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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『操るもの』
77/160

3章 17 準備

「・・・そうか。分かった・・・ご苦労・・・」


4ヶ国会談から一夜が過ぎ、シンはラックからの報告を受けると目を閉じ頷き、持ち場に戻るように告げた


部屋に残ったシンが机に両肘をつき、手に額を乗せて項垂れていると傍らにいたモリトはシンの肩に手を乗せる。微かに震える肩からは後悔と王としての責務がぶつかり合っているかのように感じさせた


ラックから伝えられたのはバロとの繋がりが絶たれたこと


ラックの『ラク話』はレンの『レン話』と同じく相手に触れてパスを繋ぎ遠く離れた場所から会話出来る特殊能力


そのパスを繋ぐ方法は極小の器のようなものを創り出し、相手の器に寄生させる事により魔力を確保する。極小の為、魔力の消費は極わずかだが、当然器からの供給が無くなれば消滅してしまう


ラックの繋がれが絶たれたと言う言葉は、事のつまりはバロの器の消滅を意味していた


ベルベットの言葉を鵜呑みにすればバロは器を抜かれただけで生きている。しかし、そう思うのはあまりにも楽観的であった


「本当に・・・サドニア帝国は魔族と繋がってるのか?」


「分からない・・・ただ彼・・・ベルベットが例え話で出した言葉に違和感があった」


「例え話・・・あの崖下の水がどうとか・・・」


「ああ・・・彼は言った・・・崖下の()()水と。あの例えなら普通に水でも良かったと思わないか?」


「・・・確かにな。俺らに伝わりやすく言ったのかと思ったが・・・」


「逆に伝わりにくかった。だが、それでもあえて彼は()()水と言った・・・魔族に対する比喩としてね」


「おいおい、それで魔族と内通してたら、ただの馬鹿だぜ?・・・それとも隠す気もないのか?」


「どうだろうな。しかし、わざわざ水を甘い水と表現する事に意味があるとしたら・・・我らに伝えようとしてるのかも知れない」


「魔族との繋がりを俺らに知らせてる?何の為に?まさか望んで繋がってる訳ではないとか?」


「私が受けた印象は・・・声だけで判断するしかないのだが、脅されているので助けてくれと言うよりも・・・我が帝国は魔族と繋がってるぞ、恐れひれ伏せと聞こえた」


「それが本当なら自己顕示欲の塊だな。で、どれくらいの確率で魔族と繋がってると思う?」


「かなり高いと思う・・・問題は帝国がなのか皇帝がなのかだけどね・・・」


次の瞬間、2人が話す執務室のドアが大きな音を立てて開け放たれ、眉間にシワを寄せるファーラが姿を現した。肩を怒らせ、ズカズカと音を鳴らして部屋に入って来る


「お、おい、ファーラ、今は大事な話を・・・」


「どういう事!?」


バンと机を叩き叫ぶファーラ。シンは何のことか分からずにモリトに視線を移すもモリトは同じようにキョトン顔で首を横に振る


「突然どういう事かと言われても・・・」


「クオンから聞いたわよ!バースヘイムの女王と何やら親しげだったって!国交の為とか言って何度かバースヘイムに行ってたけど・・・あんたもしかして!」


「待て!何の話だ!クオンが!?」


「そうよ!バースヘイム女王は若くて綺麗だって聞いてるけど・・・キー!」


「待てって!おい、モリト!黙ってないでファーラに言ってやってくれ」


「ん?ああ、確かに若くて綺麗だな」


「そうじゃない!」


「やっぱり・・・」


「やっぱりって・・・違うぞ、ファーラ!私は──────」


そこからシンがファーラの誤解を解くまでに数時間を要し、最終的には今度ファーラを連れてバースヘイムの女王に逢いに行くという事で何とか場は収まった──────





一方その頃、クオンは魔の世に行く準備に追われていた


魔の世経験者のクオンが1番問題視しているのは食事。前回はマルネスが獲ってきた魔獣の肉を食べて何とか過ごしたが、今回はそんな余裕があるとは思えない。そうなると食料を持ち込むしかないのだが、荷物は極力少なくしたかった


