホブゴブリンの首や腕、足がズレていく


「『残光』とは言ったものだな・・・さて、テップよ。デビュー戦だ、派手に行け!」


チリの掛け声と共にテップが動き出し、迎え撃つホブゴブリンの棍棒をものともせず顔面を撃ち抜いた。棍棒を受けた部分に損傷は見られず、頭を一撃で粉砕する威力を見てホブゴブリン達が怯む。テップはそれを知ってから知らずか次々とホブゴブリンに襲いかかった


「ふむ・・・では、私は私の用事を済ますとするか」


チリはテップの戦いぶりを満足気に見つめた後、離れた場所で佇む魔族、デサシスを見て呟く


デサシスはチリが見ているのに気付くとまるで招き入れるように両手を広げる


《素晴らしいゴーレムですね。ホブゴブリンの一撃に耐えれるとは・・・私が試しても?》


「それは止めてくれ。対魔族は想定していない・・・あれでも私の最高傑作だ、簡単に砕かれでもしたら少々自信を失う」


アンズとテップがホブゴブリンの相手をしている中、チリはデサシスの目の前に立つ


《それは残念です・・・で、あなたは何をしに?とても私と戦えるとは思えませんが?》


「無論戦うつもりは無い。交渉しに来た」


「交渉・・・ですか?交渉とは互いに望むものを出し合い譲歩する・・・そういったものと認識していますが、はて・・・私にはあなた達に望むものなどないのですが・・・」


「貴様になくとも貴様の主にはあるだろう」


《なに?》


主という言葉を聞いてデサシスの表情が変わる。チリは気にせず話を続けた


「こちらの望むのは即時撤退だ。ホブゴブリンはどうにかなるが貴様はどうにもならん。で、こちらから提示するのはクオンの器についてだ」


《!・・・》


「どうやら交渉の余地はあるみたいだな。どうする?」


《内容次第・・・といったところですか。くだらない内容で撤退したとあればいい笑いものです》


「・・・それもそうだな。ふむ・・・ではこうしよう。撤退を約束した後、私の提示する内容が不満なら私の命を差し出そう。なので、撤退は撤回しないで欲しい。無論、内容に満足したのならそのまま撤退してくれ」


《・・・命を賭けると?・・・ふっ、いいでしょう。撤退は約束しましょう 。しかし、その前に聞きたいことがあります・・・自分の命を投げ打ってまでなぜ私を撤退させるのです?人にとって自分の命はそうまで安いものなのですか?》


「かけがえのない命がある。自分の命よりも遥かに・・・な。あそこで戦っているアンジー・・・彼女が無事ならそれでいい・・・私の命などクソ喰らえだ」


《・・・理解し難い・・・が、ファスト様の策を裏付ける言葉ですね。人は他人の命を重んじる・・・時には自らの命よりも・・・理解は難しいですが納得はしました。それでは聞きましょうか・・・その内容とやらを》


「・・・クオンが入れている擬似の器、あの製作者は私だ。そして、あの器にはある特能が刻まれている」


《特能・・・魔技の事ですか。して、その魔技とは?》


「『通信』」


《つうしん?》


「簡単な話だ。事前にパスを繋いでいるものとどんなに離れていても会話出来る・・・ただそれだけの能力・・・クオンがどのように使うかは不明だ。それでも私は撤退に釣り合う情報だと思っている」


チリが緊張した面持ちでデサシスを見つめると、デサシスは顎に手を当てて考え始めた。今チリはデサシスに命を握られている。殺されてもいい・・・しかし、デサシスが撤退するのをこの目で見れないのは不安が残る。本当に撤退するかどうか・・・もしかしたら自分を殺した後にアンズ達も・・・その懸念が払拭しきれなかった


《・・・素晴らしい情報です。主も謎が解けたと喜んでおります・・・命拾い・・・しましたね》


「・・・なるほどな。どうやら私は交渉の相手を違えてたらしい」


デサシスはあくまでも傀儡・・・奥にいるものを見据えてなかった事に一瞬冷や汗をかくが、デサシスの口ぶりから何とか通用したようでほっと胸を撫で下ろす


《当然です。そもそも私の判断で撤退など有り得ません。そうですね・・・私の裁量で出来る事と言えば、攻撃を仕掛けられたらその相手を殺す・・・くらいでしょうか》


「つまり手を出さなきゃ殺されなかった・・・って事か。初めから言ってくれればいいものを・・・とんだ道化だな・・・私は」


《いえいえ・・・私の気分次第で攻撃された事にして全滅させても良かったのですよ?つまりあなたはいい交渉を成したと言えるでしょう》


「魔族に慰められるとはな・・・で?いつ撤退してくれるのだ?」


《連れないですね・・・ゴブリンはどう致しますか?》


「もう終わるが・・・持って帰りたいなら止めるが?」


《いえ、結構です。では、私だけ退散するとしましょう。あなたの大事な方・・・守れると良いですね》


「そう思うなら二度と来てくれるな・・・もう出すカードはない」


《出し惜しみしないで正解ですよ。どうせもう・・・出す暇すらないのですから・・・》


デサシスは微笑むと自らが創り出した隙間に入り、その直後に隙間は消えた。チリがそれを確認し振り返るとテップが最後の一体をねじ伏せ第3部隊は勝鬨をあげる


「さて・・・どうしたものか・・・」


第3部隊の隊員に何故か胴上げされているアンズを眺め、チリはデサシスの最後の言葉を思い返す


『出す暇すらない』


それは次は問答無用に攻めてくる事を暗示しており、交渉の余地はない事を示していた


「今は・・・どうでもいいか・・・」


滅びる前の束の間かも知れない・・・それでも・・・一時でもアンズの笑顔を守れた事を誇りに思うチリであった──────


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