4章 3 救出隊出動
神扉襲撃事件
シント国の剣聖であるハガゼン・ジュウベエが神扉の番人、ケルベロス・モリトを襲撃し、忽然と姿を消した
腹に痣が出来てはいるが他に外傷はなく、意識が回復した後のモリトが番を続けようとするが大事をとって部屋で休養し、代わりに妻であるリナが番につく
「お務めは入ろうとする者を止める事も含まれているのに・・・ほんっと情けない」
と、辛辣な言葉を投げかけるも、報せが来た時のリナの慌てようを見ていた者達はリナの後ろ姿を生暖かい目で見送った
幸いジュウベエが警備兵とモリトを襲った事はケルベロス家に居た者達とシント国君主であるシン以外には知られずに済み、明日に控えたバースヘイムへも延期する事無く出発する。公務を遅らせれば理由を探られ、ケルベロス家の失態と剣聖の暴挙が明るみに出てしまう可能性がある。ケルベロス排斥派はなりを潜めているとはいえ今でも多数存在する・・・今回の件はケルベロス排斥の火種になりかねないとシンは判断した
消えたジュウベエの行き先は間違いなく魔の世
クオンだけではなくジュウベエまでもが魔の世に居る状態に中断されていたクオンの救出に向かう話がヒートアップする
頑なに行くなと言うマルネスとそれでも行くと言い張るマーナ達・・・話し合いは平行線を辿り、いよいよマルネスが実力行使に出ようとした時、ケルベロス家のメイド長であるイミナがマルネスのに部屋を訪れた
《手紙?》
「はい・・・マルネス様宛に・・・」
イミナが4つ折りになった紙をマルネスに手渡すと、確かに『マルネスへ』と書かれていた。その文字を見て一目で誰が書いたか分かり、顔を上げる
《これをどこで!?》
「は、はい、クオン様より食事を送る為に渡されておりましたリングから・・・」
《!!》
それを聞いたマルネスは急いで紙を広げ書かれている内容を目を見開いて読み耽る。何度も何度も読み返し、目を閉じると溜まっていた涙が頬を伝う
「マルネス様!?」
その様子を見てマーナが叫ぶとマルネスは首を横に振り、少し赤らみを帯びた頬でマーナを見た
《安心せい・・・クオンは無事だ。囚われてはおるがのう。ジュウベエも無事とはあるが・・・》
「・・・なんかとても嫌な気分」
「同意です・・・お兄様が無事という報せはとても嬉しく思いますし、未だ囚われているという報せは焦りを禁じ得ません・・・が、ツルペタの表情が癇に障ります」
《ほう・・・良いのか?食事は事足りているが、妾の無事を知りたいらしく、3回ワームリングを光らせた時手紙を寄越せと書いてある・・・その中で無事帰ったが義妹とマーナに虐められていると追記しておこうかのう》
「なっ!?」
「義妹と呼ばないで下さい!」
クオンの無事を知り、ようやくマルネスの表情にも生気が戻った。しかし、頑なに擬態化するのを拒み、結局安静にし魔力の消費を極力抑えるしかなかった・・・
マルネスの部屋を出た一同は居間に集まり今後の事を話し合う
「今分かってる事は、クオンは無事、ジュウベエも無事、でも2人とも囚われている・・・かな?」
「ですね。気がかりなのが囚われているはずなのにマルネス様に手紙を送る事が出来た事・・・それと、食事が事足りてるって言うのも意味が分かりません」
アカネの言葉に頷きながら、マーナがマルネスの言っていた言葉を思い出し疑問を呈す。囚われているイコール拘束されているのではないのかという疑問と、クオンが出発前に食事の件で散々苦労していたのを知っているだけに疑問が残る
「そうね・・・で、どうするの?行くのか待つのか・・・」
「もちろん行きます。例えマルネス様に何歩先に行かれても・・・私は諦めてませんから!好きな人と友人が困難な時に待つだけなんて・・・嫌です!」
「ぼ、ぼくも行きます!理由は・・・マーナと同じです!」
「ワタシも・・・行くです。師匠から預かったこの水晶があればいつでもマルネス様と通信が出来るです。クオンさんを捕まえる程の相手とまともに相手していては身が持ちませんし、無謀すぎるです・・・ですから、この水晶を何とかクオンさんに渡し、こちら側とあちら側で連携が取れるようになれば・・・勝機はあるです!」
「・・・1番幼いアリーが1番まともな意見ね」