クオンは自然とバイアンの武具屋に訪れると、ちょうどバイアンが品出しをしており、店に入ったクオンに気付く


「バイアン、長期の遠征とかで使うバックって扱ってるか?」


「おう、クオン!・・・今日は婿は居ねえのか?」


「婿?やっぱり・・・」


クオンの声に振り返ったバイアンがキョロキョロと周囲を見渡しクオンに尋ねる。クオンはバイアンの言葉の意味をすぐに察して射すくめるがバイアンは悪びれる訳でもなくてニヤリと笑う


「自由・・・だろ?」


「ああ、自由だな。だがレンドは俺の友人だ・・・それにマツもな。同意の上なら何も言わないが・・・」


「わーってる、わーってるよ!睨むだけならまだしも殺気を込めるなっての・・・で?遠征用のバックだって?」


クオンの凄んだ顔に参ったと手を突き出し話を変えると視線をバックが置いてある場所に向ける


「ちょいと野暮用でな。1年分の食料が入るバックはあるか?」


「馬鹿かお前は」


「だよな。困った事に遠征先は食料調達が困難でな・・・かと言って荷物を持って行ける程余裕もない・・・」


「なんだそりゃ?未踏の地にでも行こうってのかよ」


「まあ、似たようなもんだな。いやー、参った参った」


「・・・クオン、アレは・・・アレはダメだからな!」


何かに気付いたバイアンが突然大声を上げる


クオンは本気で食料を大量に魔の世に持ち込むつもりは毛頭なかった。持ち込まず、現地調達も難しいとなると八方塞がりのように思えた・・・が、クオンは食料問題を1発で解決する手段を既に思い付いていた


その手段と言うのがバイアンの言う『アレ』・・・『ワームリング』の事である


元々は『チャクラム』という円形の武器を何代か前のバイアンが作り出した事から始まる


2つで1つ・・・一対のチャクラムは特殊能力を付与する為に余地を設けたはいいものの、肝心の付与を何にするか思い悩んでいたバイアンは当時の剣聖と渡り合う程の実力者に付与を願い出た。その者は渋々了承し、チャクラムに付与したのだが・・・


「出来上がったのは武器としては致命的・・・だが、商用としては画期的な代物・・・魔力を流すとどんなに離れていても2つのチャクラムを繋ぐというもの・・・」


「何でも知ってるな・・・そうだ、リングの内側の空間が繋がり、どんなに離れていても通すともう片方のリングから出て来る。武器としては使えねぇし、人も通れる程リングは大きくねえ・・・だが・・・」


「小さい物ならいくらでも離れた場所へ送る事が出来る・・・それを活用して鉄鉱石を供給してもらってるんだったか?」


「そうだよ!遠く離れた山から運んでもらうには運搬費やら日数が掛かる・・・そこで偶然出来たチャクラム・・・『ワームリング』を使って掘り出した鉄鉱石を供給してもらってる・・・だけど・・・」


バイアンの店はこのシステムのお陰で武具は打ち放題になった。しかし、鉱山に行っている者達への報酬や食事など負担するものは多く、そのくせ良い武具を売っている為に非常に回転率が悪い。壊れなければ新調する者はいないので当然なのだが、そうなると資金繰りがどんどんと厳しくなっていくジレンマが発生する


素材もあり、新しい武具を作っても売れない日々・・・とうとうシント唯一の武具屋は赤字経営に陥った。さすがに唯一の武具屋を潰す訳にはいかないと国が費用を肩代わりするのだが、借金は雪だるま式に増えていった


