1章 8 ドラゴン調査隊後編
訳も分からずここにいるマルネスにレンドとマーナ、それにモリスが経緯を説明する
サラニス渓谷近くで中型クラスの魔物が大量に食い散らかされ、それを見た狩人がギルドに報告。それを受けて一度調査するがその時にドラゴンの鳴き声を聞いた。そして、本当にドラゴンなのか調査する為に再度調査隊が組まれ、その護衛としてクオン達が調査隊と共にサラニス渓谷へと向かっている事
≪ほう・・・では、帰ろうか。間違いなくドラゴンだ。それにこの匂いはウォータードラゴンだのう・・・そこな2人が調査隊と言うならば分かるはずだろうて≫
話を振られた調査隊のデラスとファーレンは首を振りそれに応える。眉を八の字にして2人に詰め寄るマルネスだが、ゲインにそれを阻まれた
「突然匂いがするとか言われても納得出来ん。この調査で街の命運が決まるのだ・・・違いましたでは済まない」
≪カカッ・・・ドラゴン如きで命運とな?お主ら人とは・・・いや、お主は人間か・・・人間とは儚き存在よのう≫
「何を・・・それでは貴様は人間ではないと申すか?バカバカしい」
≪妾を人と見るか。救いようがないのう、脆弱な人間≫
「貴様・・・」
ゲインがマルネスに詰め寄ろうとするとクオンが前に立ちはだかる。が、それはマルネスを庇う為ではなく、何かの気配に気付いたから
立ちはだかったクオンを押し退けようとした時、クオンが渓谷を指差し、その瞬間魔物の鳴き声が聞こえた
「この大地が震えるような唸り声・・・天空を舞うドラゴンがたまに聞かせる声と・・・確かに似ている」
人々から天空の覇者と言われる魔物、ドラゴンは人の住む大地に降り立つ事がほとんどない。稀に上空を横切る事はあっても通り過ぎるだけであって攻撃などはされることはない
遠い昔にドラゴンに滅ぼされた国があると伝え聞くが、それは人がドラゴンに手を出したからであって、ドラゴンから人に手を出す事はないに等しい
「やはりドラゴン・・・群れからはぐれたのか・・・それとも・・・」
≪群れ?馬鹿な事を・・・ドラゴンが群れなせば人の世など一溜りもないわ。人間のようなご馳走を放っておく訳がないからのう。捨て龍かもしくは・・・≫
「黒丸!」
マルネスの言葉を遮り、クオンが剣を抜く。それと同時に太陽が隠れ、辺りが瞬時に暗くなった
「え?」
マーナが不思議に思い上を見上げると、そこにはこの前見た女王アントの倍以上の巨体が宙に存在し、太陽の光を遮っていた
薄い水色のような身体に大きい翼が風を起こし、鋭い爪と太い牙をギラつかせてクオン達を見下ろす
「・・・け、渓谷まで・・・まだこんなにも・・・」
≪間抜けめ。ドラゴンが何もないのに鳴くわけなかろうに。アレは嬉し鳴きよ・・・ご馳走が自らやって来たってのう≫
「・・・ご馳走?・・・」
≪人間4体に魔族1体・・・魔力切れの空腹ドラゴンにはヨダレの出る程のご馳走だ・・・ほれ、来るぞ?≫
デラスが呆けて呟く言葉に丁寧に説明して薄ら笑うマルネス。言葉の意味を理解出来ずにマルネスが指差した方向を見ると、徐々に高度を下げていたドラゴンが大きく口を開けていた
「くっ!・・・俺の後ろに全員退避!」
どのような攻撃が来るか想像し、ゲインが持っていた盾を構える。そして、地面に突き刺すと叫んだ
「巨大化!」
ゲインの言葉に反応するように盾が巨大化する
「なあ、レンド。この国はギフトはそのままの名前で叫べって法律があるのか?」
「し、知りません!」
クオンの疑問にそれどころじゃないと身を屈めながら答えるレンド。ゲインの盾は全員を守るように立てかけられるが、10m以上のドラゴンが口を開き、今から放とうとしているブレスを防げるのか甚だ疑問だった