アカネが呆れ顔で言うと、感情を押し出していたマーナとレンドが恥ずかしそうに視線を落とす
「申し訳ありませんが・・・私は行けません」
「え?」
いの一番に行くと言い出すのではと思っていたサラの言葉にマーナは信じられないと顔を上げて見つめると、サラは悔しそうに唇を噛んだ
「お兄様より何があっても決して魔の世に来るなと厳命されております・・・それだけなら私も強行したかもしれませんが、お父様が傷付き、お母様がお務めをしているこの状況で、私が抜けてしまっては・・・」
モリトは無事とは言え、次何が起こるか分からない状況は続いてた。そのタイミングで兄であるクオンの言いつけを破ってまで魔の世に行くかと問われればサラは首を横に振らざるを得なかった
「安心して!私達だってクオンの邪魔にならないように偵察に行って、運が良ければ水晶玉を渡すだけ・・・サラさんはお務めを優先して!」
助けに行く気満々だったのをアースリーの案を即座に採用する出来る女、マーナが笑顔でサラの肩を叩いた
サラはその笑顔に少し救われ、よろしくお願いしますと頭を下げる。その2人の微笑ましい光景を余所に不貞腐れる1匹の獣が居た
「・・・ところでステラはどうするんだ?」
行くメンバーが固まりつつある中、存在自体を忘れられたかのように隅っこで落ち込んでるステラ。クウーンと鳴いて気を引いたところ、それに気付いたレンドがマーナに聞くと眉を上げて呆れ顔
「はあ?魔の世に行って一体誰が私を守るのよ?シャンドさん曰く『クソの役にも立たない』私が魔の世に行くと言えるのはステラがいるからに決まってるでしょ?舐めないでよね!」
清々しいまでに他人任せなマーナに呆れを通り越して感心する一同。ステラも必要とされてると知り、全力で尻尾を振ってマーナに擦り寄る
「・・・犬だな」
「・・・犬ね」
「犬です!」
ドラゴンなのに擬態している時間が長く心まで犬と化したのではないかと心配しつつ、それぞれが準備を始めサラのお務めの時間になったら魔の世へと突入する事に決めた──────
マーナ達が魔の世に来る事など知らないクオンは何故か充実した日々を過ごしていた
専用のメイドが付き、サドニア帝国の郷土料理に舌鼓を打ち、城からこそ出れないがある程度の自由な行動を許されていた
それもひとえにアドバイザージュウベエの進言によるもの
『クオンは決して逃げないよ~。それに人は適度な運動と食事を与えないと衰えて死んでしまうからね~。後寂しくても死んじゃう~。器の件はボクに任せておいて~・・・必ずファスト様も使えるように責任持ってボクがやるから~』
ファストは新しいオモチャの言葉を信じ、五魔将は面白くなさそうにジュウベエを睨み付けていたと言う
「よくそんな言葉でファストが信じたものだな」
「ん~、多分パスを繋げたからだね~。しかもファスト特製の強烈なパス・・・どんな者でも操れるらしいよ~?」
「・・・つまりジュウベエ・・・お前が人質になったって訳か・・・」
「どうかな~?ボクはクオンが生きていればどうでもいいし・・・あっ、でも服は返さない方が良かったかな~」
「勘弁してくれ。で、そのアドバイザージュウベエは俺の器をファストにも使えるようにしろと?」
「ん~・・・ここに来るまではそう思ってたんだけどね~。クオンの顔見たらどうでも良くなっちゃった!」
ジュウベエの剣がクオンの頬を掠める
ここはファストの城の中にある広間・・・そこを利用してクオンとジュウベエは模擬戦に勤しむ
神刀『絶刀』は取り上げられてないものの、ジュウベエがどこからか刀を調達していた
クオンはただの魔力の受け皿である核を、ジュウベエは戦闘では使えない核を所持している。なのでお互いがただ純粋な剣技のみで戦っており、剣聖であるジュウベエが終始押していた
「特能ばっかりに頼ってるから~・・・鈍ったんじゃないっの!」
「だな!」
クオンが幾度攻めようともジュウベエは簡単にいなし、その度にクオンの身体を傷付ける。かすり傷程度だが傍から見ると全身血だらけで満身創痍のクオンの姿を見て、部屋の隅に居るもう1人の人物が目を覆った
「ん~・・・印付けて良い?」
「それも勘弁・・・してくれ!」