「・・・借金返すまで鉱山に送っている人員を減らすなり撤退するなりすればいいじゃないか」


「馬鹿野郎!そんな事したら素材が無くなって打てなくなって腕がなまっちまう!」


「1ヶ月・・・その『ワームリング』を俺に貸すだけで借金をチャラにすると言ったら?」


「なっ!?・・・いや、だが・・・」


「それと鉱山に運搬役を派遣して鉄鉱石を運んでもらう。もちろん『ワームリング』を通すよりも効率は悪くなるだろうが、そこは国の・・・」


「お、おい!待て待て!さっきからなんだ、藪から棒に・・・訳を話してくれ!」


クオンの提案はかなり魅力的に聞こえたが、それでも家宝と言える品物を理由もなく貸せるはずがなく、バイアンはそこまでして『ワームリング』を借りたがる理由を尋ねた


魔族の件は知れ渡ると混乱を招きかねない・・・しかし、『ワームリング』を借りなければ他に食料を調達する術が無い為、他言無用と不必要な部分は伏せたままバイアンに説明した


全てを聞き終えたバイアンは神妙な面持ちになりクオンを見つめる。これといって普段と変わらないクオン・・・そのクオンが近い内に魔の世に行き原初の八魔の一体を討ちに行くと言う


「・・・帰って来れるのか?」


「安心しろ。必ず『ワームリング』は・・・」


「そういうこっちゃねえ!お前さんは無事帰って来れるのかって聞いてんだ!」


「最善は尽くす」


クオンの言葉を聞きバイアンの表情は険しさを増す。そしておもむろに店の奥へと消えるとすぐに戻って来てクオンへ何かを投げた


「・・・おい」


クオンはその何かを指で挟んで受け取ると、バイアンを見た。円形状の武器、チャクラム・・・そしておそらくこれが『ワームリング』


「俺が投げたチャクラムくらいで怪我してたら魔の世からなんて到底戻って来れねえだろ?もう1つのチャクラムはそいつを使って持って帰って来るように伝えておいた。早ければ明日には街に着く・・・着いたらケルベロス家に持って行けばいいのか?」


「助かる・・・借金の件は・・・」


「おっと待った!ちょうど腰が痛くてな・・・1ヶ月程休養しようと思ってた所だ。鉱山に行ってる奴らも働き詰めだしここいらで長期休暇をと思ってたしな」


「さっき腕がなまるとか言ってなかったか?」


「はあ?1ヶ月くらい休んだからって俺の腕がなまるとか思うか?それよりも『ワームリング』のレンタルの件だ。金は請求するとして、1つ条件を付ける」


「・・・なんだ?」


「クオン・・・お前さんが直接俺に返しに来い。それが条件だ」


「何気にキツイ条件を持ってきたな」


「おい!」


「・・・分かった。1ヶ月で俺が返しに来る・・・てか、本当に良かったのか?借金は」


「国の一大事を利用して借金を返したなんて見下げた事は出来ねえな。それこそ胸を張ってお天道様に顔向け出来ねえ・・・そんな状態で良い武器なんて打てるかよ」


「相変わらず商売が下手だな」


「本当なら商売にしたくねえのが本音だよ。金が絡むと目が曇る・・・本来なら自分に合った最高の武具を身に着けさせてやりてえ。だけど俺達にも生活がある・・・借金もな。帰って来たらまた良い客連れて来いよ・・・そいつに合った武具を見繕ってぼったくってやるからよ!」


「ああ・・・約束だ」


クオンは受け取ったチャクラムを腰帯に通すと頷き踵を返した。これで食料の確保は出来たので次の準備に向かおうとすると・・・


「クオン!なんだったら『鬼包丁』を・・・」


「それはいらん──────」





何とかしつこいバイアンを振り切り、目指したのはチリのいる地下牢


防衛用のゴーレムの調整を行っているチリとアースリーは手を止め、クオンを迎え入れるとクオンの話を聞いた


「・・・それなら1日・・・いや、半日で創るのは可能だが・・・何の為に使うのだ?」


「悪いな。機密事項で内容までは話せない」


「ふん・・・大方の想像はつくがな。お前は人の事を傷付ける嘘をつくのは下手だが、傷付けない嘘は上手いからな・・・何とかやるだろうよ。その為には私の技術力が必要不可欠って訳か」


「流石察しがいいな」


「当然だ。必要な物から何をしようとしているのか察せなければ研究者は務まらん。どうせその腰のリングも『ワームリング』だろう?魔の世に行くと聞いているから食料の調達か?」