祈るように手を組み身を屈める4人。盾を構えるゲインとそれを見守るクオン、そして何かを考えているマルネスだけが立っていた
「黒丸、何が来る?」
≪ウォーターブレスだろうのう・・・巨大化したとはいえ、人の手の盾で防げると思うとるのか?こヤツらは≫
「防げたら良いなって事だろ?所詮水だろ?」
≪まあ、のう。人が吹き飛ぶ殺人水だがのう≫
「・・・お前ら・・・」
盾を構えながら来るであろうブレスを警戒しているゲインは呑気に話す2人に殺意を覚える。実はギフト『巨大化』を使った時のクオンのツッコミを聞いて、コイツだけ当たるようにしようと考えていたゲインだが、マルネスにも当てるようにするにはどうすればいいか考え始めた
そんな事を考えていると目の前のドラゴンの口からマルネスの予想通りのウォーターブレスが放たれた
ドラゴンはまだ宙に浮いており、かなり上の角度から放たれたブレスは全てを飲み込む激流となって全員に襲いかかる
ゲインの巨大化した盾は1mの高さが倍の2mになったくらい。とてもではないが、全員を守るには高さが足りなかった
「うっおおおおおお!」
目を瞑り無駄に叫ぶゲインを横目に、クオンが剣を振るい風斬り丸の風魔法でブレスを切り刻む
ブレスが霧散した事に苛立ちを覚えたドラゴンは地に降り立つと威嚇するように吠えた
≪おーおー、うるさいのう。クオン、どうする?≫
「任せる」
クオンに任されたマルネスがどこで覚えたのかスカートを摘み片足を後ろに回して膝を曲げて礼をする。そのやり取りを見ていた他の者達にはふざけているようにしか見えなかったが、モリスにだけは貴族の令嬢がダンスの誘いを受けた時のような光景に思えて口をポカーンと開けていた
そして、威嚇の終わったドラゴンがクオン達を見下ろし、笑うかのように目を細めると顎を上げる
≪カッ・・・懲りないのう≫
その姿を見て何をしてくるか理解したマルネスは気にせずドラゴンへと歩みを進めた
ゴスロリ幼女が1人ドラゴンの元へ歩いて行く姿はどこか現実感がなく、呆気に取られていると1つの影がマルネスに向かって走り出す
ドラゴンは向かい来るマルネスに向けてブレスを吐きながら首を勢い良く下げると放射状に伸びたブレスが斬撃となり襲いかかる
マルネスはブレスに向かい手を伸ばした瞬間、不意に後ろから来た人物に押し倒され、ブレスはマルネスの身体の横を通り過ぎた
≪・・・おい≫
地面に押し倒されて服が汚れた事に腹を立てたマルネスが押し倒して来た人物・・・モリスを睨み付けると・・・
「だ、大丈夫・・・ぐあああああああああああ」
モリスの腕はちぎれ飛び、大量の血が吹き出す。ドラゴンのブレスがかすりモリスの腕を奪っていったのだ
周囲の者達はすぐ横を通り過ぎたブレスの恐怖とモリスの腕がちぎれた事による恐怖で硬直し言葉も出ない。ゲインも震える手で意味をなさない盾を構えるだけで動けなかった
≪余計な事を・・・ん?クオン?≫
「黒丸・・・そいつの手当を頼む。アレは俺がやる」
≪クオン!しかし・・・≫
「アレは予約物件だ・・・首を下げた時に見えた。アイツの印が見えた」
≪アイツの印?≫
「ああ。首元に『✕』がある。ドラゴンがどこから来たか知らないが、シントを通って来たのは間違いないな。で、ここにいる理由もそれが関係してるとなると・・・俺も無関係ではない。はた迷惑な話だがな」
ゲッと顔を歪めたマルネスがクオンの言葉に納得し、傷付き痛がるモリスに近付いた。ちぎれた腕を拾うと静かに目を閉じ魔法を唱える
≪黒華結肢≫