クオンの全力の袈裟斬りもジュウベエは余裕でいなして身体をクオンの懐に入り込む。息が当たる程近くに寄ると顔を上気させたジュウベエが剣を手放して指でクオンの首元をなぞる
「ハァ~・・・殺したい~」
「おい」
まるで抱き合うように見える2人
その2人をビクビクしながら見つめる者がいた
「ところで~アレ何?」
「アレ言うな。ミーニャ・クーデンハイト・・・バロの娘らしい」
「バロ?」
「知らないか?サドニア帝国に潜伏していた諜報部員の・・・」
「ふ~ん・・・で、そのバロの娘がなんでここに居るの?」
「俺の専属のメイドらしい。お前が3食の飯が必要と言ってくれた後、ファストの命令で・・・」
「違う・・・なんで魔の世に居るの?」
クオンに対する飄々とした態度はなりを潜め、鋭い視線をミーニャに向ける。ジュウベエとしては邪魔者の居ない2人だけの空間に入り込んだ異物に映っていた
「それはファストに聞けよ。突然連れてこられてメイドの真似事をさせられているらしい」
「・・・あっそ!興が醒めたからボクは行くよ~。またね~」
トンとクオンを押すと自らも身体を引いてクオンから離れ踵を返し部屋の出口に向かう。最後にミーニャをチラリと睨み付け、ボソボソと誰も聞こえない程の声で呟き部屋を出た
「あ、あの・・・私何か・・・」
「気にするな。あいつの思い違いだ・・・後で誤解を解いとくよ」
ミーニャが震えながらジュウベエの出て行ったドアを見つめているとクオンは問題ないと首を振る。クオンはジュウベエが最後に呟いた言葉を理解していた。ジュウベエはミーニャを睨みながらこう口を動かしていた
『アレ邪魔だな』と──────
神扉の前に集まるはクオン救出隊の面々
各々が準備を終え、マルネスに内緒で魔の世へと突入し、クオンの救出・・・もしくはアースリーの持つ水晶玉を渡す為に集結していた
最大戦力はアカネ・・・次点でステラ。他は数合わせ程の意味しかないが、それでも全員が覚悟を決めて魔の世へと向かう
「決して無理をなさらずに」
「ええ。しつこいようだけどみんなも頭に入れておいて・・・あくまでも今回は隠密行動。どうしても避けられない場合以外は交戦を避けること。目的はクオンとジュウベエの無事の確認・・・最善は救出だけど無理はしない事!水晶玉を渡せたら上出来とする!」
「はい!」
アカネの言葉に全員が頷いて返事をする。アカネはクオンから話は聞いているとはいえ実際に行くのは初めて・・・他の面子は話すらこの前聞いたのが初めてである未知の領域、魔の世。恐怖の象徴である魔族が蠢くその場所に自ら踏み入れるとは考えもしなかった
「クオンから聞いた話だと魔の世は魔素が濃すぎるらしいの・・・だから暴走しないように常に魔力を消費する必要があるわ。魔の世に入ってすぐはその辺を慣らしてから進みましょう・・・マーナは万が一の時の魔力の調整をお願い」
「はい・・・頑張ります!」
戦闘力は皆無なものの魔力の調整にも関しては右に出るものはいないマーナ
「魔族に見つからない為にはいち早く相手の存在を発見するしかないわ・・・アリー、小型ゴーレムで周辺の調査をお願い」
「はいです!ムキグモ君は大量に準備したです!」
マルネスを先生とチリを師匠と仰ぐアースリーの腕前は引きこもり時代に比べたら雲泥の差であった。特にチリと過ごした数日間で才能を開花させ、チリにとってもアースリーはなくてはならない存在とまで言わしめる
「ステラ・・・魔素が薄い人の世ではマーナ頼りで思う存分暴れられなかったと思うけど、魔の世なら・・・期待してるわ。でも、普段は小型化しといてね。さすがに本来の大きさは目立ちすぎるわ」
「ワン!」
すっかり犬の姿が板についているが、ステラは魔獣の中でも最強種と呼ばれるドラゴン。更にはこの中で唯一の魔の世経験者。ドラゴンゆえに人に対するアドバイスなどは難しいが地理はある程度覚えているという
「レンド・・・期待してるわ」
「何に!?」
「囮じゃない?」
「マーナ!お前!」
「それは無理って話です。なんてたってワタシを置いて逃げた過去が・・・」
「アースリーさん!?それは言わない約束では・・・」
「ワン!」
「ステラ!?」