「ご名答。現地調達は厳しいからな。かと言って持ち込める量も限られてるしな」


「ならば1つ忠告しといてやろう。決して生物は通すな。私も少し興味があって調べた事があるのだが、その『ワームリング』は『隙間』や『瞬間移動』とは別物だ。歪な抜け道・・・そう思っておけ」


「歪な抜け道?」


「ああ。魔力を流す事によりリングとリングが繋がるのだが、付与者はそれを意識した訳では無い偶然の産物・・・故に繋がっている通路は酷く歪なものとなっており、通る際に道が広くなったり狭くなったりして通る物にダメージを与える可能性がある。物であれば最終的に大きさが戻るだけで問題は無いが、生物はそれに耐えられない可能性がある。心しておけ」


チリは『ワームリング』の複製が出来ないか一時期研究した事がある。その際の実験で何体かの実験体を死に至らしめた過去を話した。さらに他の研究者の文献も見つかり、読み進めて行き、先程の結論に至っていた


「なあ、この『ワームリング』の付与者って・・・」


「名はクローム・クゼン・・・刀に黒き魔法を纏い戦っていたと書物には書かれていた」


「なるほどね」


クオンはその名を聞いてようやく合点がいった。一対のチャクラム・・・そのチャクラムに付与にあまり慣れていないクゼンが黒魔法を付与した。『無』を司る黒魔法はチャクラム同士の距離を『無』にしたが、慣れない付与のせいで歪な抜け道と揶揄される不完全な出来となった


もしかしたらマルネスがの付与すれば生物すら通れる『ワームリング』が創れるかも知れないが、それを試している時間の猶予はクオンにはなかった



クオンはお願いした物を改めて頼むと、地下牢を出てある場所へ自然と足が向かっていた


魔の世に行く


クオンにとっては2度目となるが1度目のきっかけとなった人が眠る場所


そこに近付くと先客が居るのに気付き足を止めた


その先客は手を合わせ目を閉じており、しばらくすると手を下ろし目を開け、クオンの方を見つめる


そして歩き出すと言葉を交わすことなく通り過ぎ、クオンもまた無言で見送るが、その者はふと足を止め不意に声をかけてきた


「また・・・魔の世に行くのですね」


「・・・ああ」


「また・・・姉から救ってもらった命を無駄にしようとするのですね」


レイナの墓の前に居た者・・・シズクはクオンに背を向けたまま言葉を続ける。その言葉にクオンはゆっくりと首を振り答えた


「無駄にはしないさ」


「否定・・・しないのですね」


「何を?」


「『救ってもらった命』という言葉を」


「実際その通りなんだから否定する気は無い。あの時、フェイスンを・・・排斥派を俺が殺していれば、今の俺はここにはいない」


「そう・・・分かっているのに無駄にするのね」


「無駄にしない・・・無駄にしない為に・・・救ってもらった命を活用するために俺は魔の世に赴く」


「それが無駄と言うのでは?」


「無駄じゃないさ。最善を尽くして無事帰って来る」


「・・・そう。なら誓って。姉の墓前の前で・・・必ず生きて帰って来ると。私は・・・貴方が命を軽んじるのを決して許さない」


背中越しに聞こえるシズクの声は有無も言わさぬ迫力が込められていた。クオンとしても死ぬ気はサラサラない。しかし、必ず生きて帰れると楽観出来る状況でもなかった。なので生きて帰って来る為に色々と試行錯誤を繰り返す。それでもクオンの見立てでは生きて帰れる可能性は五分


「厳しいな・・・お前も・・・必ず帰って来るさ」


バイアンからは『ワームリング』を直接返せと言われて、シズクからはレイナの墓前で生きて帰ると言わされては無事に帰らないといけないなとクオンは自嘲気味に笑った


その言葉を聞いて満足したのか、シズクは目を閉じた後、振り向きもせずその場を立ち去った


残されたクオンはそのままレイナの墓前に向かうと前に会った墓守の男性が立ち去るシズクの後ろ姿を微笑みながら見ていた


「何か?」


「いえ・・・朝からずっとここに居たものですから・・・しかも思い詰めた雰囲気で墓前で佇んでいたので心配しておりました。ですが後ろ姿から察するに何かの呪縛から開放されたのでしょう・・・とても軽やかに歩かれています」