するとモリスの残された腕の部分とちぎれた腕の傷口に黒い花が咲き、その2つが引き寄せ合うようにくっ付くと、花は枯れ散っていく。その散った花びらが傷口を覆うように舞い、傷口を塞いだ
痛みでもがき苦しんでいたモリスは突然痛みが消え、腕が戻った事に驚き、戻った腕とマルネスを交互に見て呟いた
「・・・マジ天使」
≪治してもらって愚弄するとはいい度胸だ≫
意識を失ったモリスを放っておき、マルネスは1人ドラゴンに立ち向かうクオンが気になり振り返る
マルネスの目に映ったのはスタスタとウォータードラゴンに近付くクオン。剣を握りいつブレスが来てもいいように警戒しているが、魔力切れなのかドラゴンはブレスを放つ気配はなかった
ヨダレかブレスの残りの水か分からないが液体を口から垂らし、吐く息も荒い
「ぜ、全員・・・退避!」
ゲインが盾を元の大きさに戻し、ドラゴンに背を向けると全員の安否を確認後そう叫ぶ
「なっ!クオンさんを見捨てる気ですか!?」
「当たり前だ!我らはあくまでも調査隊の護衛!そして、調査対象が確認出来て調査隊の方が無事な内に退避するのが今回の目的だ!」
「それでも仲間を・・・」
「現状を見ろ!ドラゴンだぞ!ドラゴンの龍鱗は生半可な剣は通らん!彼が囮になっている間に・・・なんだ!マーナ?」
「ゲインさん・・・アレ」
レンドとゲインが言い争っている時、マーナがゲインの肩を叩き指を差す。その方向にゲインが視線を向けると・・・
「馬鹿な!?」
クオンの剣が龍鱗を切り刻み、血飛沫を上げるドラゴンの姿が目に飛び込んできた。ゲインの言う通り龍鱗は硬く、通常の剣ならば傷一つ付けられない。しかし、クオンはドラゴンの爪を躱しては切り、躱しては切りを繰り返しドラゴンを血塗れにさせていく
≪あー、帰っていいぞ。後はやっとく≫
顎が外れるほど口を開けて驚いていたゲインにモリスの治療を終えたマルネスが服に付いた汚れを叩きながらまるでゲイン達が邪魔だと言わんばかりに手をシッシッと動かしていた
マルネスのその行為に腹を立てた額に青筋を立てるが、構っている暇はないと調査隊の2人を声をかけた
「デラス殿、ファーレン殿!彼が気を引いている間に行きましょう!たとえ傷を付けれようとも致命傷には至らない!ドラゴンの逆鱗に触れ、広範囲に暴れ回る前に・・・」
「ゲインさん・・・あれ」
再びマーナがゲインの肩を叩き、今度は何事かと振り返ると・・・
「んな馬鹿な!?」
クオンがドラゴンの腕、肩と足場にして飛び上がり、ついには頭上へと到達すると剣を左手に持ち、右手に力を込めた
「伏せ!」
言うが早いか思いっきり拳を頭に叩きつけ、ドラゴンは勢い良く地面に顎を沈ませる。その衝撃で地響きが起き、ゲイン達は目の前の光景の衝撃と合わさって腰を落として地面にへたり込む
地面にうつ伏せたドラゴンは一瞬目を回すが、持ち前の耐久力により直ぐに正気に戻ると、残り少ない魔力を振り絞りそのままの体勢で口を開きブレスを放とうとする
狙いはそばにいるクオンではなく、ひとかたまりになっていた者達・・・ゲイン達である
口の中にブレスを放つための魔力が溜まると、一気にそれを放とうとした
「待て」
クオンの躾をするような声が響くと鼻先を剣の柄で叩かれ口を塞ぐ羽目に・・・ブレスは口の中で暴発し、ドラゴンは痛みでこれまで以上の声量で鳴く、そして、泣く
のたうち回るドラゴンを他所にクオンがマルネスの方を見てチョイチョイと手招きをして呼ぶと何やら言葉を交わした。そして、マルネスがドラゴンに近付き、クオンは何事も無かったようにゲイン達の元へと戻ってくる
「ク、クオンさん!クロフィード様は何を?」