最後のステラは何を言っているか分からなかったが、蔑んだように聞こえたレンドが思わずツッコむ。見ていたサラがクスクス笑うとレンドは恥ずかしそうに頭を掻き、ちょうどいい感じに和んだと判断したアカネがタイミングを見計らって声を上げた
「最悪は死じゃない・・・ファストって奴に操られる事!なので最悪を免れる為に自らの死を恐れない・・・いい?」
アカネのに言葉に全員が顔を引きしめ頷く。それを見てアカネは頷き返し神扉へと歩き出した
誰かの喉が鳴る音が聞こえた
それをきっかけにアカネに続いてマーナが歩き出す
ステラ、アースリーと続き、最後尾のレンドが神扉を通り抜けると、サラは手を合わせ祈るように呟いた
「どうかご無事で・・・お兄様を・・・お願いします」
魔の世への入口である光の渦
その前に到着するとアカネが振り返り全員を見た
「出口に魔族が居ないとも限らない・・・私が先行するから10数えてから通って来て!」
「先にムキグモ君を向かわせますか?」
「いえ、向こうとのタイムラグがどのように作用するか分からないわ。居ないと思ってたたら居たなんて事になったら危ないから私が行く・・・10よ、いいわね?」
アカネの言葉に全員が頷くとアカネも頷き光の渦に向き合った。イキナリ魔族に出会すかも知れない。魔素が予想以上に濃くて暴走してしまうかも知れない。そんな思いが脳裏を掠めるが、頭を振るとその思いを振り払った
「行くわ!」
自分に言い聞かせるように一息吐いて言うとアカネは光の渦に飛び込んだ
──────薄暗い殺風景な場所。目に飛び込んで来た光景で浮かんだ印象がそれだった
「向こうの10秒はこっちの100秒程よね・・・それまでに・・・」
背後の光の渦以外には何もなく、大きな岩の遮蔽物はあるのだが魔族の気配は感じなかった。とりあえず安心してマーナ達が来るまでの間に魔の世の空気に慣れておく事に集中するアカネ。手を広げて全身で魔素を感じ、魔力の吸収と放出のバランスを調整する
しばらくすると3人と小型のドラゴン姿のステラが魔の世に現れた
3人ともアカネの姿を見て安堵した後に魔素の濃さに驚き慌ててアカネに倣って魔力の調整を始めた
マーナは流石と言うべきかすんなりと調整を終え、続けてアースリーが何とか調整を終えた。先に始めていたアカネがようやく終わった頃にレンドがマーナに手伝ってもらい何とか暴走せずに済んでいた
「これ・・・常に放出していないと・・・キツイですね・・・」
「クオンの話だと魔素が濃いからと言って吸収量が上がってる訳じゃないらしいわ。今まで居た場所の感覚で吸収しているから急激に魔力が上がって来る・・・だから、魔の世に慣れれば人の世と同じように生活出来るんだって」
「なる・・・ほど・・・」
苦しそうに答えるレンド。満腹なのに大好物を目の前に並べられているような感覚が続き、胸焼けして気持ちが悪くなる
「すぐに身体が慣れてくれると良いけどね。私も魔力の調整は得意じゃないから少しキツいわ」
「そうですね。どこか休める所でもあれば良いんですけど・・・」
「少しムキグモ君に周辺を調査させ・・・あっ」
「どうしたの?アリー・・・あっ」
アースリーがムキグモ君を用意しようとした時に何かを見つけ固まってしまった。何事かとアカネがアースリーの視線の先を追うと・・・一体の魔族と視線が合う
《あん?ガキがこんな所に?・・・って、前にもこんな事があったような・・・》
たまたま通りかかった魔族、ダンク。アカネ達を見て呟いたセリフがどこか懐かしさを感じて首を捻る。懐かしいのは当然であった・・・10年前・・・魔の世では推定100年前に少年であったクオンを見つけたのもこのダンクであり、同じセリフを呟いたのだから
踏み入れた時に居なかった為に油断したとアカネが顔を顰め、後ろにある光の渦を確認する
「みんな走って!一旦戻るよ!!・・・8つ首の魔獣よ、その体躯を今ここに顕現せよ・・・」
「えっ!?ちょ、アカネさん!?それって・・・」
マーナは見た事があった。ステラと共にアカネと模擬戦をしていた時にアカネが放った魔法・・・とても隠密行動を取るものが使うべきではない高威力だがド派手な魔法・・・その名も・・・
「『八七岐大蛇』──────」
こうしてアカネ達のド派手な隠密?活動が幕を上げた