「朝から・・・それに呪縛ねえ・・・押し付けられたような気もするけど・・・」


「?何か言いましたかな?」


「いや、こちらの話です」


クオンの声が聞こえずに聞き返してきた墓守の男性に、クオンは首を振って答えるとレイナの墓前で手を合わせ目を閉じた


間違いなくシズクはクオンを待っていたのだろう。墓守の男性が言ったような呪縛があったのかは分からないが、言いたい事は言えてスッキリしたのは分かった。そう考えると自然とクオンの肩の荷は降り、幾分か身体が軽くなる


目を開け顔を上げると墓守の男性に一礼してその場から立ち去ろうとした


その背中に墓守の男性が話しかけてきた


「クオン様も憑き物が落ちたような顔をされてますね・・・何をお話になられたのですか?」


クオンは足を止め、レイナの墓を見ながら微笑んだ


「『まだ当分そちらには行けません』と」


墓守の男性もそれを聞いて微笑み、そしてクオンに一礼する


クオンもまた墓守の男性に会釈してその場を後にした


残った墓守の男性はレイナの墓に優しく水をかけ、1人呟く


「レイナさん・・・クオン様を・・・シズクさんを・・・守ってあげて下さい・・・」


墓守の男性は祈るように呟くと再び水をかけ、持っていた手ぬぐいで墓石をキレイにする。願いを聞き届けてもらえるように何度も何度も──────





クオンは墓地を出た後、アカネの居るフェワード家の屋敷を訪れ、アカネと話した後に城へと向かった


城では散々シンに文句を言われたが、『疑われるような行動をするあなたがいけない!』とファーラに一喝されたシンは文句を言うのを止めて部屋の隅っこでいじけていた


クオンはそれを気にした様子も見せず、『ワームリング』のレンタル料の支払いと食材の確保をお願いした


魔の世は人の世の約10倍の速度で時が流れている。つまり人の世で1時間経過した場合、魔の世では10時間経過した事になる。そうなると常に誰かが食事を作り続けなければならなかった


「それには食材が足りないか・・・作り手は?」


「うちのメイドにお願いしようと思います。だから食材だけ屋敷に運んで下さい」


「・・・嫌いな食材はあるかい?」


「小さい復讐しようとしないでください」


「チッ、バレたか」


「あなた!」


ファーラにチクった復讐で嫌いな食材を送ってやろうと目論んだシンの企みは泡と消えた


ファーラに窘められながらも話は進み、ようやくバイアンへの補填や食材の調達の話は終わり細かい打ち合わせはケルベロス家の執事に丸投げ・・・クオンとしては最難関の下準備に向かう為に家路につく


屋敷に戻り執事とメイド長に事情を話し、使用人の増員を約束する


『ワームリング』の細かい使い方など説明し、軽く夕食を済ますとようやく自室にてひと息つけた。ベッドに腰掛け深く息を吐くとある人物が訪ねて来るのを待つ


待つ事数分・・・自室のドア崖下のノックされ、返事を待たずに開け放たれると入って来たのはスケスケネグリジェのは大人マルネスであった


「・・・おい」


「な、なんだ?決戦前夜・・・男が女を部屋に招くとあらば・・・や、やる事は1つであろう」


「・・・そうだな。決戦前夜、強敵に立ち向かう2人がやる事と言えば・・・作戦会議の一択だな」


「な゛ぁ゛!?」


「なぜ意外そうな顔をするんだ・・・無策で飛び込む訳ないだろ?まあ、策と言っても黒丸にはある事を頼みたいだけなんだがな」


「ほ、ほう!言ってみろ!クオンの願いならばたとえ火の中水の中!」





「無理!却下!ヤダ!」


クオンが予定を話し頼み事を言うと、マルネスはあからさまに不機嫌になり、全力で拒否する。クオンが少しでも言葉を発しようとするだけで「ヤダ」「無理」「却下」と取り付く島もない