「ああ。殺す訳にもいかないし、放置する訳にもいかないからな・・・ちょっと説き伏せてもらおうかと」
「と、説き伏せる?」
「そんな馬鹿な!?人語を理解するドラゴンなど・・・まさか・・・エンシェントドラゴン!?」
デラスがクオンとレンドの会話に割り込み、エンシェントドラゴンという名を口にする。ドラゴンが千年の時を経て神の領域に足を踏み入れた状態と言われエンシェントドラゴンと呼ばれる。人語を理解し人と話す事が可能と言われていた
「まさか・・・古代龍は髭の長さが恐ろしく長い。アレは幼龍から小龍になったくらいだろう。150歳ってところか」
あまり知られてないが、ドラゴンは歳を重ねると髭が伸びる。身体はある程度の大きさで止まるのだが、髭だけは伸び続けエンシェントドラゴンと呼ばれるものとなると伸び過ぎて結び目を使ったオシャレなどに興じるドラゴンもいるくらいだ
クオンが見護っていた時、神扉の近くにはドラゴンも多く近寄って来た。クオンの匂いに釣られてやってくるドラゴンもいれば、物珍しさから来るものもいた。そして、その中にはエンシェントドラゴンも
彼らは神扉の前まで来てクオンに話しかける。中には甘い言葉を囁き、クオンを喰らおうとするものまで。そして、クオンが1番ドラゴンに嫌気がさした理由は話の最後に決まって「美味しそう」と付け加えて去ること。ドラゴンにはクオンがご馳走に見えるのだった
「ならばなぜあの小娘がドラゴンと話せる!?」
「言ってなかったか?黒丸は魔族だからな。言語は違うが意思の疎通はお手の物だ」
「ま、魔族!?」
「馬鹿な!?」
「へえ」
デラスとゲインが驚き、ファーレンはどこか納得したように呟いた。レンド達は慣れてしまったが、魔族はドラゴンより希少であり恐怖の象徴とされて来た歴史がある
「で、どうやって説き伏せるんですか?魔族とドラゴンの力関係とかで強引に?」
1人話についてきているファーレンがクオンに説明を求める。クオンは面倒臭そうに頭を掻きながら説明をし始めた
「あー、シントの国にアホな子が居てな。そいつは自分の獲物に印をつけるんだ。あのドラゴンにはそいつが付けたと思われる印が付いていた。恐らくそいつはあのドラゴンを魔力切れになるまで痛め付け、自分の獲物だと主張する為に印を付けて放置した。ドラゴンが何を考えたか分からないが、恐らくはそいつから命からがら逃げてきたんじゃないかな?それで魔力を補充する為にここに身を隠して魔物を喰らっていた所を狩人に見つかった・・・ってのが俺の予想だ」
「???」
一同クオンの話に着いていけず、頭の中に?を浮かべる
ドラゴンは天空の覇者と恐れられ、対処に国が動く程。そのドラゴンに対して「痛め付け」「獲物」「逃走」とまるで力関係がデタラメな内容を言われて素直に頭に入ってくるはずもなかった
≪クオン~!≫
マルネスは遠くからクオンを呼ぶ。クオンはポカーンとする一同を置いてマルネスの元に向かうとまずはドラゴンの事情を聞いた。先程クオンがみんなに話した話で概ね合っており、シントでの傷を癒していたらしい
≪それでのう・・・やはり落とされたのではなく、突然・・・≫
「そうか。それで運悪くヤツに出くわした訳だな。人からしたら運良くになるのか・・・」
≪まあ、この世の魔素では到底賄えず、逃げて来たこの地の魔物を喰らうも回復までには至らなかったらしいな。擬態も使えず減る一方の所にご馳走が来て取り乱したと・・・本人も反省しておる≫
「・・・この巨体だ、魔力の消耗も激しいだろう。だが、擬態が使えないのであれば・・・」
≪ま、待て。擬態は高度過ぎて教えている時間はないが、小型化なら何とか・・・少し時間をくれんかのう?≫
「・・・どれくらいだ?」
≪1日・・・いや、半日で覚えさせる。ちょうど魔力も切れかけておる。本能的に魔力消費を抑えようとしているから、覚えるのも早いだろうて≫
「・・・分かった。俺もなるべくヤツの怒りは買いたくない。とりあえず皆には伝えて来る」
途中殺気を放ったクオンに怯えるドラゴン。何とか首の皮一枚で繋がり、後はマルネスに小型化を教わる事となった・・・命懸けで
クオンは再びみんなの元に戻り事情を説明するが、理解の追い付いていない者達に説明するのにかなりの時間を要する事となる
「えっと・・・つまりあのドラゴンはシントの強い人にボコボコにされて逃げて来た先がこの渓谷だったと。で、魔力が切れそうになったからここら一帯の魔物を狩っている時に食べカスとなった魔物が狩人に見つかり僕らが派遣された・・・僕らの中にご馳走が紛れていたので取り乱して襲ってしまい現在に至る・・・と」
「今の状態だと魔力の消耗が激しいから、クロフィード様が魔力の消耗を抑える姿になれるよう指導中・・・今後はシントの強い人に獲物認定されている為、その人の元に連れて行くまで生かしておくと」
「そうだ。小型化が出来るようになれば魔力の消耗は激減するらしい。定期的に魔物を摂取するか動かなければ人の世の魔素で事足りるだろう。シントのヤツに引き渡すまで俺が責任を持って管理する」
レンドとマーナが理解した内容を話し、クオンが補足する。何度目かの説明でようやくここまでこぎつけたが、他の者達は納得していない部分も多い
「ドラゴンを管理・・・いや、そもそもその話が本当だったとしてギルドにどう説明する?野生のドラゴンを飼うことになりましたと言うつもりか?」
「あのドラゴンはどこから来た?あの魔族は?」
「ドラゴンは貴重な素材でもあるんですよね。あれだけの巨体・・・一体どれくらいの価値になるか」
「クロフィード様・・・ポッ」
ゲイン、デラス、ファーレン、意識の戻ったモリスが口々に言うが、それを一つ一つ返していく
「ドラゴンは居なかった」「知らん本人に聞け」「金に困ったら売るとしよう」「・・・」
「嘘の報告をしろと言うのか?」
「魔族は?連れているのだから知っているだろう?」
「その時は是非ジテン家に売ってください」
「クロフィード様・・・萌っ」
「人に被害はなかったのだ問題ないだろう」「それこそ本人に聞け」「その時は頼む」「・・・」
ゲインこそ納得しなかったが、他の者達は『ドラゴンは居なかった』で渋々納得。そして、何故かここから名前決めが始まった
「水丸」
「安直過ぎです、クオンさん。ウォードラはどうですか?」
「それこそ安直よ、レンド。キャサリンなんてどう?」
「マーナ・・・性別は分からんだろ?ドラドラはどうだ?」
「ゲインさん、意外と可愛い名前付けますね。シュバルツア・ジテンドラゴンはどうです?」
「ファーレン、長過ぎだし、しれっと家名を入れるな。ウォータードラゴンでいいだろう」
「デラスさん、味気ないっす。俺仲間からモッサンって呼ばれてるんでウォッサンはどうです?」
≪お主らセンスの欠片もないのう。もう名前は決まっておる。『ステラ』こやつのことはそう呼ぶがよい≫
頭にステラと名付けられた小型化したウォータードラゴンを乗せて戻って来たマルネスが全員に告げるとステラはマルネスの頭から飛び立ちクオンの頭の上で着地する
「・・・捨てる?」
≪ス・テ・ラ!≫