「だから・・・」


「ヤダ!」


「おい・・・」


「無理!」


「黒・・・」


「却下!」


「・・・」


埒が明かないと判断したクオンが立ち上がると、マルネスは部屋の隅まで飛び退き毛を逆立てて威嚇する


「な、な、なんだ!無理なものは無理だぞ!」


「俺の頼みならたとえ火の中水の中なんだろ?」


「火の中と水の中なら聞いてやる!だが、その頼みは問題外だ!」


「聞いてくれなきゃ俺が死ぬとしても?」


「ならば共に果てようぞ!」


「クーネは?部屋に置いて来たようだけど可愛がってるだろ?」


「ああ、可愛い・・・だが、次元が違う!」


「・・・次元が同じものがいたらどうする?」


「意味が分からぬ!クオンと同じ次元のものなどおらん!」


「・・・もし・・・黒丸・・・マルネスの中に俺と同じ・・・いや、俺以上の存在が宿()()()としたら?」


「そんなもの・・・・・・え?」


そんなものは存在しない・・・そう断じるつもりだったのだが、クオンの言葉を改めて整理すると1つの結論に至る。クオンは居るではなく宿ると言い、更に言うなら『宿ったとしたら』と未来を指していた。その言葉から導き出される答えはマルネスの知るところでは1つであった


「ク、クオンよ・・・妾は散々お主の言い回しに振り回され苦い思いをしてきた。いつぞやの添い寝も妾にとってはしてやられたと思うておる・・・だから・・・その・・・ハッキリと今の言葉の意味を・・・知りたい」


「・・・悠久の時を生きる魔族であるお前が初めて殿の前に出た時、俺が死んだら自分も死ぬと言い切った。当時は深く考えなかったが、記憶が戻った今なら分かる・・・お前は本当に・・・俺が死んだら死ぬと。だから必死に考えていた・・・俺が死んでもマルネス・・・お前が生き続けてくれるにはどうしたら良いのかと」


「クオンのおらぬ世界など・・・」


「俺もだよ・・・マルネス」


「ハグゥ!!」


「だが、どう足掻いても・・・俺はお前より先に死ぬ。誰かがお前を狙っても必ず俺が守るし、時が経てば俺は老いて死ぬ・・・そうして考えている内に辿り着いた答えは・・・」


クオンは喋りながらマルネスとの距離を縮め、マルネスはどうすればいいのか分からずに壁に背を預けキョロキョロと辺りを見回す。見た目は大人のマルネスだが、行動がお子様マルネスそのままであり、クオンはクスリと笑った


「そ、そんなの卑怯だぞ!そんなの・・・」


「本来なら()()であるべき。()()であってはならないのは分かってる。だが、皆が幸せになるのであれば()()であってもいいんじゃないか?」


「ウグッ・・・だ、だが、なぜそれが今なのだ!?これではまるで・・・」


「今生の別れだからじゃない。頑張る理由が1つより2つの方がより頑張れるから・・・()()()の為にも生きようと思えるから・・・」


「ズ・・・ズルいぞ・・・そんな事言われたら・・・あっ・・・」


クオンはマルネスの腕を掴むと引き寄せくちづけを交わす。以前の魔力を譲渡する為のものではなく、ただのくちづけ


「ダ・・・ダメだ!・・・人の身体では・・・その・・・」


「だったらこうすれば良い」


マルネスの耳元で囁くクオン。その言葉にマルネスは目を見開きクオンを見つめた


「そんな手が・・・」


「言ったろ?必死に考えたって」


クオンの言った手段であれば・・・そう思いクオンを見つめると、無邪気な笑顔が飛び込んで来た


「~~~~~!!!」


その笑顔を見た瞬間、マルネスは何も考えられなくなる


魔の世に行く事も


クオンからの頼み事も


これから起こる全ての困難も吹き飛び、()が全てとなる


自然と2人は部屋のベッドへと向かい重なり合う


時はまだ宵の口・・・それから朝までクオンの部屋のドアが開かれる事はなかった──────


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