全長50cm程の小型化に成功したステラ。この大きさならば人の世の魔素でも回復可能である。ただ長時間飛んだり、起きていたりすると消耗が回復を超えてしまうため、人の肩や頭に乗って休む必要がある
ステラが選んだ寝床はご馳走の上
降り立った途端に身体を丸めてスヤスヤと寝始めた
「虚偽報告の片棒を担ぐ気はない・・・かと言って波風を立てるつもりもないが、この姿はどう説明するつもりだ?まんまドラゴンだぞ?」
「そうですよね・・・ゲインさんの言う通りこの姿はどう見ても・・・」
ゲインの言葉を受けてレンドが悩んでいると意外な人物が助け舟を出す
「変異なのか異種交配か分からぬが他の魔物の特徴を持った魔物が度々出る。最近だとサイレントモンキーの体をしたガビットやサーベルタイガーの牙を持ったウォーウルフとかな。そう言った特殊な魔物もいるのだから・・・そうだな・・・ピックリザードかコカトリスの変異体かそこらと濁しておけば問題あるまい」
「デラスさん?」
「あっ、いや、そのー、私は魔物や魔族に並々ならぬ興味を・・・なので、少し・・・少しだけでもお話なんかをして頂ければ・・・」
高圧的な態度一変、マルネスの前でヘコヘコしながらお伺いを立てるデラス55歳。元々子爵であるガクノース家の家長を務めていたが息子に譲り引退。そこから国家特別調査隊に入隊した遅咲きの変態である
≪・・・断る≫
そこをなんとかと食い下がるデラスを放っておき、ゲインが全員を見渡して溜息をつき天を仰いだ。ドラゴンは危険、魔族は恐怖の象徴・・・そんな根底が覆された気がしていた
≪お主・・・ゲインとか言ったな?≫
マルネスは足元にまとわりつくデラスを足蹴にし、天を仰ぐゲインに近付き先程巨大化していた盾を見つめながらゲインに話しかける
「あ、ああ」
≪誇るがいい。その受け継いだ力は万の軍勢を一撃で屠ったサラム・ダートの力。精進せよ。さすればエーランクなど足元にも及ばぬくらいになれるぞ?≫
「え?」
自分の力に限界を感じていたゲインへの唐突な言葉。ドラゴン相手に全く歯が立たず、クオンに圧倒的な力量差を見せつけられた後では素直に受け取れなかった
「安心しろ・・・黒丸は世辞は言わない。ただ・・・技名は何とかした方がいいぞ?」
頭にステラを乗せたクオンが通り過ぎ様に言葉をかける。ゲインは微笑み、そして、拳を握る。Cランクまで上がれたのは間違いなくこのギフトのお陰であり、自分は無力ではない事を思い出す
「ぬかせ・・・いずれそのトカゲもどきも俺が狩ってやる」
「こいつはもう予約済みだ。他のドラゴンを当たってくれ」
背を向けて歩きながら手をヒラヒラさせて応えるクオン
ゲインは微笑みながら舌打ちし、全員を見渡すと叫んだ
「街に帰還します!帰り道は俺が先頭で・・・殿はクオン!お前がやってくれ!」
「・・・了解」
全員の準備が整い、街に向けて出発する。行きでのギスギスした感じはなく、それぞれ心に秘めた思いを抱えながら歩いた
ある者は更なる力を求め
ある者を新たな探究心の向かう先を見つけ
ある者は恋心を抱き
ある者は自分の役割を得た
こうしてドラゴンの調査という街の命運がかかった依頼は終わりをみせた
ガジガジ・・・ガジガジ・・・
クオンの前を歩くレンドが妙な音を聞き付け後ろを振り返ると・・・ステラに頭を齧られ血を流すクオンが目に入る
「クオンさん・・・それ・・・」
「ああ・・・どうやら起きがけの食事らしいな」
≪ま、待て・・・クオン・・・早まるな≫
「良かったな、レンド・・・今日の晩ご飯は珍しい龍肉だ」
≪逃げて!ステラ!超逃げて!!≫
血だらけで微笑み剣を抜くクオンに向かって叫ぶマルネス。その叫び声は遠くカダトースの街まで届いたという────